α第一話ω 悪いおじさん
町外れのティカの家から、町へと続く一本の道を歩きながら、ティカは考えていました。
ある意味、ティカは困らないだろうと思いました。なぜなら、悪人しかティカの姿を見ることができないからです。いくら素直なティカでも、これなら悪い人に騙される事はないでしょう。
しかし、姿が見えないティカは、どうやって生活すればいいのか困っていました。素直なティカは、物を盗んだりするという発想がありませんでした。
一つの丘を越えると、下の方に町が見えてきました。ティカは町まで来た事が無かったので、その大きさにとても驚きました。なんだか吸い込まれてしまいそうになり、少し前のめりになりながら歩いて行きました。
そうこう考えているうちに、町に着いてしまいました。町に着くと、ティカは今まで考えていた事を忘れて、町の中を探検し始めてしまいました。
ティカには、ここにある物全部が新鮮でした。こんなにたくさんの食べ物や、たくさんのアクセサリーがお店に列んでいるのを見るのは、初めての経験だったのです。
ティカは心が踊りましたが、本当に自分の事を誰も見えていなくて、少し悲しい気持ちになりました。目の前を飛び跳ねてみても、目隠ししてみても見えていないようでした。
「おいボウズ、邪魔だぞ!」
突然、後ろから声が聞こえました。それはティカに向けられた言葉でした。大きな馬車がゆっくりとティカの方に向かってきていて、綱を持った大きなおじさんは、間違いなくティカを見ていました。
ティカは慌てて道を開けました。大きな二頭の馬が、楽しい足音を奏でながら通り過ぎていきます。
ティカは声をかけられた事が嬉しくなり、早足でその馬車について行きました。
「ねぇおじさん!」
「ん、なんだボウズ」
大きな体をしたおじさんは、やっぱりティカの事が見えていました。
「何をしてるの?」
「あ? 何をしてるって、見りゃわかるだろう。運び屋だよ運び屋」
「運び屋?」
「ああそうだ。これから隣町にこの野菜を届けなくちゃいけねぇのさ」
「でもおじさん、悪い人でしょ?」
大きなおじさんは、もう一度こちらを見てから、大きな口を開けて笑いました。
「ハッハッハ! ちげぇねぇ!」「ねぇおじさん、僕を隣町まで乗せて行ってよ」
ティカは悪い人だと知りながら、そんな事を言いました。ティカにはなんとなく、気の良いおじさんにしか見えなかったのです。
「悪いおじさんの馬車で良かったら乗りな!」
「ありがとう!」
小走りで、ティカは綱を持つ席の隣に乗り込みました。
コトコト揺られながら、馬車は町を走りました。たくさんの人がおじさんと話をしていましたが、誰にもティカが見えていないようでした。
「よし、今日の仕事はこれで終わりだ! 町を出るぞ」
と、威勢の良い声でおじさんは言いました。
「ところでボウズ。どうして隣町に行きたいんだ?」
「……僕は、僕にかかった呪いを解きたいんだよ」
そうティカが言うと、おじさんは不思議そうな顔をしていました。
「呪い?」
「小さい頃に呪術師にかけられた呪いなんだ」
「“じゅじゅつし”? 聞いた事無いねぇ。で、どんな呪いなんだ?」
「……僕の体が、悪い人にしか見えないっていう呪いだよ」
おじさんの毛深く太い腕が、ビクッとしました。それに驚いて、ティカの小さな体もビクッと震えました。
「本当かい?」
と、おじさんは目を丸くしてティカを見ました。
「うん」
おじさんはまた前を見て、今度はとても悲しそうな顔をしました。
「そうか……だから『悪い人なんでしょ?』なんて言ったのか」
それからおじさんは、急に静かになってしまいました。陽気な笑顔もピタリと止めて、まるで悲しい人を見ているような悲しい眼をしていました。それは町を出ても、それからしばらく走っても変わりませんでした。
ティカは話しかけづらく思っていましたが、ついに勇気を出して、訊いてみる事にしました。
「……おじさん、どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?」
おじさんは聞こえているのか、いないのかわからない顔をしていました。
「聞こえてないのかな」
とティカが思った時、おじさんは喋り始めました。
「……俺はな、昔この馬車で、人をひいちまったんだ。
まだ小さい女の子だった。
その日は急ぎの用があったっていうのに、あいにくの大雨で、いつもよりスピードをあげて走っていた。その上夜中だったもんだから、視界が悪かった。ちょうどこの先の十字路にさしかかった時、女の子が飛び出してきたんだ。俺は慌てて綱を引いたが……間に合わなかった。幸い女の子は一命を取り留めたんだが……」 おじさんはゴクリと生唾をのみました。ティカにも、おじさんは喉が渇いているのがよくわかりました。声がどんどんしおれていきます。
「女の子はもう二度と、歩けなくなってしまった。俺はまだ小さい女の子から、大切なものを奪っちまった……。もちろん俺はそれから、俺に出来る事はなんでもしてきた。これからもしていくつもりだ。……でもやっぱり、神様は俺を『悪い人』だと思ってるんだな。まだ償えていないんだな……」
おじさんの明るい部分は、すっかりどこかへ行ってしまいました。なんだか、馬車がさっきより沈んでしまった気さえしていました。
ティカは、とても悲しい気持ちになりました。一体何が悪かったのか、ティカにはどうしてもわかりませんでした。そして、こんなに反省しているおじさんがを、『悪い人』と呼ぶなんて、ティカは不思議に思いました。でも歩けなくなった女の子の事を思うと、それも複雑な気持ちになるのです。
──『悪い人』って、なんだろう。
ティカはそう思いながら、何も言えずに馬車に揺られていました。ふと前を見ると、そこには細い十字路がありました。
急にスピードが落ちた勢いで、ティカは前のめりになりました。




