第一章[紅き月下の元、黒猫は歩く]―――〈6〉
今回の一人称形式の書き方にはあまり自信がありません……
三人称ってやっぱ書きやすいなぁ
この時、自分でもビックリするくらいに、私は冷静だった。
普通ならば、ここは叫び声を上げるか気を失うか発狂したりするのだろうが、私はまったく、ちゃんちゃらおかしいくらいに状況を分析できていた。
普通、だったらこうはならないのだろうか。
頭の中に溢れる、意味のわからない知識。昨日までの私は絶対に知らなかったはずの――そんな知識。
魔術。
それをつかさどる魔術師。
それらを統率する『教会』という名の組織。
それと敵対する堕天人形。
それ以外にも、あまりに現実離れしすぎて笑ってしまいそうなものもたくさんあった。
普通なら、こうはならないのだろうか。
いや、普通ならこんな知識を持ったら夢か幻かと考えるのだろうか。
普通というと、ひろく世間一般に通ずることだと人は言う。
私も、そんな考えは否定しないし、その通りだと思う。というか、それ以外にどんな答えがあると言うのだろうか。
私は自分のことを『ちょっと男勝りな普通の女子高生』と自認しているのだから、ここで『普通』の根底を崩されても困るというものだ。
そもそも、自分のことを、普通でない、と自覚する人はある意味でそこらの人よりも『普通』という言葉の意味をきちんと知っているといってもいいだろう。
『普通』を知りえない人が『普通でない』等と言うのには無理があるだろう?
だと言うのなら、やはり私のこの知識は『普通』ではない。
自分の中の、一般的な知識というカテゴリーからかけ離れたこれらの知識は、どうやっても『普通』とは認められない。
一般的な知識といったふうに知識にだって色々ある。
専門的な知識に、豆知識。常識、というものですら知識というものに当て嵌めても多分にして間違いにはならないだろう。
だけど、その知識の中には二つに分かれる明確な区分がある。世に存在するものの『知識』と、世に存在しないはずの『知識』。
わかりやすく例えてみよう。
存在する『知識』は大統領。
存在しないはずの『知識』はドラゴン。
大統領は言わずとも、ドラゴンはほとんどの人が知っているであろう架空の生物の名前だ。
存在しないのにその存在を知っている。知っているが、それが存在しないと自覚している。
それはもうコインの裏と表のようなものだ。一枚のコインを投げた結果が、裏と表の両方になることは絶対にない。
両立することなど、ない。
明らかに矛盾した―――存在するはずの無い知識。
私の頭に溢れ出る知識は明らかにそれだろう。
異常。
普通ではない―――異常。
《『常闇の女王』》
と。
堕天人形の内の一体は私のことをそう呼んだ。
秋川桜、という本来の名前でなく、そんなよくわからない呼び方で私と言う異常をそう言い表したのだ。
《五年前の戦争―――天界戦争の裏切り者。裏切りに裏切りを重ねたアナタ様はまた再び覚醒なさり、世をどうするおつもりデスか?》
何枚ものフィルターにかけたような不自然な声音でガイコツのような形をした人形がそう言って、一つしかない眼球をクリクリと回転させた。
スナイパーライフルのスコープのような、縦線と横線が垂直に交差する眼球が私を見据える。
「………、」
私は―――沈黙した。
沈黙する以外に、選択肢がなかった。
わからないから。
何故か『常闇の女王』に関する知識は何一つないから。
そんなことを言われても―――答えようがない。
「お前たちの目的は……私なのか?」
広い運動場には私と堕天人形がニ体。ガイコツの方は地面に足を着けているが、赤ちゃん人形の方は宙にその巨体を浮かせていた。
この状況をどうにかするには、情報が足りなさすぎる。それ以前にどうにかできるかなどわかりはしないのだが、何もしないで後悔するよりマシだろう。
後悔先に立たず。
やれることは今の内にやっておきたい。
《やはり、自分の立場を自覚してはいないようデスね》
《バッカじゃん。まだ覚醒の始まり頃なんだからクイーン様の意識が表面化してるわけないでししししし》
濁った水晶のような無機質な瞳を私に向けて、嘲るように口を開くのは赤ちゃん人形。
所々に焦げた様なシミのある身体を揺らして、人形は宙を歩く。
《このままだと覚醒まで三十年かかるってのは、はたまたフザケタお話でしししし》
《そんな時間を無為に過ごすのはさすがに嫌デスからね》
《マジな話だけど私たちはすでにクイーン無しでも生きてはイケるでししし。しかし、保険というか切り札というか、そんなものを主が欲しているというのが実際のところでしししし》
《つまんない話デスね》
《つまんないけど、私たちが主の思い通りに動かなければ、私たちは私たちの存在理由をなくすでしし》
殺人兵器にして、天使を模して造られた『堕天人形』。
その『堕天』の冠にふさわしい笑みを顔に、いや身体全体で表し人形はこちらを見据える。
《術式ハ?》
《完成まで残り一分ほどでしししし》
《へぇ、そうデスか》
それはもう、始める準備を済ませておくデス。
そして、白銀のガイコツが動いた。
ダランと下に垂らしていた腕を振り上げ、そこらの地面に勢いよく叩きつける、なんていう普通の人間がやったら骨が折れてしまいそうな行動。
実際、骨だけしかない状態でそんなことをすれば骨が折れるというか腕がなくなるというか悲惨な結果になることは簡単に予想できた。
しかし。
しかしである。
私のそんな安易な考えは、容易に覆された。
ズボリ、というなんともふぬけた音で白銀の腕が地面を貫通したのだ。
奇妙な不協和音を辺りに鳴り響かせながら、ガイコツの顔と眼球が勢いよく三六〇度回転する。
何度も何度も回転し続ける。
一つしかない眼球は、淡い黄色の光を灯し、開いた口からは金属光沢のある歯があらんばかりに己の存在を主張した。
目で見て、残像すら錯覚させる回転速度で首を回し。
両の白銀の腕を地面に突き刺したガイコツの動きが。
数一〇秒ほど繰り返されてから。
不意に―――止まった。
《デビ、デショシソダリィ》
発せられた理解不能の言葉。私には何が何だかわからなかったが、何か意味があるのだろうか。
いや、あったのだろう。私には理解できなかったが、おそらく意味はあったのだ。
頭の中の『知識』が反応しないということは、魔術的な意味合いはないとは思うけれど。
『常闇の女王』のように例外のものなのかもしれないが、私には何故かそれは一種のスイッチのように感じた。
電源のON・OFFを切り替える、電源スイッチ。
何かを開け閉めする時に押す、開閉スイッチ。
そして―――
”能力の発動の時に入れる、発動スイッチ”。
「!?」
それを合図とするように、ガイコツの眼球の黄色い光が強く輝く出した。
と同時。
ゴッボォォォォォン!!!! と十本ほどの白銀の腕が私を中心として円形に飛び出した。
校舎と同じ程の長さのそれは天に向かって真っすぐと伸び、まるで古くからある柱のように威風堂々と直立している。
そして、最後に誰もが目を見張るであろう急激な変化があった。
ギュィィィン、と何かが擦れるような音と共に虹色の魔方陣が私の足元から広がり始めた。
鈍い光を発しながら広がる魔方陣は私を中心として直立する白銀の腕に添うように。
つまり、私を魔方陣のど真ん中に配置するような形で発現する。
「こ、これは……っ!?」
その魔方陣を見て、私の中の『知識』が反応した。
術式、構成、色、記号。それらを眼で見て、一つの結果を弾きだす。
魔術、というカテゴリーの中に入るこれの効果は私にでも簡単に理解できるほどの単純明快なものだった。
―――能力増加。
どこかのRPGで聞いたことのあるようなそれがこの場に置いて意味するもの。
それは、続く赤ちゃん人形の言葉によって否応にして理解させられるものとなる。
《『精神汚染能力』。ちょっと頭が壊れるかもしれませんが、我慢してくださいでしししししし》
無機質な赤ちゃん人形の瞳に赤い光が薄く灯った。
それに呼応するように魔方陣の光が輝きを増す。
「………あっ」
バリバリバリバリ!! と何かが破れるような音が流れると同時、私の意識は遠く遠くに追いやられていくような感覚を覚えた。
―――覚醒が、始まる。
こんなにも一人称がへたくそな自分には
一人称は合わないんだろうな←