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第一章[紅き月下の元、黒猫は歩く]―――〈5〉―2

 ミカエルはこの少年が何者かを理解していない。

 この高校に通う十七歳の二年生などという表の情報などではなく、こちら側(・・・・)に置いての少年の立ち位置についてだ。

 屋上での会話を傍受してはいたものの、少年が何を目的としているかなど、毛ほどもわからなかった。

 しかし、一つだけ分かっていることがある。

 この少年は味方ではない。

 相手を殺すのにこれ以上の理由などいらない。

(迷いは無視。この計画の邪魔になるのなら、死を持って償わせよう)

 ミカエルが少年―――神谷拓海の槍を押し返す。神谷はその動きに逆らわず、逆に力に変えて後ろに飛んだ。

 しかし、男は少年をそう簡単には逃がさない。

 空中を舞う神谷とそれを追うミカエルがニ刀と一槍を交差させる。

 ギギゴガギゴゴゴゴガガガガギ!! と連続した金属音が鳴り響き、一、ニ、三と打ち合いその度に黄色い火花が散っては消えた。

 流れ落ちる花火を想像させる光景を作り出し、彼らは互いの一撃の衝撃で小さく距離を離した。

 重力に引かれ二人はほぼ同時に地に足をつける。

 神谷はひゅ、と息を小さく吐いた。

 ドッ! と地を踏み砕く音を置いてけぼりにし、二人は空中で激突した。

 ドーム状に広がる衝撃波が辺りに転がる瓦礫を吹き飛ばし、地面をめくりあげる。

 さながら爆心地のようなクレーターを作り出し、二人は打ち合った場所から五〇メートルほど離れた。

 ヒュン、と槍を回転させ迎撃の構えを取ってから、神谷はミカエルに鋭い視線を向ける。

「いつの間に悪魔に魂を売ったの? アナタがそんな人だとは思わなかったけど」

「くだらんな。つまらん思いこみに左右されるわけでもないのだろう。いつまでも生徒に教える先生を演じてもらえると思ったのならそれは大間違いだ」

「くだらないのはそっちも同じでしょ。中波先生だなんて名乗っておいて、本当は『クリストファー=ミカエル』だなんて、神の名前を己の名に入れて神への冒涜にならないの?」

「キミに名乗った覚えはないのだが……ふむ、そうだな。まあ偽名なのだから気にすることはないが私は少々この名前を気に入っていてな。神への冒涜だなんて、胸が躍るじゃないか」

 言い終わるや否や、彼は一直線に少年の方へと突っ込む。

 再び、生徒と教師は己の獲物を打ち合わせた。

 ドッパァァァァァァァァン!! と、もう一度広がるドーム状の衝撃波。先ほど削ったものをさらに削り、破壊を辺りにまき散らす。

 刃を互いに押し合い、交差する視線。

「悪趣味すぎるよ、先生」

「そうかな? 我ながら良い根性をしていると自負しているのだが」

「それを踏まえてもう一度言うけど、悪趣味すぎるよ」

 ギィン! と刃が交差する。

 とにかく攻撃回数が多い二刀流に、神谷は漆黒の槍を回転させながら器用に防ぎ、時に反撃する。

 槍の本当の使い方は突くだけではない。

 全てを鋼鉄で作られるその柄で相手の攻撃を受け止め、跳ね返しその時に生まれる回転力に逆らわず振り切る。

 剣のように一度戻す必要はない。回転力によるテコの原理を使い柄による打撃、刃による切断の二通りの方法を取れるのだ。

 棍棒のように肩、腹、足を支点や力点にして変幻自在の連続攻撃は、二刀流の相手にもまったく引けを取らなかった。

「さて、貴様は『教会』の差し金ではないのであろう? 何が目的だ」

「さっき言ったでしょ。秋川を迎えに来ただけだって」

 爆音が炸裂する。

 自分達の最大攻撃を打ち合ったため、それらの力にお互いの身体を押され強制的に距離を取らされた。

「ふん、自分の目的は相手には悟らせぬか。それもよかろう。なら貴様の口から直接聞き出してやる」

「別に俺は嘘なんて―――」

 ガン!! と真横から神谷の頭に瓦礫が激突した。

 あまりの速度での激突で瓦礫は一瞬で粉塵に変わり、二人の間に小さなカーテンを作り出す。

 しかし、

「―――ついてないんだけどな」

 神谷はそれを片手で撃ち落としていた。

 手に付く埃を振り払い、神谷はミカエルの方へと言葉を放つ。

「秋川桜は渡さない。悪いけどあれは俺が飼ってる猫ちゃんだからね。他の人には貸出不可」

「そんな言葉では納得どころか、共感もできんわ」

 ミカエルは目を細めながら、ロングソードを前に、小ぶりの剣を後ろにした特殊な構えを取る。

 対し、プッ、と神谷は笑う。

 諦めたような、楽しいようなそんな表情をしながら彼はこう言い切った。

「いいよ、別に。共感も納得もしてもらおうなんて思ってないから」

「共感や納得がなければ、大事な理解をも損ねるぞ?」

「理解してもらおうだなんて、思ったこともない」

「ふん。戦場で理解を望もうなどという考えを持たないのは正解だな。自分の目的に他人の理解を求めるというのは、己の心に自信を持てん軟弱者することだ!!」

 ゾワリ、と神谷の背に悪寒が走る。己の第六感に従い少年は背を折りまげしゃがみ込む。

 ミカエルが右手に持つロングソードを横薙ぎに振るった。

 斬ッ!! と何かを切断する音が紅き空間に炸裂した。

 神谷の髪の先端がはらりと落ちる。少年の後ろにある『もの』すべてが横に一閃され半分に分かれた。

 草は切断され、木は両断され、瓦礫は寸断される。ミカエルが振るったロングソードの延長線上にあるもの全てが断絶した。

「魔剣モラルタに合わせた『空間断絶術式』……」

「ほう、知っているのか。ならば、『大怒』の意味を持つモラルタと対になるこの剣のことも知っているだろう」

 ロングソード―――魔剣モラルタを持つ右手と反対の左手に持つ剣を軽く掲げる。

 手首のスナップで器用に回転させながら、ミカエルはゆっくりと笑みを広げる。

「『小怒』の意味を持つ名剣べガルタ。どちらもフィアナの戦士ディアルミド・ウア・ドゥヴネが携えた伝説の剣だよ」

 ケルト民話に登場する英雄が持った二振りの剣、魔剣モラルタと名剣べガルタ。

 魔剣モラルタは一太刀であらゆるものを切断し、名剣べガルタはモラルタほどの攻撃力はないにしろ両方共に『神の剣』と呼ばれる代物だ。

 恐らくレプリカだろう。ただの人間が『神の剣』を制御できるとは思えない。

 しかし、

いや、本物だよ(・・・・・・・)

 ボコン、と魔剣モラルタの剣の柄から黒い気泡が出現した。

 まるで、物質と物質が化学反応を起こしたかのような気泡はいくつも生じ膨らんでは弾けるを繰り返す。

 弾けた気泡から流れる黒い液体が刀身を伝い、白銀の刃が黒く塗りつぶされていく。

 剣の形状が変化した。

 まっ黒な刃はその体積を上へ上へと伸ばし、ロングソードを信じられないほどの長剣へと姿を変えていく。

 刀身五メートルほどの漆黒の長剣へと。

「魔剣モラルタ」

 もう一度、言い聞かせるようにミカエルは口を開く。

「特性は切断。術式の色は破壊の『黒』。切断という役割においてこれを超えるものはないだろうな。そして―――」

 五メートルもの長剣をミカエルは上から下に振りぬいた。

 ゴボォン!! と刃の延長線上にあるものが全て両断される。

「―――『空間断絶術式』。たかが見えない刃を飛ばす魔術だが、モラルタとの相性は異常なまでに良くてな。使っているこっちが身震いするほどだ」

「ッ!!」

 神谷はその続きを聞かなかった。

 普通の人間が見れば、少年の動きは誰にも見えなかっただろう。

 高速移動。それを体現するような速度で神谷はミカエルの元へと突撃した。

 ガッキィィィィィン!!! と甲高い金属音が炸裂した。

 ミカエルは五メートルほどの長剣で、神谷は金色の装飾がなされた槍で互いの攻撃を相殺する。

 互いの武器の色は共に漆黒だ。

「人の説明は最後まで聞こうとは思わないのかね」

「いらないよ。必要ないからね」

「必要ない? なら、その槍………ここに捨てに来たか」

 バキィン!! と神谷の持つ槍に亀裂が入った。

 神谷の表情がここにきて初めて驚愕に彩られる。

「驚くことはあるまい。モラルタの特性は『切断』だぞ。互いに打ち合って、そちらが無事に済む道理はなかろう―――ほら、何をもたもたしている。そのままだとお前も切断だ」

 ズズズ、と神谷の槍にミカエルの漆黒の長剣が沈み込む。

 そこで、ミカエルは刃を思い切り振りきった。



 バッキィィィィィィン!!!! と割れたガラスを思わせる金属音を炸裂させながら漆黒の槍が砕け散った。

 


「ははははっはははははははははははっははははははッ!!!!!!」

 大きく響く笑い声に押し戻されるように神谷が後ろに飛び退いた。

 それを、ミカエルは追いはしない。

 余裕があるのではない。決して油断しているわけでもない。

 彼にとってすでに相手との距離など関係ないのだ。モラルタと『空間断絶術式』を組み合わせた彼の攻撃は、物理的な障害や距離という明確な差すらも無に等しいのだから。

「この学校で一番の成績といっても学生は学生だな。考えが甘いぞ、神谷拓海。こんな簡単なことにも気付かんとは……いや、お前が魔術を使えるのならカンニングでもしていたのか? それなら貴様の信じられん成績にも合点がいくし、今のバカな行動も説明がつくというものだ」

 手持無沙汰な様子で左手のべガルタを手首で回転させる。

「それで終わりか? まだ私はべガルタを使用してすらおらんぞ」

 期待するような声音ではなかった。どうせもう何もできない、と分かりきった上での言葉だった。

 確かに状況は神谷にとって絶望的だ。己の武器は大破し、使えるのは身体だけ。対し、クリストファー=ミカエルは魔剣モラルタと名剣べガルタを所有している。

 しかも、名剣べガルタに関してはまだ使ってすらいないのだ。過去の伝承からある程度の能力を予想できるものの、いまだに相手戦力は未知数だった。

 勝ち目はない。もう、諦めるほかない。

 客観的に見て、誰もがそう思っただろう。

 しかし。

 それでも、

「やっぱり悪趣味すぎるよ、先生」

 それでも、神谷は口元の笑みすら浮かべてそう言ったのだった。

 彼はまだ、理解していない。自分がどんな相手にケンカを売っているのかを理解していない。

 秋川に手を出して、どれほど神谷を怒らせているかを理解していない。

 ここから始まるのは、反撃ではない。ただの―――虐殺だ。


今回に出てきた魔剣モラルタと名剣べガルタはケルト民話に出てくる伝承の剣ですね


途中、ミカエルが語っていた通り、フィアナの戦士ディアルミド・ウア・ドゥヴネが携えていた二振りです


魔剣モラルタは一太刀で全てを両断するすっげえやつだったらしいですね


名前には『大怒』の意味があることから、凄まじい破壊力だったことが想像できますよ


そして、『小怒』の意味を持つ名剣べガルタ


魔剣モラルタは長剣という記述がありましたが、ベガルタについては詳しい大きさが載ってなかったので、モラルタより少し小さいという設定にしました


ベガルタにつきましては………また後日解説できるかなぁ…


んで、ここからが重要なんですけど


今作品で魔剣モラルタと名剣べガルタが互いに対となる武器、という記述をしましたが


あれは嘘です


伝承上、その二つを両手に持ち、二刀流で相手を倒したという記述はないので、そこんところ勘違いしないように気をつけてくださいね

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