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第一章[紅き月下の元、黒猫は歩く]―――〈2〉

 月城先輩と別れ私は、掃除をしながら挨拶運動を校門で行っていた。

「おはようございます、会長」

「ああ、おはよう」

「おはようさん。会長様」

「おはようございます」

「おはよう、秋川さん」

「おはよう」

「ちーす」

「ちーすじゃない!! なんだその格好は。もう少し考えてから学校に来いと何度も言ってるだろ!!」

 三者三様の挨拶は学年の違いや、男子女子の違いからくるものだ。

 三年生は、正直一番問題が多かったから厳しくあたったところ随分と私は先輩からは恨まれているらしい。

 髪なんか染めてきたら、すぐに帰宅させてやるって公言したらびっくりするぐらい苦情が来たのはまだ記憶に新しいよ。

 まあ、それでも今では結構減ってきたから意味が無いってわけじゃなさそうだけど。

「おっはよう! 桜!」

「うわっ、なんだびっくりした。楓か……いきなり跳びつかないでくれよ。心臓に悪い」

「ハハハ。ごめんごめん。でも、桜の足腰って強いんだね。いくら私くらいの小ささでも抱きつかれたら少しは態勢を崩すと思うんだけど」

「日ごろから鍛えてるからな」

「アッハハハ~桜カッコイー」

 楓が私の身体から手を離し、胸の前で手をパチパチと鳴らした。

 こんな無邪気な笑顔を見せる知り合いはそうは居ないから、何故か癒される気がするよ。

「そう言えば桜さ、今日は数学の小テストだよ! まずいよ、勉強してないよ~」

「またか……日ごろからしてないからそんなことになるんだ」

「ぷぅ~…私は桜みたいに全部に全部、全力投球は出来ないの。まあ、桜の方が私よりもっと忙しいのにこんなこと言うのもなんだけどね」

「やりがいはあるから良いんだよ」

 …………おススメはしないけど。

「ほら、楓。はやく行かないと遅刻するぞ」

「え~。桜は?」

「私はまだやることがあるからもう少し残るよ。今日の一時限目はなんだったっけ」

「確か、物理じゃなかったかな」

 物理と言えば、伊藤先生か。あの先生なら少し遅刻してもうるさくは言われないだろう。

 体育の先生とかは本当にうるさいからな。

「じゃあまた後でね、桜! 数学教えてよ~」

 私は、はいはいと言いながら楓が走っていくのを眺めて、見えなくなってから校門の方へと身体を向けた。

 朝の挨拶運動に付き合ってくれた他の専門委員長を先に行かせ、私は正門の方へと歩く。

「いつも御苦労だな、秋川。先生も助かるよ」

「いえ、大したことじゃありませんよ」

 毎日のように繰り返される先生からの労いの言葉に、いつもの返答をして、私は正門を閉める。

「待て待て待て待て!! 会長! ちょっと待っ」

「遅刻だ」

 と、息切れぎみに走ってきた男子が閉められた門の向こうで、嘆いているのを黙殺して、私は掃除道具を片付けに倉庫の方へと足を向けた。

 腕時計を見る。HRが始まるまで後十分ってところだ。充分間に合うだろう。

「この鬼会長ォォォォ!! 十秒くらいサービスしてくれたっていいじゃねえかーーー!!」

 なんだ、負け犬の遠吠えが聞こえる。十秒をバカにするからこんなことになるんだ。

 去年よりずっと綺麗になった倉庫までの道のりを歩きながら、私は汗を拭う。ああ、そう言えば今日の最高気温は36℃とかお天気お姉さんが言ってた。どおりで暑いわけだ。

「それにしても、夏休みまであと一週間か……さて、何のバイトにしようかな……」

 実は、いまだに夏休みにするべきバイトが決まっていない。タウ○ワークを見てはいるのだが、あまり条件が良い店がないんだよな。やっぱり、条件の良い店ってのは夏休みの一カ月くらい前には全部埋まってたりするんだろうか。理想的なのは、時給が出来るだけ高いところがいいんだけど…どうにも見つからない。

 そりゃ稼ごうと思えばいくらでも稼げるかもしれないけど、私は生徒会の仕事がある。家のことだって少しは手伝わなくてならないし、やることは結構あるのだ。その合間を縫ってバイトをするんだから、それほど長い時間も取れないだろう。

 肉体労働系の仕事ならば、短時間で難なくお金を手に入れることが出来るが、親に反対された。身体が持つかどうかが心配らしい。やれる自信はあるのだが――親は頑として首を縦には振らなかった。そう言えば、妹にも反対されたっけ。

「はぁ……」

 思わずため息を吐きながら、倉庫へとたどり着いた。扉を開け、多くの竹ぼうきやチリ取りがあるのを確認して、背中から、

「会長。こんなところで何やってるの? 遅刻するよ」

と声を掛けられた。

 急なことに、思わず倉庫の中に突っ込みそうになるのを堪えて、振り向く。

 その時には、私はすでに声の人物にアタリを付けていた。私が生徒会長になってからというもの唐突に声を掛けるようになってきた人物。聞き覚えがある―――ではすまないほどに耳にこびり付くその声――――

「もしかして、誘ってるの?」

 そんな甘ったるい声を耳元でささやかれて、私は自分の予想が当たっていることがわかった。

 私の後ろに立ち、まるでキスするかのように密着し、耳元でささやいてくる変態男―――神谷拓海がそこに居た。

「ッ!! 離れろ!!」

 ドン! と神谷の身体を手で押し、身体を離して、私は充分に距離をとる。この変態は、何をしでかすかわからん。

「酷いな~会長。これは俺なりのスキンシップだよ」

「違う。これはれっきとした犯罪だ。チカン行為だ!」

「? 俺は胸とか揉んでないよ」

「黙れ! お前のチカンへの知識はいったい何なんだ!?」

「俺の一番したいことこそが―――チカン?」

 何を言ってるんだコイツは!?

 ていうか、今コイツさりげなく「お前の胸が揉みたい」って言わなかったか?

「え~。さくちゃんエッチー、何? 揉んでほしいの」

「アホか!! あと、『さくちゃん』っていうのやめろ!!」

「じゃあ、『あきちゃん』」

「言い方の問題じゃなくて、どうしてお前にそんな親しげに名前を呼ばれなくちゃいけないんだ!!」

「そうケチケチしないでよ、会長。ホント、可愛いな~」

 何を白々しい。お前はいつも私をからかって遊んでるだけじゃないか。

 お前はつくづく気持ち悪い。

「っつか何やってんだ、お前。もうすぐ授業始まるってのに、何でこんなところに居る」

「いや、校舎に入ろうとしたら、こっちに行く会長の姿が見えたから」

「付いてきた、と? ほほう、まるでストーカーのようだな」

「勘違いしないでね、会長。俺はストーカーだよ」

 肯定しやがった。

「頼むから私以外にこんな意味のわからないことをしないでくれよ」

 もし、他校の生徒をストーカーして捕まったりでもしたら、清林高校の信頼はガタ落ちだ。

「それって、『私以外の女は見ないで』ってこと?」

「そんな訳があるか。他人に迷惑を掛けるなって言ってんだよ」

 えー、と半眼で呟く神谷の隣を抜けて私は校舎へと歩き始めた。隣には何故か当たり前のごとく神谷が歩く。

 まさか、神谷がこんなやつだったとは…一年の時にはまったく気付かなかったぞ。

「そうだ、ゲームしない?」

「断る」

「………、あきちゃん酷い」

 コイツッ!

「だから、その呼び方はヤメロって言ってるだろうが」

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「………、」

 あれ? なんて呼ばせればいいんだ。……さん付けか?

「秋川さ…」

「やだ」

 即答された。

「じゃあ、お前は何が呼びやすいんだ? あ、勿論さっきのやつはナシだからな」

「俺? ふぅーん。何かな……」

 顎に指をあて考える神谷。そんな真剣に悩むことでもないだろうに。

「お、そうだ」

 と、自分の手のひらに、拳をポンと当てる。

 なんか、その……言いにくいんだけど、正直、その表現は古くないか?

 そんなことを思う私を尻目に、神谷は口元をニヤニヤさせながら、こう言った。

「さくらチン☆」

「ふっざけるな!!」

 なんだ、その名前だけで捕まりそうな響きは。明らかに、男子が女子につけるあだ名じゃないじゃないか。しかも、なんだ最後の☆は!! 私は宇宙人か何かなのか!?

「お前に聞いた私がバカだったよ」

「そう文句ばっかり言わないでよ~さくらチン☆」

「お前、学校でその呼び方は絶対にヤメロよ」

「じゃあ、さくらチン♪」

 問題の論点が明らかに間違っているッ!!

 発音が変わっただけだ。ギターがうるさいならピアノみたいな感じ。

「ん。会長、一つ言い忘れてたんだけどさ」

 神谷が申し訳なさそうに、そう言った。珍しいな、コイツがこんな顔するなんて。

「この時間が楽しくて言うの忘れてたんだけどさ――――もうチャイム鳴ってるんだよね」

「―――――――――――――――ッ!!!???」



この日。私はこの学校で初めて、一時限目を遅刻した。

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