第一章[紅き月下の元、黒猫は歩く]―――〈1〉
夏休みを一週間後に控えた、我が清林高校は毎日がお祭り騒ぎだ。
バイトに恋愛、思い出作りに家族と旅行。聞いた話では、友達だけで旅行に行く奴らもいるらしい。
家が貧乏な私にはとても羨ましい限りだが、恨み事を言っても何も変わらないことは分かってる。
夏休みの私の計画なんて、ほとんどがバイトと勉強だ。
遊ぼうと思ってもお金がないし、第一に暇がない。
今期の生徒会長となった私、秋川桜には夏休みを控え生徒会の仕事に追われていた。
学校改革。美化強化や、読書週間。それらを専門にする委員長に任せればいい話なのだが、自分が提案した仕事を一斉に押しつけてしまってはそいつに悪い。
夏休みにも学校に来てやらなければならない仕事があるから、ほとんど遊びになど行けないだろう。
あ、勘違いしないように言っておくけど友達がいないわけじゃない。
本当に暇がないんだ。
「ったく……この多忙さだけはどうにかならんものか…」
と、学校の通学路、自転車通ではない私が歩きながら呟く。
周りには高校の制服を着ている生徒たちがいるのだが、生徒たちは全て私を見ては目を逸らしているようだ。
確かに私は男子を一人で相手出来るほどの人間だろうが。
……私はそこまで怖いことをしただろうか。
「なんだその顔。現生徒会長は前生徒会長より、よほど多忙に見えんな」
不意にそんな声を掛けられた。聞き覚えのあるその声。去年、私が一年生の時に大変お世話になった先輩の眠そうな声。
そちらを見ると、案の定『前』生徒会長、月城先輩が私の隣を歩いていた。
「わっ、珍しいですね、月城先輩。こんな朝早くから学校に来られるなんて」
いつもなら、遅刻ギリギリに校門に走ってきているのに。
「いや、あれだ。夏休みが待ちどおしくてさ、いつもより早く起きちまった」
なんですかそれ、と笑うと月城先輩は恥ずかしそうに「笑うなよ」と返した。
月城千秋。
私が生徒会長に就く前の生徒会長。会長の引き継ぎのために一週間ほど仕事を手伝ってもらったときに親しくなった。
先輩はなんというか……バカだ。
成績は中の下だし、特技なんてない。運動も出来るほうかと問われれば十人の内十人が首を横に振るだろう。
顔立ちは……まあ、ひいき目に見ても中の上。普通と言ったら普通だし、イケメンと言ったらイケメンだ。
でも、ぼさぼさな黒髪に、眠そうな眼がそれらのプラス要因を全て阻害してしまっている気がする。
けれど、これでモテるのだから、たまったもんじゃない。
そんな先輩が生徒会長になるときには、立候補者が先輩も含めて四名も居たらしい。
それら一人一人が何かにおいて大きく秀でていて、全員の内誰が会長になってもわからないとまで言われたって話を先生に聞いたんだけど(先生が誇張しただけかもしれないけど)。
月城先輩はそれらに圧倒的な差をつけて当選した。
私の時は一人だけだったのに、先輩の時は四人ってのを聞くと、何か釈然としないのだがここでは関係のない話だ。
四人のそれぞれのスキルはこんな感じ。
まず、一人目。
その人は頭の良さに大きく秀でていたらしい。順位は常にトップ。誰もが認める学年主席。
二人目。
その人はずばぬけた体力に秀でていたらしい。いくつかの部活を兼部し、すべての部活で好成績を収めたそうだ。
三人目。
その人は冷静な頭脳。的確な指示でクラスをまとめ、大きなリーダーシップを持ち合わせていた。
そして、四人目。
月城千秋その人の圧倒的な戦力。
それは『人望』だ。
人当たりのよい性格からか、気軽な雰囲気からか、先輩は人に好かれる。
巧みな話術か、優しい性格か、はたまた他の理由かはわからないがそれこそが先輩の凄さ。
そんなこんなで、月城先輩は他に圧倒的な差をつけて当選したらしい。
最初に『モテる』と言ったが、それは外見ではなく、そんな先輩の内面に惚れている。
――――って、友達が言ってた。
なにやら、『あのやるときにはやってくれそうなところがいいよね~』とかなんとか言ってた気がするけど―――
よく、わからないや。
「んで、現生徒会長秋川桜さんは、いったい何の仕事がたまっていらっしゃるので?」
先輩が言う。
眠そうに目を擦りながら言う辺りが先輩らしいと言えばらしいのだが、ちょっと失礼な気がするな。
「なんでも、ですよ。先輩も知っている通り私は学校改革を短期間の内に実行してしまったので、そのぶんのツケが今になって回ってきているだけです」
「へぇ~…そうなんだ」
あ、コイツもう興味失ってやがる。
尊敬してはいるのだが、どうにもしっくりこない人だ。
「お、そう言やさ。お前、今朝のニュース見た?」
「は? ニュースですか。いえ、今日は天気予報しか見てません…………何か先輩の興味のあるような楽しい話でもあったんですか?」
「そう露骨に嫌そうな顔するなよ。この事件は俺の直感がヤバいと告げてるんだぜ」
「はぁ……直感、ですか…」
そんな、直感を自信満々に言われてもなぁ。
この先輩の直感って、外れそうだ。
「事件っていうと……もしかして、殺人事件とか言いませんよね」
「お、いいね~その推理。でもちょっと違うかな―――――これは殺人と言っていいものか疑問だから」
「へぇ~そうなんですか」
「ってオイ!! なに興味なさそうな顔して先に行ってんだよ!! これから先輩の忠告をしてやろうってのに無視はねえだろ、無視は!!」
…この、人いちいちオーバーリアクションだよな。
チカンとかだったら、私はあまりスタイルの良い方じゃないし、可愛くもないだろうから襲われる心配はまずないだろうし。
暴力的な事件だってそうだ。正直、襲われても返り討ちにする自信がある。
「良いから聞けって。損はないから」
「でも先輩、遅刻しますよ」
「良いから!!」
………?
月城先輩は何を焦っているんだ。
いつもと違って随分と必死だけど。
「その事件ってのな――――死体が妙らしいんだよ」
「……………妙、と言うと?」
「いやさ……死因が、わからないんだと」
……死因?
死んだ原因と書いて、死因。
餓死、焼死、水死、病死、窒息死、感電死といった死因。
それらの死因がわからない、と先輩は言う。
「まあ、どうせ検死の失敗か何かだろうけどな」
そんな先輩の言葉に「でしょうね」と適当に返しながら、私は何か気持ち悪いものを感じた。
胸の中に、違和感が残る。
「…………クソッ」
その違和感を振り切るかのように私は学校への足を速めた。
とある、廃墟ビル。辺りは整備されていないため草がぼうぼうと生え、人間が入るのを拒絶するかのように忽然とそこに立つ。
五十メートルも行けば真新しい建物が多くあるというのにここだけは、時代に取り残されていく村を彷彿させる風景画のようだった。
中は外観から予想できるように、補修などされているはずもなく、壊れたコンクリートの破片や、割れた窓や鏡、破損した扉など幽霊スポットに指定されそうなものが転がっており、まるで映画の撮影場のような独特の雰囲気が漂っていた。
「ふむ……ここかな」
そんな人の出入りが皆無であろう場所に一人の男が居た。タキシードのネクタイを緩め、目を閉じているのではないかと言うほど細めている男。
彼のかもし出す雰囲気は、言わば『場所そのもの』だ。この古い建物ならば、そこにあってもおかしくない雰囲気へと、近くの真新しい建物ならば、そこに居てもおかしくない雰囲気へと。それは、話しかけられず、意識されず、そこに居ることが当たり前の正常であって、異常な状態。
説明不可。証明不可能。原因不明。そんな『能力』が彼の周りには働いていた。
「さてさて、聞いていた以上に事態は危ない状態なのかな?」
呟くような独り言。それでいて、何かに話しかけるような独り言。
そして、その独り言に答える声があった。
〈クイーンみっけ!! クイーンみっけ!! 『教会』の敵にして絶対なる守護神、クイーンを見つけた!! ヒヒッ、ヒヒヒヒ〉
甲高いようでいて、異様に聞き取りやすいその声は一度フィルターにかけられたかのようにかすれている。
周りに男以外の姿は無いというのに、その声はあたりに響く。男は、その声を気にせずに独り言を続けた。
「……ん、これは随分とまた……クスクスクス」
〈キングとクイーンの邂逅が、新たなる災いを招く! 災い災い!! 神の子の再来!!〉
と、男はタキシードの胸ポケットから一つのチョークのようなものを取りだした。
それを振るいそこらかしこにある柱や地面に走り書きをしていく。
「『字』は力を表し、『記号』は範囲を示す。各々の働きを働きで埋め、各々の働きを『字』で固め、各々の働きを『記号』で形作る」
〈神の子の再来は、秩序を乱す! 秩序を乱すは悪魔の仕事! されば神の子、悪魔と同じ!!〉
「『色』は黒混ざりの白。灰色に似て、灰色とはまた違うこの色が意味することは、秩序。さあ、動け。己の秩序を持ってして私のために存分に働くのがお前の仕事だ」
〈魂ト引キ換ヘニ、三ツノ願ヒヲ叶へテヤラウ〉
「〈片目の悪魔は、そう言った〉」
そして、物語が始まる。
一人の少女と一人の少年は互いの運命を知りもせず、物語は第一章へと傾き始めた。
…………稚拙な文章で申し訳ありませんよ