08.パーティーと第二王子
青空が澄み渡る晴天のお昼時。
軽快な演奏と豪華な料理の並ぶ王宮のパーティー会場。
私は青いドレスに身を包み、その会場の端でサンドイッチをかじっていた——。
「——すまん、稽古中に。エルに話があってな」
そう言ったお父様の手には、一枚の封筒が握られていた。
「はなし?」
「あぁ。今度、王宮でアスク様の誕生日パーティーがあるらしくてな。うちにも招待状が来た」
「アスクって、あのアスク・ヴァーミリオン?」
この国の第一王子の......?
「あぁ、そうだ」
確か兄様と仲が良いんだっけか。
剣の才能に恵まれているというヴァーミリオン家で珍しく魔術に秀でた才能を持っていて、中でも治癒魔術がとても得意だと兄様から聞いたことがある。
一応、アドニス家も何代にも渡って騎士を輩出しているので、それなりに地位のある家系だ。
それに加えてお母様と言うヘカーティア王族が嫁いだ家でもある。
まぁそりゃ、王族の誕生日パーティーの招待状も来るってものだ。
けど、なぜ私にその話をしに来たんだろう。
両親や兄様が招待されるのはまだ分かるけど、私まで招待されるのは意味がわからない。
社交界デビューはまだまだ先だろうに。
「今回は貴族家同士の交友を深める名目で、学院に入学前の子供達の顔合わせも兼ねてるって話だ。嫌なら断れるけど、どうする?」
疑問が顔に出すぎてたのか、聞かずともお父様が全て答えてくれた。
「アル兄様とかお母様は行くの?」
「ん?あぁ、アルは行くだろうな。長男だし、アスク殿下とは友人だって言ってたしな。ティアも一応はヘカーティアの王族だからな、予定が無ければアルの面倒見るついでに挨拶ぐらいはしにいくだろ」
まぁ、それはそっか。
正直、顔見せだとかは面倒だし興味が無いのでどうでもいい。
けど、王族には少し興味がある。
恋愛とか権力とかの部分ではなく、英雄の子孫と言う部分に。
剣で英雄を目指す以上、ヴァーミリオンはやはり絶対的な指標。
知り合いになれるならなって置いて損は無い。
とは言っても、残念なことにアスク殿下は魔術ばかりで剣はからっきしだと言う噂もある。
だから少し悩ましい。
パーティーと言うことはドレスとかの、ちゃんとした服装を求められるだろう。
だけど正直、ドレスを着るのはあまり好きじゃない。
ヒラヒラした服は動きにくくて。
眺めるのは好き。 お母様がお洒落してる時とか綺麗だと思うし、可愛いものは私も大好きなんだけど......。
そう悩んでいるとお父様は残念そうに口を開く。
「まぁ、急な話だし。欠席してもアスク殿下も国王陛下も気にしないと思うぞ。でもアルス団長は少し落ち込むかもな。お前の話したら、凄く会いたがってたから」
「え、団長?」
団長というのは、もしやあのアルス騎士団長様のことだろうか。
この国で二番目に強いと言われている剣の達人。
ちなみに、一番はレオリス国王陛下。
レオリス陛下は歴代ヴァーミリオンで最も英雄王に近いと言われるほどの剣と魔術の使い手らしい。
そして、アルス騎士団長はそれに継いで国内二番手の実力者。
なんなら剣術だけで勝負したら、レオリス陛下より強いと言われている。
そんな人と会えるのなら、是非剣術についてお話がしたい。
欲を言えばその剣の腕前を見せてもらいたい。
「エル、行ってきたら? アルス団長にはこう言う機会じゃないと、しばらく会えないと思うし」
横で話を聞いていた師匠もそう口を開いた。
「うん。アルス騎士団長様に会えるなら、行こうかな」
という事で——。
——私は今、王宮の大広間で第一王子殿下のパーティーに興じていると言う訳だ。
今回のパーティーはいわゆる半立食形式で、会場は談笑に花を咲かせる大人達の喧騒で満ちている。
子供達は年齢層と男女で別れて幾つかグループを作っており。
私と歳の近い男子は走り回って追いかけっこ、女子は固まってお話をしたりしていた。
しかし私は一人、窓際でサンドイッチをチビチビ食べながら会場全体を見回している。
お母様の配慮でドレスのフリフリは少なめなのだが、男子に混じって動き回るのには今の服装はどうしても邪魔だし、同年代の女子とは中々話が合わないので、こうして孤立してしまった。
まぁ、今日は元々のアルス騎士団長と知り合うために来たのだし、そこはあまり気にしないようにしている。
だけど、問題が一つ。
アルス騎士団長がどこにも見つからないのだ。
護衛役と聞いたので、てっきりアスク殿下と一緒に居ると思ってたけど......。
挨拶とお祝いの言葉を伝えた時は近くに見当たらなかった。
「——エルは、遊ばないの?」
そんな中、珍しく正装に身を包んだお兄様が本を片手に話しかけてきた。
さっきまでは学校の友人達に挨拶して回っていたみたいだけど、どうやらそれも済んだらしい。
「うん、アルス騎士団長を探してるの。今日はそのために来たんだから」
「あぁ、騎士団長さんならさっき向こうでお父様と話してたよ」
そう言って、お兄様は会場の中心を親指でさす。
その先に目をやると、お父様とその隣に、背が高くてガタイのいい茶髪の初老男性が立っているのが見えた。
剣の持ち込みが禁止のこの会場で唯一、帯剣をしているその人は一目で騎士団長と分かる程の風格を漂わせている。
「あ、ほんとだ。ありがと、アル兄様」
私は笑顔でお兄様にお礼を言い、半分残ったサンドイッチを口の中に放り込んで、窓際を離れた——。
◇◆◇◆◇
「——殿下、本当に行かれるのですか?」
王宮内の長い廊下をシャツのボタンを止めながら歩いていると、そう後ろから使用人に声をかけられた。
「兄上の誕生日パーティーに弟の俺が行ってはいけない、なんてことは無いだろ?」
「で、ですが......」
本来なら、俺は今剣術の稽古をしている時間だ。 抜け出したのがバレると俺も世話係のコイツも父上に叱られる。
「長居はしない。一言伝えてすぐに稽古に戻るよ」
父上も少しくらいなら大目に見てくれるだろう。
ここ最近は大人を相手にしてもそれなりに戦いになるくらいには上達したし。
そう考えて、俺は世話係を置いて足早にパーティー会場へと向かう。
最近は、第二王子派とかいう奴らが俺を神輿に担いで王位争いの大義名分にされているが。
それは周りのヤツらが勝手にやってることで、俺と兄上はお互いに敵意も対抗心も持っていない。
今も昔もこれからも、ずっと仲のいい兄弟をやっていくつもりだ。
だと言うのに年寄りどもは、剣を持ってこそヴァーミリオンの王族だとか言って、兄様の才能を否定し続けている。
俺が神輿に担がれてるのも、その点が大きいのだろう。
俺は、ヴァーミリオンの血に刻まれた剣の才能を余すこと無く受け継いだ。
まるで、兄上が持って生まれなかった分を代わりに与えられたかのように......。
兄上は剣の才能が全くと言っていい程ない。
剣を握れば絶対に数秒後には地面に転んでいるほどだ。
けれど俺は、兄上のことも、兄上の使う魔術も、両方尊敬している。
だから、今日は政治争いだとかは気にせず、ただ『誕生日おめでとう』と一言伝えたいのだ......。
なんて考えている間に、大広間へ到着した。
「——おや、ジーク殿下もいらっしゃったんですね」
入口付近で話し込んでいた奴が俺に気づき、話しかけてくる。
「あぁ、兄上に一言お祝いの言葉を伝えようと、思ったんだが......」
そう、少し足を止めて返事をした数秒後には、近くで群れていた貴族令嬢達が寄って来て周りを囲まれてしまう。
「ジーク殿下! 少し私とお話を!」
「いいえジーク殿下、ここは私と!」
「いや、私ですわ!」
「私ともお話してくださいまし!」
困ったな、全く身動きが取れない。
それに赤青黄色と、カラフルでド派手なドレスに目がチカチカとしてきた。
もう少し落ち着いた色のドレスを着た令嬢は居ないのか。
なんて思っていると、グループで一番派手な赤色のドレスを身にまとった金髪の女の子が、他の令嬢を押しのけて前に出てきた。
「はじめまして、ジーク殿下!わたくし、ヴァーネット家のアメリアと申しますの」
アメリア嬢は自己紹介を終えると、グイッと身を寄せてくる。
——アメリア・ヴァーネット。
ヴァーネット家と言えば俺を担ぎ上げてる貴族連中の筆頭。
第一王子派との対立を一番煽っているのはこいつの父だ。
個人的にはあまり好かないが......。
とは言え家柄はしっかりしてるし、実績や影響力は貴族の中でもトップ。
王族としてはあまり無下にはできない。
「やぁヴァーネット嬢。お父上から聞いた通りの可愛らしさだな」
愛想笑いを作り、社交辞令で返す。
「殿下、わたくしの事は是非アメリアとお呼びください」
「そ、そうか。なら遠慮なく呼ばせて貰うよ、アメリア」
そう呼び捨てにしただけで周りの令嬢達は色めき立つ。
この年頃の女子は、この程度の会話ですら、キャーキャーと騒ぎ立てる。
こう言う雰囲気は苦手だ。
言葉を交わす度に、こうも周りで騒がれると落ち着かないの......。
とにかくこの場は早く切り上げよう。
「悪いけど、今日は兄上に一言お祝いを言いに来ただけで、すぐに剣術の稽古に戻らなくちゃならないんだ。 道を開けてくれるか?」
そう言うと、令嬢達はそれぞれ残念そうに声を上げる。
「あら、そうでしたの......。わかりましたわ」
アメリアも一瞬しょんぼりとした表情を浮かべたが、すぐさま笑顔を作り俺の道を開けるよう周りの令嬢達に目配せした。
「悪いな。また別の機会にゆっくりと話そう」
俺がそう言って令嬢達の包囲から抜け出した直後......。
人混みの影から、誰かが飛び出した。
俺は直前までアメリアへ視線を向けていたせいで、それに気づくのが遅れてぶつかってしまう。
「——なっ!」
「——あうっ......!」
ほぼ同時に驚きの声が漏れ、横から衝撃が加わった。
幸い俺の方は咄嗟の踏ん張りが効いて転ばなかったが、代わりに白髪の少女が尻餅をついてしまった。
「すまない、大丈夫か?」
俺はすかさず、少女に手を伸ばす。
「大丈夫です。前が見えてませんでした、ごめんなさい......」
そう言って俯いた少女が俺の手を取って立ち上がり、そこでようやく目が合う。
薄紫の瞳に、シンプルで落ち着いた青いドレスを身のよく似合ったその少女に、俺は一瞬目を奪われてしまった......。




