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魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~  作者: 雪柳ケイ
1章

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05.ルビス・ロヴェインという男︎︎ 前編

  穏やかな風の吹くお昼過ぎ。

  俺は友の墓の前に立っていた。


「久しぶり、リュカ」


  手に持った酒を墓石の前に置きながら、そうつぶやく。


  そうして、あの時から今に至るまでの出来事を、その場に腰掛けながらゆっくり思い出す......。


  月明かりが照らす薄暗い森。

  その日俺達は、ヴァーミリオン南部の森林で大量発生した狼型魔獣の掃討作戦を行っていた——。




  ——怪我と極度の疲労で意識が朦朧とするなか、俺達は必死で剣を振っていた。


「副団長!!」


  近くで戦っていた新入りがそう叫び、俺のことを突き飛ばす。


  そして次の瞬間、その新入りの首は地面に落ちていた。

  何が起きたのか、理解することができなかった。


  地面に転がる新入りの目は大きく開いていて、顔には絶望の表情を浮かべている。


  暗がりの中、周りの仲間が次々と首を跳ねられていく、そんな状況の中、森奥から幼い少女のような声がした。

 

「ほほぉ。こりゃあ、久しぶりに遊びがいのある人間がおるじゃないか」


  ここに居るのは騎士団でも精鋭中の精鋭、紅玉(こうぎょく)隊。

  その数、約八十人。 それがたった数時間で壊滅状態に陥っている。


  ここがどこかも分からない、そんな乱戦状態で、長いあいだ魔獣を相手にし続けた俺達には、もう余力なんて残っていない。

  この状況の原因は、この声の主にある。



「四百年ぶりに起きたもんで、すこし肩慣らしに付き合ってもらおうかの」


  黒い影をローブのように身にまとった、首や頬が鱗に覆われているその少女は、魔獣の掃討中に唐突に現れ、各部隊を恐ろしい速さで壊滅させた。


  長い黒髪と金色の瞳。 人形のように可愛らしい容姿。 少女らしからぬ口調。

  しかし、その姿を目にした瞬間、アレは人では無いと本能が叫んだ。


  俺も仲間達もその少女に底知れない恐怖を感じて、その場から動け無くなる。


「ほれ、どうした人間共。 仲間の仇を取らんのか?」


  俺たちを囲んでいる狼型の魔獣を、まるでペットのように撫でながら、くすくすと笑ってこちらを挑発してくる。

  そして、部下の一人がその挑発に乗り少女に斬りかかった。


「なにもんだ!このガキィ!!」


「ワシをガキよばわりとは、面白いのッ」


  少女は部下の上段からの振り下ろしをひらりと躱し、手を振り払う。


  次の瞬間、綺麗に首だけが斬られた死体が地面に転がった。


  何をしたのか、目で追えなかった......。

  暗さのせいもあるだろうが、どうもそれだけじゃない。

  少女が速すぎるのだ。


「はは!こやつの死に顔を見てみろ!こりゃ傑作だのぉ!」


  少女は斬りかかった部下の頭を拾い上げて、その死に顔を指さして大笑いをする。


  口を半開きにして、虚ろな目をした部下の頭。

  少女はその顔を一頻り笑うと、興味を失ったように、横へ控えた魔獣達へ投げる。


「食ってよいぞ」


  少女のその一言で、周りに座り込んで居た魔獣が一斉にその頭と、地面に倒れた首なし死体に食いつく。


  俺は絶望した。


  傍から見たら森を散歩していただけの、普通の少女。

  しかし、踏み込める隙なんて何処にもない。


  あの少女は、研ぎ澄まされた濃密な殺意を、まるでドレスでも着るかのように身にまとっている。

  全力で剣を振っても、届く未来が一ミリも見えない。


  それどころか一歩でも動いたら死ぬような、そんな気さえしてくる。



  そんな風に考えてしまったが最後、全ての音が遠くなり、視界はどんどん暗闇に沈んで、手足がじんわりと痺れ始める......。


  怖気づいて、心が折れて、絶望してしまったのだ。


  しかし、そんな状態の俺に、近くに居た赤髪の男が叫んだ。

 

「ルビス!お前だけでも逃げろ!」


  その声の主は親友のリュカだった。

  同じ村で育って、同じ景色を見て、同じ剣術を学んで、同じ戦場を駆け回った、まるで兄弟のような奴。


  そんな親友の声に、俺はハッとする。


  生き残った数少ない仲間達は、その言葉に同意するように目配せしていた。


  だが、逃げていいのか?

  仲間を置いて、親友を見捨てて......。


  いや、それ以前に逃げれるか?

  周りを取り囲んでいる魔獣達が、そう簡単に俺を逃がしてくれるとは思えない。


「ほぉ、そやつ一人を逃がすと?」


  少女は俺を睨むと、その口元を歪めた。

 

「出来ると思うのか?この私、ネロの前から!」


  意地の悪い笑顔で、そう言い放つ少女。

  その名前を聞いた瞬間、俺達はさらに絶望した......。




  四百年前、魔王ラグナスと共に魔物や魔獣を従えて世界の半分を滅ぼした四方(しほう)魔獣の一匹。


  ——呻く奈落穴 ネロ。


  魔王ラグナス亡き後、十三英雄は残った四方魔獣を討伐すべく、行動を起こしその命を散らして行った。

  そして、最終的に生き残った魔獣ネロの討伐に動けた英雄はたったの四人。


  ——英雄王 レイド・ヴァーミリオン。

  ——神霊の器 メア・ドレイヴン。

  ——鏖殺王女 キライラ・クィーンズ。

  ——悪食童主 デイル。


  ネロは彼ら四人を相手に戦い、勝利したらしい。しかし、英雄達はネロに深手を負わせ、相打つ形で封印を施したと言う。


  そしてこの四百年。 ネロは封印されていると言われている南の海のど真ん中の奈落穴から出てくることはなかった......。




  しかしこの少女は今、自分のことをネロだと言い放った。

 

  信じたくはない、だがこの圧とあの強さ。

  もし本当にネロなんだとしたら、それも納得できてしまう。


「ネ、ネロだって?」

「そんな......英雄様達が封印したんじゃねぇのかよ!」

「う、嘘だろ......?」


  他の騎士たちも、動揺の表情を浮かべている。

 

  だが、そんな中でもリュカだけは、力強くネロを睨んでいた。


「狼狽えんな! 相手が本当にネロだったら、どうせ俺達は殺されるんだ。だったらルビス逃がして、陛下や団長に後を託すしかねぇだろ!」


  リュカのその号令で、ざわめいていた騎士達の表情が一気に強ばった。

  きっと、今の言葉で覚悟が決まったんだろう。


  ——頼むぞ。


  リュカが俺にそんな視線を向けたような気がした。


  思えば俺はいつも、コイツのこの芯の通った覚悟の目に助けられて来た気がする。


  村にいた頃も、騎士団に入るって決めた時も、入った後も、そして副団長なんかに選ばれてからも......。そして今も。


「かかれ!」


  リュカのその掛け声で、残りの騎士十人が一斉にネロへ肉薄し囲いこんだ。


  それを見た俺は、脳裏に過ぎるリュカとの思い出を振り払って、剣を手に森の外へ走り出す。


「簡単に逃がすと思うたか?」


  予想通り、魔獣どもが俺の行く手を阻むように飛び出してきた。


  だが、足を長く止められる余裕は無い。

  仲間が命懸けで俺を逃がそうとしてくれているのだ。

  それに報いたい、報いるしかない。


  魔獣の相手なら嫌というほどして来た。

  コイツらはまず足か手首を狙ってくる。


  数は多いが、相手にすべきは正面に二匹だけだ。

  先手必勝で先に踏み込む。


  剣を片手で脇に構え、左で飛びかかろうと体勢を低くしているヤツの顎先を切り裂くように振り上げる。

  そして、もう片方の手で隣の牙を向いて威嚇しているヤツに向かって風魔術をつかう。


烈風(スフィラ)!」


  詠唱を省略した代わりに魔力を出し惜しみなく込める。

  そのおかげで魔獣は軽々と吹き飛び、木に背中から激突して動かなくなった。


  後ろでは仲間達が次々と命を散らしている。


  ——走れ。


  仲間の悲鳴や雄叫びが、そう言ってるような気がして、俺は振り返らずに森を走り抜けた......。



  そこからの記憶は曖昧だ。


  追いかけてくる魔獣達を何匹殺したか覚えていない。

  昼も夜も、森を抜けたあとも、絶対に足を止めることなく、必死に走り続けて。


  気がつけば俺は近くの村で治療を施され、ベッドの上で寝ていた。

  目が覚めた俺は激痛の走る身体を無視して、村の住民に馬を借りて王都へ急いだ。


  そうして王都へ着いて直ぐ、騎士団庁舎へ駆け込み団長にネロの復活を話すと、団長はすぐさま王宮は向かい国王陛下へ報告をして、緊急で会議が開かれることになった......。



  会議には団長、国王陛下、宰相、その他各方面の重鎮がおり、俺はその会議の場で事の経緯を全て説明した。

 

  当初は俺の話を聞いてもネロの復活を信じない重鎮が多かったが、現に騎士団の中でも近衛に継ぐ実力を持った紅玉隊の八十人が全滅した事実という事実が、それらを黙らせた。


  そしてこの会議、最大の争点もそこになる。



  ネロの復活に関しては早々に極秘にすることが決まったが、そうなると嘘をでっち上げて紅玉隊が全滅した責任を誰かに取らせる必要がある。


  そして当然、責任の所在は副団長で唯一生き残った俺へ向いた。


  もちろん、団長や国王陛下、それに宰相もそれには反対したが、他のお偉方は意見が一致。

  そうなると、陛下や宰相はあまり強く出れない。


  だけど、団長だけは俺をかばい続けた。


「ネロが相手だ! かの英雄の四人が命を賭して封印しか出来なかった相手だぞ!?」


「団長殿の言いたいことも分かりますがね。しかし、ネロの事は伏せると決まった以上、誰かに責任を取らせなければ民に説明のしようがないのですよ」


  そう発言したのは、第二王子派のジェイド・ヴァーネットだった。


「だが......!」


  この話はどこまで行っても平行線。

  それでもまだ食い下がろうとする団長に、とうとう国王陛下が止めに入った。


「アルス、もうやめよ......。私もジェイドの意見に同意する。すまんな、ルビス」


  陛下はそう言って、俺に申し訳なさそうな視線を送ってくれる。

  団長は悔しそうに下唇を噛んで、目元を歪ませて俯いていた。


「他に意見ある者は居ないな?......では、ヴァーミリオン騎士団、副団長ルビス・ロヴェイン。此度の責任は全て貴公にあるとし、除隊処分とする」


  除隊処分。 その言葉を聞いた瞬間、全ての音が遠くなって、目の前が真っ暗になった......。


  共に騎士団を志した親友を見捨てた俺には、もうこの騎士団にいる資格も、意味もない。


  リュカ。オレはこれからどうすればいい?

  本当は今までずっと、お前が引っ張ってくれてたから俺は剣を振れていたんだ。


  副団長は、俺よりお前がなるべきだった。

  俺はただ、言われた通り剣を振るうのが上手かっただけの、能無しなのに。

  お前に励まされて、背中を押されたから副団長をやっていたんだ。


  なのに、お前も、騎士団も失った今の俺に何が残った......?




  ——気がつけば、俺は墓で膝をついていた。

  あの会議のから二日後、死んだ仲間の葬儀が行われた。


  墓には、リュカ・テリオンと刻まれている。


  しかし、墓の下には何も埋まっていない。

  死体の回収は出来なかったのだ。


  ネロがあの森にまだ居るかの確認と、仲間の死体回収のために団長が本部に残った紅玉隊を連れて森へ行ったが、あったのは剣や鎧だけ。


  骨すら残ってなかったそうだ。

  俺は親友の死に顔を見れなかった。

  他の仲間の死に顔なら夢に出るほど見たというのに......。


  涙が出ない。

  今に現実感がない。


  まるで、長い夢でも見ているかのような、そんな感覚がして、ぼうっと墓を眺めているだけで時間が過ぎていく。



  そして、葬儀の翌日。

  俺はとうとう帰るべき場所を失った。



  数少ない荷物を持って、兵舎の前で立ち尽くす。

  元々、田舎から騎士になるために王都に出てきた俺達は、この兵舎で暮らしていた。


  傷は騎士団を追い出される前に、団長が治癒術師を呼んでくれたおかげで全て治っている。

  しかし、全身が鉛のように重い。


  途方に暮れた俺は、とりあえず宿で休むことにした。




  どのくらい寝ていたか。

  窓の外には星空が見える。


  幸い、金には当分困らない。

  騎士団に入ってからは一ヶ月に数回、リュカと酒場に飲みにいく程度でそれ以外は貯金していたからだ。


  趣味もない。

  いや、剣の稽古が趣味だったのだ。

  リュカと一緒に、ただ剣を振るのが楽しかった......。

 

  思い出したくない光景をかき消したくて、また目をつぶる。

  がしかし、腹が鳴った。


  昨日の朝食以来なにも口にしていない。 流石に何か食べた方がいいだろう。


  そう思った俺は、宿を出て酒場へ向かった。


 


  騒がしい喧騒と、食欲をそそる匂い。

  そんな中で俺は、一人カウンターに座ってスープとパンを食べていた。


  酒場だと言うのに、酒を飲む気にはなれない。


  以前はリュカが美味いと言って飲んでいたから、俺も飲んでいたが、正直酒の味はあまり好きじゃない。


「おい、兄ちゃん。何しけたツラしてんだァ?何か嫌なことでもあったのかァ?ほら、飲めよぉ!飲んで忘れちまえ!ガハハハ」


  店の中心で仲間と一緒に酒をかっくらっていたオヤジがジョッキを片手に肩を組んでくる。


「いえ、結構です」


  忘れる? 何を言ってるんだこの野郎は。


  俺だけは忘れちゃいけない。

  リュカのことも、死んだ仲間のことも......。


  そう思った瞬間、仲間の死に顔が脳裏を過り、喉の奥から嫌なものがせり上ってきた。


「おぇぇぇっ......!」


  スープの皿にボトボトと落ちていく吐瀉物。


「うぉ?! 兄ちゃんもうそんなに飲んでたのかよ。 程々にしとけよォ? おい店員さん、なにか拭くもの持ってきてくれや」


  気持ち悪い。

  気持ち悪い。

  気持ち悪い。


  頭がクラクラして、仲間の死に顔が頭から離れない。 あの絶望と恐怖が、まだ心の底で燻り続けている。

  それに加えて、どうしようもないほどの無力感と孤独感が、擦り切れそうな心に重く伸し掛る。


  リュカ。 俺はどうすればいい?

  どうすればよかった?

 

  そんな自問自答を繰り返して、息が苦しくなってくる。


「おい大丈夫か、兄ちゃん。顔色悪いぜぇ? とりあえずこれ飲めや」


  朦朧とする意識の中、喉の異物感を消したかった俺は、目の前に差し出されたコップの中身を確認もせずに流し込んだ。


  それが、俺が覚えている最後のまともな記憶だった——。

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