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魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~  作者: 雪柳ケイ
1章

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04.お母様と現実の厳しさ

 正午をとっくに過ぎた昼下がり。


  穏やかな風が吹いている庭で、私は愛用の木剣を手に、お母様の前に立っていた。

 


  急にお母様と戦う事になって、流石にまだ戸惑いは残っているけれど、逆に少し楽しみになっている自分がいる。


  お母様は今でこそ研究職に就いているけど、お父様と結婚する前、実家のヘカーティア王国では名の通った武闘派魔術師だったらしい。


  私は小さい頃からそんなお母様の武勇伝を聞きながら魔術を学んできた。

  故にその強さも凄さも十分知っている。

  もちろん、勝てるイメージが微塵も湧いて来るわけがない。

 

  なにせ人生で初めての魔術師を相手に剣を振るうのだから......。


  だけど、これは私がいずれ突き当たる越えなきゃいけない壁だ。

  魔術の使えない身で、どこまで魔術に対抗出来るのか。


  この戦いは、今後自分を鍛える上でいい指針になるはずだ。



 「——さて、本気でやろう、と言いたいけど流石にハンデはアリにしないとマズイわよね。 よし、使うのはエルに教えた火、水、土、それからさっきの風の初級魔術だけにする。エルは私に一撃入れたら勝ち、私はエルを諦めさせて降参させるか気絶させたら勝ちってのはどう?」


  本気のお母様を相手にしたら多分速攻で死ねるだろうから、私はその提案に何度も頷く。


  だがしかし。 このルール、私が諦めなければ魔術の的にされ続ける可能性がある訳だけど......。


  まぁお母様ならそうなった場合、一撃で気絶させてくるか。


 「ちなみに手加減はしないから普通に怪我するのは覚悟しておいてよね」


  どうやらお母様は、何としてでも私を魔術でボコボコにしたいらしい。

  骨の一、二本は覚悟しておいた方がいいかもしれない。


 「まぁ、死にはしないからへーきへーき」


  そう言って、お母様は私の顔に手を伸ばして両頬を手のひらでぐりぐりとこねくり回した。


 「怪我しても治癒魔法である程度は直せるから」


  お母様はそう言うと、私から少し距離をとって、遠くのコゼットに声をかけた。


 「コゼット、開始の合図をお願い!」


  ちなみにコゼットが居るのは私がさっき木剣で傷つけた木の下。

  不安そうな表情を浮かべて私を見ている。


  さっきは口も聞いてくれないくらい怒ってたのに、今は心配してくれてるらしい......。


  しかし、雇い主であるお母様には逆らえない。

  渋々といった様子で口を開いた。


 「......では。お二人共準備はよろしいですか?」


  そのコゼットの言葉に、私は腰を低くして木剣を脇に構える。

  お母様は余裕そうに腰に手を当てて立っているだけ。

  片手にはその辺で拾った木の棒を手にしている。


  杖のつもりなのだろう。

  魔術は杖があった方が狙いが安定するとかしないとか。



 「——それでは、始め!」


  コゼットの力強い掛け声と同時に、私は駆け出す。


  お母様を木剣の間合いに捉えるまでだいたい七歩。


  魔術師との戦いで重要なのはまず距離を詰めることだと、本で読んだことがある。

  剣の間合いにさえ入れば、子供の私でも一撃当てれるくらいの希望はある。


  しかし、お母様もそう甘くない。


 「水玉(アウル)


  残り三歩だった。

  あと三歩踏み込めば剣先の当たる距離まで近づけたのに......。


  大きな水の玉が弾けて、踏み込んだ所の土が一気に泥へ変化する。

  ぬるりとした嫌な感覚が足に伝わった。


  私は泥で足を滑らせバランスを崩した。

  なんとか耐えようと踏ん張りを効かせるが、間髪入れずに追撃が飛んでくる。


 「石礫(グロウム)


  お母様がそう唱えると、私の顔目掛けて複数の石が飛んできた。

  私は咄嗟に横へ飛んでそれを回避するが、お母様は間を空けずに連続で魔術を詠唱する。


  立て続けに飛んでくる石の(つぶて)

  私はそれを木剣で弾きながら隙を見て一歩踏み出す。


  ——これであと二歩。

  このまま石を弾きながら近づければっ!


  .......なんて、甘い考えは簡単に潰えた。


  礫の速度はギリギリ目で終える程度。

  近づけば近づくほど速度も一撃の重さも増して行き、弾く度に手に衝撃が伝わって痺れる。


  ——あと少し、あと少し踏み込めば私の間合いなのにっ......!



 「微風(ゼフィ)


  防戦一方を続けて居たところで、お母様がそれを崩しに来た。


  もはや微風(そよかぜ)とは呼べないほどの暴風が、私を体を正面から押す。

 

  その影響で次の一振が遅れた。


  拳サイズの石の塊が、私の鳩尾(みぞおち)にめり込む。


 「かはっ......!」


  強烈な衝撃と痛みがお腹に広がる。

  肺から空気が抜けて、息が吸えない。


  そのあまりの辛さに、私は膝をついてしまう。


 「石礫(グロウム)


  そんな私に、お母様は容赦なく追撃を加える。


  ——やばっ......!

 

  鳩尾を穿ったのと同じ大きさの岩が、顔を目掛けて飛んでくる。

  それを見た私は反射的に無理な体勢で剣を振り上げた。


  木剣と石のぶつかるカッ! と言う音を響かせて、私はギリギリで石を砕く。

  しかし、その際の瞬間の衝撃は木剣を伝って手を完全に痺れされた。


  無理に木剣を振り抜いた影響で衝撃を受け流せずに諸に手へ響いたのだ。


  だが、流石のお母様も今のを弾くとは思ってなかったみたいで、驚きの表情を浮かべて攻撃の手を止めた。



  ——今しかないッ......!!

 


  私はその隙を見逃さず、足を無理やり動かして立ち上がり、前に出る。


  一歩、二歩。

  剣の間合いに、お母様を捉えた。

  感覚のない指先に無理やり力を込め、剣を強く握る。

  そして木剣を脇に構え、刺すように痛む肺に無理やり酸素を取り込んだ。


  私が常にイメージしているのは、あの瞬間。

 


  ——あの日のお父様の、目にも止まらぬ速さの斬撃ッ!


 

  思い描いた通りの太刀筋を木剣でなぞり、お母様の胴体に刃が当たる。


  と思ったその直前......。



 「微風(ゼフィ)!!!」


  すごく焦った声色でお母様がそう叫び、それと同時に私の身体が浮いた。

  最早それは、微風(そよかぜ)とは呼べないほどの突風。

 

 「なっ......?!」


  驚きの声が口から漏れる。


  握っていたはずの木剣は離れたところでくるくると宙を舞い、私は強烈な浮遊感に包まれる。


  そして、何が起きたのか理解する間もなく、背中から地面に叩きつけられた——。



 

  ——目が覚めると、もう夕方だった。


  お気に入りの木の下。穏やかな風に吹かれて木漏れ日の隙間から茜色の空を眺める。


  そして、未だにボーッとしている頭で、気絶する直前のことを思い出す。

 

  お母様の言っていた現実とやらを、ものすごく実感した。

 

  私の剣技や戦い方が未熟なのもあるけど、何より魔術と言う牽制の手段がないだけで、あそこまで不利な戦いを強いられるとは想像もしていなかった。


  魔術があれば、相手の魔術を一々剣で受けなくても良くなる。 同じ魔術で相殺すればいいのだから......。


 「あーあ。魔術が使えればな」


  なんて愚痴を小声で呟いた瞬間、お母様が歩いてくるのが目に入った。


 「エル......おはよう」


 「あ、おはようお母様」


  私は体を起こして木に寄りかかる。

  お母様はその隣に座る。

 

 「さてと、どれだけ無謀な夢を持ってるのか。少しは理解出来た?」


 「少しどころか、かなり理解したよ。けど諦めるつもりは無いから」


  むしろ憧れの気持ちが増したくらいだ。

  レイド・ヴァーミリオンは複数の魔術師相手に剣技だけで圧倒したという逸話がある。


  だったら、私もそれが出来るレベルまで頑張ればいい。


  魔術への対策は......。

  まぁそのうち考えるとして、私の目標は一度負けた程度じゃ変わらない。


  英雄になって、沢山の人を助ける。

 

 「そうだよねぇ。私の娘だもんねぇ」


  お母様はそう苦笑いを浮かべて、どこか寂しそうな表情を見せた。



  きっと、私の事が心配なんだろう。


  実戦では、魔術が使えないと言うだけで弱点になる。


  たかがスラムのゴロツキですら、魔術を使えるのだ。 母親として、心配するのは当然と言える。


  だから魔術師を相手に戦うのが、どんなに難しくて怖いのか、私に見せようとしたのだろう。


 「エル、あんなに強くなってたんだね。 最後の一撃とか、結構ビビっちゃった」


  お母様は少し俯きながら、そういった。


 「ほんと?」


  お母様に褒められて、自然と笑顔が漏れる。


  実際、自分でも私天才では? なんて、ちょっと思ってたりする。

  昨日師匠に教えてもらった事が、一日で出来ちゃったし。


 「エルはさ、どうしても英雄になりたいの?」


  そう質問したお母様に、私は自信をめいっぱい込めて返事をする。


 「うん」


 「そっか。なら、ごめんね。わたし、貴方を魔術が使えない体で生んじゃって......」


  声を震わせて、抱えた膝に顔をうずめるお母様。



  ——私はそんなお母様の言葉に、なんて返せばいいのか分からなかった。


  確かに魔術が使えないと分かった時は、すごく悲しかった。

  英雄の次に私が憧れたのは、お母様の魔術だったから......。


  けれど別に私は魔術が使えないからと言って、お母様を恨んだりはしてないし、これからも絶対にしないだろう。


  悪いのは全部、大昔の魔王とやらで、お母様が私から魔術を奪った訳じゃないのだから。


  それに、私にはまだ剣がある。


  剣を振り続けられる限り、私は前を向いて立っていられる。

  絶望したり恨んだりなんてのは、それすら出来なくなった時にすればいい。



  だけど、お母様自身はそうは思ってなかったんだろう。


  私は膝を抱えて俯くお母様に対して、頭で考えた事を上手く言葉にできず、ただ抱きつくことしか出来なかった。


 「泣かないでお母様」


  ようやく絞りだせた言葉は、その言葉だけ。


 「ごめんね。本当にごめん」


  そう言って俯き続けるお母様。

 


  もっと強くなろう。

  お母様が私を心配しないくらい。

  誰よりも強くて、どんな魔術でも倒せないくらいの剣士に......。


  そんなふうに思いながら夕陽が完全に沈むまで、私はお母様に寄り添い続けた。


  そうしてこの日から、私の目指す英雄像には『お母様に心配をかけないくらい強い剣士』が追加されたのだった。

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