19.学院初日 4
——鐘の音が四度響く。
ようやく三時限目が終わり、昼休みの時間だ。
中庭を離れた私とセラは少し早いが、アル兄様との待ち合わせ場所の食堂の前へと来ていた。
それにしても、先程のセラの怯え様。
出会った時を思い出す。
フィスにはかなり強気に接して居たけれど、やはりあの手の輩には怯えてしまうんだな。
いや、当たり前といえば当たり前か。
私もレギオンに睨まれた時は一瞬気圧されたし。
しかしジーク殿下には雑に強気で接してたし。 同じ王族でもアスク殿下にはきちんと礼儀正しくしてような......。
もちろん、セラも相手を選んでやってるんだろうけど、なにか基準とかあるんだろうか。
なんて廊下の壁に寄りかかりながら考えていると、未だに袖を掴んで私に身を寄せていたセラが漸く口を開いた。
「......エル様、ありがとうございます」
まだ少し声が震えているが、いつものセラの声色が戻ってきている。
「気にしないでいいよ」
そう言って、私はセラを安心させるために微笑んだ。
私に体をくっつけるセラが最高に可愛かったことは、そっと心の中に閉まっておこう......。
それから、徐々に食堂へ来る人が増えて廊下もかなり騒がしくなった頃。
「あれ、早いね。待たせた?」
そう言って人の濁流の中から兄様が姿を現した。
「そんなに待ってないよ」
実際は十五分くらいここに居たけど。
「あの、お久しぶりです!」
兄様の到着でセラも完全に元気を取り戻したらしい。
「あ、セリシアちゃん! 久しぶり」
そういえば、アル兄様はセラのことちゃん付けで呼ぶんだった。
なんか家族以外と関わってる兄様を見るの新鮮でムズムズする。
なんて思っていると、兄様の後ろに見た事のある赤髪のポニーテールが見えた。
「や!エルアリア嬢にセリシア嬢!」
そう、第一王子のアスクだ。
「あ? なんでお前がいるんだよ。 いつもは中庭で取り巻きたちと食ってるだろ」
生徒によっては自分たちで昼食を持ってきている子達も居るらしい。
中でも第一王子のアスク殿下の場合は万が一があってはいけないので基本専属の使用人が作った昼食を持ち込んで、仲のいい生徒と食べているんだとか。
それにしても、落ち着いた性格の兄様をここまでトゲトゲしくするなんて、アスク殿下は一体兄様に何をしたんだ......。
「アルの事だから、エルアリア嬢と昼食を摂るんじゃないかと思ってね! いつものメンバーの誘いは断って、僕も混ざりに来たのさ!」
どうやら今回ははっちゃけテンションの殿下で行くらしい。
前に見たクールで礼儀正しい殿下も好きだが、こっちもこっちで兄様の珍しい一面を引き出してくれるので、見てる分には面白い。
「今からでも遅くない、取り巻き共のところへ戻れ!」
「つれないこと言うなよ~、親友だろ~」
「あぁ~! わかったわかった! わかったから、いちいち纏わりつくな気持ちわるい!!」
そう言ってじゃれ合う二人にセラが肩を揺らして笑う。
「二人とも、そろそろ食堂に入らない? お腹すいたんだけど」
流石に食堂の前という人通りの多い所で、兄様が第一王子を無下に扱う姿を晒し続けるのはマズイので、私は二人にそう提案をした。
「そうだね、僕は四人分の席を確保しておくから、三人で料理取ってきなよ」
兄様から離れたアスク殿下はそう言うと、一足先に食堂の中へと入っていく。
「......たっく。 それじゃ、行こうか二人とも」
じゃれあいで崩れた制服を整えた兄様は、一息ついてからそう言うと、私とセラを先導してくれた。
食堂の中は、学年問わず多くの生徒で賑わっていた。
とてつもなく広い食堂内には大量のテーブルと椅子がズラっと並んでおり、大きな天窓からは太陽の光がこうこう差し込んでいた。
「すごい食堂でしょ。 寮で暮らしてる子は朝食と夕食もここで食べれるらしいよ」
前を歩く兄様がそう解説をいれてくれる。
「出る料理は毎日違うし、休日も変わらず食べれるから王都出身でも寮暮らしを選ぶ子もたまに居るくらいなんだって」
「へー」
「そうなんですね!」
そう言っている間にも食堂の奥、料理の並べられた厨房カウンターに到着する。
お盆を手に取って列に並ぶと、カウンターの向こうにいるおばちゃんが料理をお皿に盛り付けてお盆に乗せてくれるらしい。
今日のメニューは、パンとサラダ、野菜のスープに鶏肉の甘辛焼き、そしてデザートにリンゴだ。
苦手なものや食べられないものがある場合は、盛り付けてもらってる時におばちゃんに言えば避けてもらえるとのこと。
そうして料理を受け取った私達は列を抜けると、食堂内を見渡してアスク殿下を見つけて、席に着いた。
「ほら、お前の分」
兄様はそう言って、持ってきたアスク殿下の分のお盆をテーブルに置く。
「あぁ、ありがとう」
アスク殿下はお盆を受け取ると先程までの声より少し低いトーンで礼を言った。
どうやら、今は王子モードのアスク殿下らしい。
何かあったのだろうか?
「さて、それじゃ食べるか」
兄様はそんなアスク殿下の様子に一切触れずに食事を始める。
「あ、美味しいですね」
スープを口に入れた瞬間。
隣のセラがそう呟いた。
「うん、美味しいね」
私もそれに同意する。
「ここの厨房の腕前は王宮並だからね」
そう自慢げに言うアスク殿下。
確かに、王宮のパーティーで口にしたのと遜色がないほどの味だ。
香ばしい鶏肉の香りに、シャキシャキとした鮮度のいいサラダと、柔らかくてふわふわのパン。
セラも私も喋る事を忘れて、食べ進める手が止まらない。
そうして、四人とも料理を全て食べ終わり、一息ついた頃。
アスク殿下がおもむろに席を立った。
「さて、僕は先に失礼するよ。 アル、申し訳ないんだがお盆、片付けておいてくれるかな?」
「......わかった」
どことなく不満気に返事をした兄様だったが、いつもよりはすんなりと殿下の頼みを受けたように思えた。
「悪いね。 それじゃ、新入生のおふたりさん。 明日からの学院生活も楽しんで」
そう言って微笑んだアスク殿下は足早に食堂を出て行ってしまった。
「何かあったんですかね?」
その背中を見ていたセラがそう口にした。
「どうだろう? ま、あの感じって事は王子としての振る舞いが求められる用事なんだろうさ」
アル兄様はそう応えながら、ふたつのお盆を手に席を立った。
私達もそれを見てお盆を手に兄様の後ろに着いてゆく。
「食べ終わったら、ここに返却ね」
カウンターの端にある返却用の所に食器が乗ったままのお盆を置くように兄様が説明をしてくれる。
置いたお盆は、そのうち厨房の人が回収してくれるらしい。
そうして食堂を出た後、私達三人は学院の門へ移動した——。
「——僕はここまでだね」
門の前まで来たところで兄様がそう言って足を止めた。
「見送りありがとう、アル兄様」
「お昼、またご一緒しましょうね!」
アル兄様は今年、初等部三年生へ進級したので授業が五時限目まである。
なので、私達とは帰宅時間がかなり違うのだ。
「なんなら明日もこの三人で食べようか。 エルも良いでしょ?」
どうやら、兄様もセラのことをかなり気に入っているらしい。
「うん、いいけど」
「ホントですか?! やった!」
元々、昼食は殆どセラと食べる気で居た。
そこに兄様が加わるのなんて、むしろ大歓迎だ。
と、そんな約束をしたところで鐘の音が響く。
「あぁ、教室に戻らないと。 それじゃあ二人とも気をつけて帰るんだよ」
兄様は名残惜しそうにそう言うと、そそくさと学院内に戻って行く。
私とセラはその背中に軽く手を振って、帰路へ着た。
こうして、私達の学院初日は終わりを告げたのだった——。
——屋敷の前でセラと別れた私は、広い庭を抜け玄関のドアに手をかけた。
「ただいま~」
屋敷の中に私の帰宅を知らせながら、ドアをくぐると、目の前に師匠が立っていた。
「あっ! おかえりなさい、エル様」
「おかえりエル」
なぜ師匠が居るのかと、私は驚いて一瞬動きを止めてしまう。
「はえ......? ま、まだ約束の時間まで余裕あったと思うんですけど」
今日から学院が始まると言うことで、師匠とは約束の時間をすこし遅らせるように話をしたのだ。
そして、学院を出る前はその約束の時間まで、時計の針が二巡するくらいは余裕があった......。
「エルの制服姿を是非見てくれってコゼットさんが宿まで呼びに来たんだよ」
そう苦笑い混じりに事情を説明する師匠の横で、テンション高めで私を指さすコゼット。
「どうですか、ルビスさん! エル様のスカート姿! 珍しくないですか? 可愛くないですか?!」
朝からずっとこんな感じのコゼット。
よほど私の制服姿が気に入ったらしい。
「うん、すごく可愛らしいし似合ってると思うよ」
師匠は顎に人差し指と親指を当てて私を下から上まで吟味するように眺めると、直後に頷いて親指を立てた。
「あ、ありがとうございます......」
取り敢えず褒めてもらったお礼を言うが、私は謎の恥ずかしさに襲われて師匠の顔から目を逸らした。
「エル様照れてるんですかぁ? やっぱりエル様も乙女ですねぇ!」
そして、逸らした先でコゼットがイラつく笑みを浮かべて、はしゃぐ様子が目に入る。
そんな様子に、私は徐々に怒りが湧いてきた。
「......コゼット。ちょっと」
はしゃぐコゼットに私は微笑みを浮かべて手招きをする。
「はいはい、なんですか~?」
そう言ってそばに寄って来たところで、しゃがむようにジェスチャーをすると、コゼットは無防備にそれに従った。
そして、次の瞬間。
私は目の前に突き出されたおでこに向かって、渾身のデコピンを放った。
「あたぁっ!!!」
屋敷全体に響き渡る程の悲鳴を上げて床を転がるコゼット。
しかし、私はそれを無視して師匠に向き直る。
「あの、師匠。 わたし着替えて来るので先に庭へ行っててください。 そこのアホはほっといて大丈夫なので」
「あぁ......うん、分かった」
そうして、引きつった笑顔を浮かべた師匠にお辞儀をして、私は自室へと向かった。




