15.目まぐるしく過ぎ行く日々
「——石礫!!」
二、三歩ほど離れた位置で師匠はそう唱え、拳サイズの岩を三つ飛ばしてくる。
私はそれを......。
「セァッ!」
と掛け声を漏らしながら、一瞬のうちに全て斬り払い。
間髪いれずに地面を蹴って、師匠にも斬りかかった。
しかし、師匠は軽々と私の攻撃を弾くと、返す太刀でそのまま牽制へと繋げてくる。
風切り音を唸らせながら迫る木剣。
私は重心を後ろに逸らすと、右足に力を込めて地面を蹴り、土の上を滑るように間合いを取った——。
あの魔障について調べた日からだいたい四ヶ月くらいが経った。
最近は日毎に暗くなるのが早くなり、呼吸をする度に真っ白な息がふわりと浮かんでは儚く消えてゆく.......。
もう冬か。 今年は色々あったな。
なんて頭の片隅で思いながら、師匠から距離をとった私は呼吸を整える。
そんな私に師匠は他愛もない雑談を切り出してきた。
「——あと半年もすれば、エルも王立学院の生徒だね」
「あ、そうですね」
たまにある稽古中の雑談。
私達にとっての休憩時間のようなものだ。
師匠は明確に休憩だとは口にしないけど私が肩で息をするようになると、だいたいこうして雑談が始まる。
「俺はエルシャ近くの農村出身でね。学校とか経験ないから、エルが少し羨ましいよ」
そう語りながら、木剣を杖代わりに地面に突き立てて寄りかかる師匠。
私は地面にしゃがみこんで先程までの緊張をほぐす。
「そうなんですか? でもエルシャにも小さい学院はあるって聞きましたけど」
エルシャは、王都の東の山脈を超えた先にあるかなり大きめの都市だ。
隣国のクラドベルン帝国の国境近くに位置しており、都市の中心が海に面している事から王都よりも商業が盛んだという。
「まぁね。けど周辺って言っても、うちの村からエルシャまでは歩きで二日もかかるから、俺は行かなかったんだ」
「なら師匠はどこで読み書きを? 魔術を使えるって事はどこかで文字を勉強したんですよね」
「幼なじみの母親が元教師だったんだよ。 読み書きとか歴史はその人に教えてもらったんだ。 算術は騎士団に入ってから頑張ったけどね」
師匠は懐かしそうに語りながら、どこか寂しそうに笑った。
私はそんな師匠の話を聞いて、ふといつか聞いた話を思い出す。
——この国は他国に比べて貴族と平民の格差や壁があまり感じられないとか。
というのも、初代国王の英雄王レイド・ヴァーミリオンが庶民出身だったから、と言うのが大きく影響している。
その最たる例で言えばやはり学院の構造だろう。
貴族による知識や技術の独占を禁ずる、知識は望んだ全ての民に平等に与えられるべきだ。 そう言って、レイド・ヴァーミリオンは王立学院を作ったらしい。
おかげで、国中どの学院の学費も一般家庭がギリギリ払える額になっており、この国の識字率は他国に比べて高くなっているとか......。
「——さて、話はこれくらいにして稽古を再開しようか!」
雑談をしている間に私の呼吸も整っており、それに気づいた師匠は剣を構えて声を張り上げた。
「はーい」
私も間延びした返事をしながら剣を構えて、稽古を再開する。
師匠の魔術を避け、剣を交わし、地面を転がる。
そうやって、私と師匠は辺りが暗くなるまで稽古を続けた——。
——そして次の日の午後。
私は珍しくお父様の執務室に向かっていた。
「お父様が私を呼び出すなんて、珍しいよね?」
私はひんやりとした空気の廊下を、コゼットと一緒に歩く。
「そうですね。 エル様、なにかイタズラでもしたんですか?」
そうニヤケながら私を見るコゼット。
「してない......はず。 それに、イタズラするならコゼットにするよ!」
なんて、ほんの少しふざけたやり取りをしている間に、お父様の執務室まで到着した。
それと同時に、私が来た方とは反対から兄様が欠伸をしながら歩いて来るのが目に入る。
「あれ、エルも呼び出されたの?」
今日も変わらず眠そうな目をしている。
「はい、お兄様も?」
「大事な話があるって言われてね」
兄妹揃って話があるって、それだけ重要な事なんだろうか?
そんなふうに考えつつも、私は目の前の扉を数回、軽くノックした。
「——お父様、入っていいですか?」
私の問いかけに、少しの間を置いてくぐもった返事がかえってくる。
「エルか、入ってくれ」
聞き慣れたお父様の低い声が、静かな廊下に響く。
私はほんの少し緊張しつつも、ドアノブに手をかけて扉を開いた。
「アルカードも一緒だったか。よし、二人ともそこに座ってくれ」
お父様はそう言って、デスクの前のソファを指さす。
そして、その一つにはお母様が既に座っていた。
「あ、おはようお母様」
「母様、おはよ」
「二人ともおはよ~」
兄様と私はそうお母様と挨拶を交わしながら、ソファの空いているところに座る。
それにしても、こうして家族全員で集まるのは久しぶりな気がするな。
お父様はここ最近騎士団の仕事で家を空けることが多いし、お母様も兄様もそれぞれ自室に引きこもって魔術に関する何かをしてることが多い。
顔を合わせるのはお互いに用がある時と、夕食の時だけだ。
故に、こうしてテーブルを囲わずに家族全員が集まってる光景を少々珍しく感じてしまう。
「さて、それぞれやる事があるだろうから、早めに本題を話そう」
私達が席に着くなり、お父様はそう口を開いた。
「今日お前たちを呼んだのは......。 新しく家族が増えるからだ」
神妙な面持ちでそういったお父様に、私と兄様はポカンとしてしまう。
「ティアが妊娠した」
お父様は呆然とする私達にも分かるように、ただ一言そう説明をする。
しかし、それでも私は一瞬理解が追いつかなかった。
「え、と。 それってつまり......」
「弟か妹が増えるってことかな?」
私が動揺のあまり、確認の言葉を詰まらせたところ、兄様が代わりに聞きたいことを口にしてくれる。
「そゆこと!」
そしてその質問に、お母様が満面の笑みを浮かべてで頷いた。
「それは......いいね。 凄く嬉しい!」
不安とか期待とか、色々な感情が心に浮かんで混ざりあって訳が分からなくなってるけれど、一つ確実に分かるのは、嬉しいってことだった。
そして、その事を口にすると、その嬉しい気持ちがどんどん大きくなってゆく。
「エルも来年は学院に入るし。 色々と大変だろうが、俺が不在の時はティアのことを頼んだぞ?」
お父様はそう私とお兄様を見て微笑んだ——。
——そして、それから数ヶ月後。
冬も過ぎ去り厳しい寒さも少なくなってきた暖かな春。
誕生日を迎え七歳になった私は、王立学院の門の前に着慣れない制服を身にまとって立っていた......。




