13.魔力の感覚
パーティーのあった日から既に三ヶ月。 過ごしやすい春は儚く過ぎ去って、陽射しの強い夏へと季節は移り変わり、ジーク殿下との手合わせで自分の実力を思い知った私は、以前にも増して師匠との稽古に打ち込むようになっていた......。
「――この数ヶ月でかなり上達したね」
間近で剣を交わす中、師匠がそう口を開いた。
「はい。 師匠の動きもかなり目で追えるようになってきましたしッ!」
カッと言う、木剣同士のぶつかり合う音が連続で響く中で、私は額に汗を浮かばせつつ師匠に言葉を返す。
ほんの少し前までは防御ばかりで一撃を凌いでは地面に転がされていたけど、最近はこちらから踏み込んで攻撃を仕掛けたり、師匠の隙を伺う程度には余裕が生まれてきた。
がしかし、それもどうやら今日までらしい。
「——なら、もう少し本気を出しても良さそうかなッ!」
それまでお互いに攻守を入れ替えながら一定のリズムを保っていたのが、その一瞬で崩れた。
明らかに、今までとは剣を振る速度が変わったのだ。
私は咄嗟に半歩後ろに引いて攻撃を躱し、師匠が木剣を空振った瞬間に、すかさず後ろに跳んで距離をとる。
「やっぱり、手を抜いてたんですね」
額から首まで流れ落ちてきた汗粒を腕で拭って、私は苦笑いを浮かべる。
まぁ、薄々分かってはいた。
元騎士団の、しかも副団長の剣筋が、私ごときが簡単に捉えられるはずがない。
「まぁね」
空振った木剣を正面に構え直した師匠は、苦笑いを浮かべると次の瞬間には既に目の前まで踏み込んでくる。
私はその速さから、見てから防御するのでは遅いと感じ、全体の動作から次の一撃を予測して防御の体勢を取るように意識を切り替えた。
大上段から振り下ろし。
その威圧感は尋常ではない。
私はすぐさま木剣を横に構えて、刃の部分に手を添えて受け止める。
——カァンッ!!
と木剣が聞いたことがないほどの音を響かせ、手の平に衝撃が走った。
手から腕までが痺れて、防御の体勢を押し切られる。
私の防御を突き破って、肩に勢い良く振り下ろされた師匠の木剣によって私は地面に倒れ込む。
こうして、また地面と仲良くする地獄の日々が始まったのだった——。
そんな日常を送り始めて一週間が経った頃......。
今日は生憎の雨模様で、残念ならが稽古はお休みとなった。
こういう日は魔術の勉強したりのんびり過ごしたりするのだけど......。
「——それで? 今日はどうしたの?」
私は、師匠と一緒にお母様の部屋に来ていた。
私達の突然の訪問に、寝癖でぐちゃぐちゃの髪の毛を放置したお母様が資料の散らばった部屋で出迎えてくれる。
相変わらず、家ではだらしない。
「自分の魔障について少しは知っておいた方がいいんじゃないかって、師匠が......」
そう、今日お母様を訪ねた理由は私の魔障を調べるため。
師匠曰く......。
『魔術が使えないと言っても、出来ないことの詳しい範囲を知っておいて損は無いと思う。 魔障がどの程度エルに影響を与えてるのか、それを調べてみよう』
との事らしい。
確かに、私自身も漠然と魔術が使えない程度にしか、自分の魔障について情報を持っていない。
だから師匠は、魔術が使えないと言っても、魔障がどう影響して、なぜ使えないのかを知っておこうと、言いたいのだろう。
「——あぁ確かに、詳しく調べたことはなかったね......。 オッケー! それなら私も協力する」
事情を聞いたお母様はすんなり私達を部屋へ入れてくれた。
因みに床に散らかっていた資料は事情を話してる間にコゼットが全部片付けてくれました......。
「それで、なにから始める?」
自分のデスクの上に腰掛けながらそう尋ねるお母様。
「そうですね......。 まずは魔力の有無を確認してはどうですか?」
師匠はそう言いながら少し離れた壁に寄りかかって腕を組み始める。
魔力とは魔術を使う上で必要不可欠な身体エネルギーのこと。 そもそも魔力がなければ魔術を使えないということだ。
つまり師匠は、私の魔障が魔力を奪うものではないのかと考えた訳だ。
「そうね、まずは簡単な可能性から一つずつ潰していこっか」
そう言って、デスクの引き出しを漁り出すお母様。
そして、引き出しの中から緑色の宝石を一つ取り出すと、私の前に差し出した。
「はいエル、これ握ってみて」
私はこの宝石が何かも分からないまま、とりあえず言われた通り受け取って握ってみる。
「魔晶石が光ったら、エルは魔力を持ってるってことね」
どうやら、この宝石は他人が魔力を持ってるかどうかを調べることができるらしい。
どういう原理なのか後で教えてもらおう......。
なんて考えていると、手の中の宝石が淡く光り出した。
「良かった、魔力はあるみたい」
光る宝石を見て、お母様が嬉しそうに声を出した。
「魔力があるって事は......次の問題は魔力感知と操作ですね」
師匠はその様子を冷静に見ていた。
魔力があるなら、魔術を使うための条件は普通なら揃っているはず。
次に必要なのは自分や他人の魔力を感じ取ってそれを操作することが出来るかどうか。
魔術の発動には詠唱と魔力の操作が必要になってくる。
魔力の操作に必要なのが魔力を感じ取ること。
これが出来なければ魔術は使えない。
「魔力の感知からやってみよう」
お母様はその師匠の言葉に深く頷いてそう言う。 そして、左手を私に突き出すと魔術の詠唱を始めた。
「其は無形の流転、潤いもたらす天地の恵み。湧き出て満たせ、水玉」
詠唱が終わると、リンゴくらいの大きさの水の玉がお母様の手のひらにモニュッと現れる。
「これに手を突っ込んでみて」
との事なので、私は遠慮なく水の玉に右手を入れてみた。
すると、全身の毛が逆立つような不思議な感覚に襲われる。
最初は普通の水と同じように、抵抗感のある掴みどころのない感覚が手のひらを覆ったが、直後にそれとは別に言い表しようのない重苦しい何かが手にまとわりつき、それが手首から腕まで流れ込んでくるのを感じた。
「どう?」
「う、うん。 変な感じ」
私はお母様の問いに答えながら、その不思議な感覚が面白くなってきたので水玉の中で手を動かしたりして遊んでみる。
「感知も出来るみたいだね。それじゃあそのまま操作が出来るか......」
と、次の実験に移ろうとした所で突然喉の奥から何かが込み上げてきた。
「——ゲホッ!ゲホッゴホッ!」
突然の咳を抑えようと口元に左手を添えた瞬間、その手に生暖かい何かが飛び散った感触がした。
なにかと思って左手を見ると、真っ赤な鮮血がベッタリとこびり付いていた。
「エ、エル!?」
お母様がそう驚いたと同時に、目の前の水の玉がその形を崩して床に落ちた。
師匠も急な私の喀血に目を丸くしている。
「な、なにこれ......?」
今まで口から血を吐いたことなんて一度もなかった。
原因は......考えるまでもない。
多分、魔力に関することでこうなってる。
なんて、冷静に現状を分析していると、今度は視界がグラッと揺れた。
「うぁ......」
平衡感覚が無くなって、一瞬で全身の力が抜ける。
そうして、気づけば私は床に倒れて、次第に全ての音が小さくなり、意識はゆっくりと真っ暗な泥の中に沈んでいった。




