11.ほんの一瞬の立ち会い
王宮内のとある中庭。
私と第二王子はお互いに木剣を構えあっていた。
「——そ、それじゃあいきますよ......はじめ!」
天使の震えた号令とほぼ同時に、私は勢いよく地面を蹴る。
そして、次の瞬間。
木剣同士のぶつかる鋭い音が中庭全体にこだました——。
「——俺の用事に付き合ってくれないかな? エルアリア嬢」
天使と一緒にその場を去ろうとした私の肩に手を置いて、第二王子はそう言った。
「まだ、お互いちゃんとした自己紹介も出来てないだろ?」
まぁ確かに。
王族に自己紹介もせずに立ち去るのは少し失礼すぎるか。
そう思って私は第二王子の方へ振り返る。
「エルアリア・アドニスです」
そしてドレスに手を添えて、礼儀正しくお辞儀をした。
「......ジークだ。よろしく、エルアリア」
正直、王族と話せる機会はそんなにないので嬉しく思うが、今は喜んでいいのか少し疑問がある。
ジーク殿下がなぜ私の名前を知っていたのか、それが謎すぎて少し怖い。
「あ、あの! 私、セリシア・エーデルレオンって言います!六歳です!」
いつの間にか、私とジーク殿下の横に移動していた天使が緊張した様子で自己紹介しつつ間に割り込んできた。
「あ、あぁ。セリシア嬢も、よろしく」
殿下はそんなセシリアにタジタジになっているが、当の本人は殿下ことなど眼中に無いと言った様子で私の両手を取って熱い視線を向けてくる。
「私の事は是非、セラとお呼びください!」
「なら私の事はエルって呼んで、同い歳だし」
「じゃあ。エ、エル......様!」
そうはにかんだ笑顔を漏らしながら、私の名前を呼ぶセラが余りにも愛らしすぎて、私も無意識に頬が緩んでしまう。
やはりこの子は天使だ。
なんて、セラと幸せ空間を作っていると......。
「ンンッ!」
と、ジーク殿下は気まずそうに咳払いした。
「さて、エルアリア。 そろそろ本題の話をしたいんだが」
そう言えば、用事があるとか言ってたっけ。
「あ、はい。いいですよ」
まぁ、王族と関われるなら私にとって損は無い。
英雄王の子孫。
それだけで私にとって、興味のそそられる対象になりえるのだ。
「さっき、兄上からお前の話を聞いてな。親友の妹が剣士を目指して居るらしいと......」
あぁ、なるほど。 アスク殿下から私の事を聞いたのか。
まぁ、それなら納得できる。
けど、剣士になりたいってとこまで話したっけな......?
「それで、その後騎士団長とも少し話してな。会議があるからってすぐ別れたんだが、その際にもお前の事を聞いて。少し興味が湧いた」
興味?
この流れは、もしや......。
「俺と一戦。 手合わせしてくれないか?」
長く伸びた王宮の廊下に、静寂が訪れた。
揺れる木々の葉、吹き抜けるそよ風。
差し込む陽射しは私達を明るく照らす。
願ったり叶ったとはまさにこの事だろう。
憧れの英雄の子孫と剣を交えるとが出来るなんて.....。
しかし、仮にも相手は王族。
そう簡単に手合わせなんてして良いのかという疑問が即答を躊躇わせた。
それに加えて、私にはもう一つ問題がある。
「正直すっごくやりたいんですけど、今はちょっと......」
私はやりたい意思を伝えつつも、自分のドレスに視線を落とした。
「ああ、まぁ......そうか。 そうだよな」
殿下も私のドレスを見て納得できたらしい。
多分、このドレスが無ければやると返事をしていただろう。
現状、最も憧れに近い存在といえる王子殿下と剣を交わす機会なんて、今後あるかどうかすら分からない。
そんな魅力的な提案を、出来れば断りたくない......。
仮に今から私と殿下が戦うとした場合、このドレスのスカートを裂いてスリットを作りでもしないと、まともに動き回るのは無理だろう。
だけど、それをするとお母様が怒るし、最悪お父様が泣く。
なので、それはしたくない。
仕方ないけど、ここは断る方向で話を進めるしか無さそうだ。
「ありがたい申し出ですけど、今回は丁重にお断りを......」
と断りの旨を伝えようとした所、殿下が割り込んで口を開いた。
「要はそのドレスに傷がつかなければいいんだろ?」
「まぁ、そうですね」
「だったら、魔術もなしの一発勝負ってのはどうだ? お互いに攻撃するのは一回だけ。 それなら全力で斬りあっても、ドレスに傷はつかないだろう?」
殿下はワクワクした様子でそんな提案を口にした。
確かに、一撃だけならお互いに防御するのは簡単だろう。
「それともし、俺が王族だからなんて理由で躊躇っているのなら言っておくが、手合わせを申し込んだ以上怪我をするのは承知の上だ。 そこは気にするな」
見透かされてた......。
「......わかりました。 殿下の申し出を受け入れます」
これ以上、断る理由もない。
それに、殿下にここまで言わせておいて断るのも失礼だろうし。
「ハイハイ!私も行っていいでしょうか?」
隣でここまでの会話を黙って聞いていたセラがビシッと手を挙げて聞いてきた。
「もちろん。私はいいけど」
「あぁ、一人くらい見学者が居た方が面白いだろ」
という事で、私とセラは殿下に案内されて王宮の中庭へ移動した——。
——廊下を進み、回廊から人気の一切ない中庭に出る。
そして、私はジーク殿下の正面に立って、用意してくれた木剣を正面に構えた。
両手で構えた木剣が、いつもより少し重く感じ、胸の奥で期待と高揚が入り交じって、心臓が早鐘を打っている。
「そ、それじゃあいきます......はじめ!」
セラの震えた声が響いたとほぼ同時に、私は勢いよく地面を蹴った。
殿下も同じく地面を蹴る。
お互い、手の内は全くの未知数。
剣の速度も、一撃の重さも、技の練度も。
だが、無駄に思考を巡らせる時間も余裕もない。
なぜなら、殿下の方が私よりも数段早かったからだ。
——気がつけば向こうの間合い。
木剣を右肩に担ぐように構えて突進してきた殿下は、素早く横薙ぎを放った。
その剣の速度は、ほとんど師匠と同じ。
対する私は木剣を右脇に構え、背を低くして踏み込んでいた。
迫る刃をしっかりと目で捉え、そして刹那の先をイメージする。
状況的には一撃目を凌いでから、後の先を狙うのが最適。
だけど、この勝負で振るえるのは一撃だけ。 防ぐだけじゃ良くて引き分けで終わる。
それに例え相手が王族だろうと、憧れの英雄の子孫だろうと、私は勝ちたい。
既に先手は取られた......。
今必要なのは、素早く、重い切り返し。
一撃で相手の剣を弾き飛ばすッ——!
そうして、私は頭でイメージした通りの動きをなぞる。
右下から左上への切り上げ。
木剣同士のぶつかる鋭い音が、中庭全体にこだました。
——次の瞬間、私の手から木剣が消え去り、首元には殿下の木剣が突き立てられていた。
木剣同士が衝突する瞬間、殿下は即座にこちらの狙いを読み切ると、私の切り上げを刃の腹で滑らせて私の剣を絡め取り、そのまま弾き飛ばしてしまったのだ。
一瞬間を空けて木剣がトサッと軽い音を鳴らして背後の地面に落ちる。
「悪くない一撃だった。一撃のみの勝負じゃなければ、もう少しやりようもあっただろうがな」
シタリ顔でそう言った殿下に、私は両手を上げて潔く負けを認めた......。




