異世界バスツアー1「悪役令嬢世界」
「本日は当社のバスツアーにご参加いただき誠にありがとうございます」
席がすべて埋まったバスの前方で、笑顔のバスガイドがマイクに喋っている。
「これより当バスは多種多様な異世界に向かいまして、様々な体験を皆様に経験していただきたいと思っております」
時々ガタゴトと振動するバス。
乗客は楽しそうにおしゃべりしたり、窓の外を眺めている。
「それでは、これより悪役令嬢世界に参ります」
バスガイドの言葉に、最前列の乗客が「あの、自分、そういうのに疎くって……その、悪役令嬢というのについて教えてくれませんか」と頭をペコペコ下げながら尋ねている。
「わかりました。そういうことでしたら出来るだけ簡単に説明をさせていただきます」
バスガイドは軽く咳ばらいをした。
「悪役令嬢ものというのは、その世界において悪役となることを宿命づけられている存在で、本来でしたら物語の主人公に敗北して破滅したりするのですが」
最前列の乗客は、ふんふんと頷きながら聞いている。
「その悪役令嬢に現代に生きる人が転生して、その知識や能力で破滅の運命を回避する物語です」
最前列の乗客が「ははあ、すると転生して悪役令嬢になった人が逆転していく話なのですか?」と尋ねた。
「はい、だいたいのパターンにおいて、追放されたり、婚約破棄されたりして、どん底になってから這い上がるという形になっています。今回のツアーでは、婚約破棄のシーンから皆さんに見ていただくことになっております」
最前列の乗客は「なるほど、なんとなくわかりました」と笑顔を見せている。
バスガイドはにこりと笑い、マイクに向けて口を開いた。
「それでは皆様、悪役令嬢世界に参ります。シートベルトを締めてください」
乗客がゴソゴソと動いた後、バスはトンネルに入り周囲が暗くなる。
しばらくガタゴトと振動した後、天井の電灯に照らされるバスガイドが笑顔でマイクに向けて口を開いた。
「悪役令嬢世界に到着しました!」
その言葉と共に周囲が明るくなった。
乗客が窓の外に目を向けると、巨大なドラゴンが炎を吐いている。
「お前との婚約を破棄する!」
ドラゴンが炎と共に吐いた言葉に、バスの窓がビリビリと振動する。
そのドラゴンの炎の先には、もう一体巨大なドラゴンがいた。
「どうして私が!」
そんなことを言いながら、もう一体のドラゴンも炎を吐いている。
その声でやっぱり窓は壊れそうに振動する。
あと炎の影響で窓に触れるとすごい熱い。
「お前がドラ子に危害を加えている証拠があるのだ!」
乗客たちが青ざめながら眺める先で、もう一体巨大なドラゴンが現れて最初のドラゴンの近くにドスンドスンと寄り添ってやっぱり炎を吐いた。
「ドラ王子さま……私は平気です……」
炎の勢いと熱で、バスの窓にヒビが入る。
三体のドラゴンに包囲された丁度真ん中でバスは停止した。
バスガイドが笑顔でマイクに向かって口を開く。
「それでは皆様、ここで30分の休憩です。どうぞ近くで悪役令嬢をご覧ください」
バスの乗客たちは必死の形相で強く抗議した。
それを無視してバスの扉がプシューと開く。
「それでは皆様、足元に気をつけてお降りください」
バスの乗客たちはシートベルトを装着したまま動かざること山のごとし。
「どうされました? ご気分がすぐれないのですか?」
バスの乗客たちは、ご気分がすごいすぐれないことを口々に伝えた。
「そういう事でしたら医者を呼びますね」
バスガイドが無線でどこかに連絡すると、空の向こうから真っ黒で巨大なドラゴンが飛んで来た。
「我は魔王……」
黒い炎があたりを薙ぎ払い、山が平地になった。
あと王子と悪役令嬢が魔王と戦いだした。
バスの乗客は速やかな帰宅を強く主張する。
「そうですか……残念ですが皆様のご希望ということで帰りましょう」
バスは地割れとか炎の海なんかを乗り越えて帰還。
ツアー会社は監督官庁からツッコミくらって潰れた。




