夜会で迫ってきたイケメンの名前が思い出せません!
ある夜、ユータニア王国の王城で舞踏会が開かれていた。国中の貴族が集まり、身分関係ない無礼講で交流を深める。そして、地位の低い令嬢にとっては玉の輿に乗るチャンスでもあった。
私、ルカ・カルティスも父であるカルティス伯爵から口酸っぱく相手を見つけるように言われている。適齢期に入っても浮いた話一つない私に、両親は流石に焦り始めた。しかし、実家の事業が安定しているおかげで金銭的に困っているわけでもなく、相手は貴族であれば誰でもいいらしい。ぶっちゃけ私も高望みをしているわけではないので正直誰でもいいのだが、特徴的な釣り上がった目が怖いらしく、目が合った男性は揃って目をそらしていく。
こりゃ恋愛どころか社交もできねぇや。
ここまでくると整形を考えるレベルである。
いつも通り壁の花に徹していると、どこからか視線を感じた。
人は見られていると本能的に視線に気づいて、見られている方向を確認するクセがある。そして、目が合って気まずくなるまでがセットである。
私を見ていた相手は美しい人だった。艶のある黒髪に吸い込まれそうな群青色の瞳、すっと通った鼻に薄い唇。その上背もゆうに180cm以上ある。
こりゃ今晩の優良物件だな。
私への視線も偶然で、さしずめ私周辺の女性を見ていたのだろう。そう思った矢先、彼は私から目を逸らさずに私の方へツカツカと歩いてきた。
すぐに私の方まで辿り着くと開始早々爆弾を落とした。
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
話しかけてくる理由がわからない。必死に記憶を探しても面識はない。
多分彼にとって運命的な出会いになるはずだったのだろう。王宮のシャンデリアに照らされて瞳がキラキラ輝いている。思わず見とれてしまいそうになる。
絶対人違いでは?!こんな壁の花にこんなイケメンが話しかけるわけない。
ここはしっかりと訂正するべきなのだ。
「…お久しぶりです。元気に過ごしていましたよ。」
大嘘である。
口が滑ったというか、イケメンともっと話していたいという欲望が先走ってしまった。
本当に知らない人なのに。
こんなにイケメンだったある程度記憶に残っていてもおかしくはないのだが一切記憶にはない。多分人違いが濃厚である。
「まさか覚えていただけていたなんて感激です!先生!」
先生と呼ばれた瞬間に、一つの仮説が思い浮かんだ。私は昔から孤児院で勉強を教えている。そこの生徒の年代も幅広く、男女とも私に懐いている。その卒業生ではないか。卒業生ならば、卒業後に無事就職して昇進していてもおかしくはない。しかしこんなに積極的なタイプの生徒はいなかった気がする。
ぐるぐると思考を巡らせていると、その生徒(仮)は更なる爆弾を落とした。
「先生…、一曲ご一緒してもよろしいでしょうか?僕、先生と踊るために一生懸命練習したんです。後悔はさせません。最高の時間を保証します。」
不安げに私の手をとって流れるように手の甲にキスを落とす。
耳と尻尾が悲しそうに下がったように感じたのは幻覚だろうか。図らずとも胸が高鳴る。
はやいとこ人違いだと訂正しなければ。
ここはきっぱりと断るしかない。
「……喜んで。」
ダメだった。欲望に勝てなかった。
人生でこんな人間と踊ることなんてそうそうない。今を楽しむべきなのではないのか、と心の中で私の小悪魔がささやく。
それにダンスの間に思い出すかもしれないし。ここで断るのも失礼に当たるのではないか。
もうどうにでもなってしまえ。
なんとか貼り付けた微笑みを浮かべると彼は花が綻ぶように笑い、嬉しそうに私をエスコートする。ホントに誰なんだろう…。いい加減名前ぐらい思い出さないと不味い。
物覚えは悪くないほうなのに。
「先生、僕あの後本当に頑張ったんです。先生と釣り合う男になるために事業を成功させて、この前子爵位をいただいたんです。お金もいっぱいあるのでたくさん贅沢できるし、先生を守れるように体もたくさん鍛えてきました!」
「そ、そうですか。」
なんか口説かれてるような気がするのは気のせいかな…。こんなに整った顔なら絶対覚えるはずなのに、本当に誰だかわからない。
「僕、こうして先生と踊れていることがとっても嬉しくて…、夢みたいです。」
頬を紅潮させてはにかむ生徒(仮)。本当に幸せそうだが、ここまでくると罪悪感が半端ない。1ミリも思い出せない。これは人生最大の危機である。
ここで実は人違いです、なんて言ったらこの子は絶望にうちひしがれてしまうかもしれない。それかよくも騙してくれたと激昂するかもしれない。どちらにせよ、まずい状況であることだけは確かである。
早く訂正しなければと思う反面、うぬぼれているのは承知の上で、なぜか彼の顔を曇らせたくないとも思ってしまう。
打ち明けるべきだろうか、流石に。冗談抜きでこのままいくとプロポーズまでしそうだし。
無事ダンスが終わるとバルコニーに誘われた。
ここでホントのことを話すしかない。
ダンスで火照った体を冷やすように、サラサラと冷たい風が頬をなでる。
勇気を出して口を開きかけたとき、生徒(仮)がひざまずいた。
「先生、絶対幸せにします。僕を先生の…」
「あのッ!!お話を遮ってごめんなさい。でも、少し待ってください。」
そして私は、洗いざらいことの顛末を話した。
「本当にごめんなさい。どうしても思い出せないの。」
「いえ…。先生がご存知ないのも無理ないと思います。おそらくですが、最初からこうするべきだったたかもしれませんね。」
そう言って彼はおもむろに後ろに撫でつけていた髪をガサガサと崩し、顔の半分以上を髪で隠した状態にした。
その瞬間私の頭の中で何かが弾けた。
「…もしかして、カーライル?」
「先生!!!!やっぱり覚えていてくださったんですね!!」
不意にガバっと覆いかぶさるように私を抱きしめた。その背中をポンポン叩きながらこんなこともあったなぁと思い出す。
5年前カーライルが国一番の大きな商会に就職が決まったとき、彼は大量のタンポポを持って私に突き出し、まさかの私にプロポーズをしたのだ。確かその時は「まだ16歳の子供なんだから、立派なオトナになったら結婚しますね」といった覚えはある。
だが待ってほしい。
本当に実行するとはだれが予想してであろうか。
実際は「幼いころの儚い初恋」で終わるのが王道ではないのか。
彼は幼いころは前髪が重く、目が隠れてしまうほどの長さで、何度前髪を切ろうと説得しても絶対に首を縦に振ってくれない鉄壁の前髪だった。そして孤児院の中でも末っ子で、何でも上の子に頼んでしまうような完璧で究極のショタだったはずである。そのため孤児院屈指の甘えん坊で、会った時いつも私にくっついていた記憶がある。
こんなにイケメンになるなんて聞いていないし、孤児院を卒業した時から身長もずいぶん伸びたような気がする。体つきもがっしりして夜会の盛装の家からでもわかる筋肉具合を見ると、ものすごく努力したのが見て取れる。
だけどわざわざ年上の私と結婚する必要はないと思うぞ。いくら約束したからって、私以外にも選択肢はあったろうに。きっとこの見た目でシゴデキな経営者であり、その上新しく子爵位をいただいたのだ。婿としてほしい貴族なんて星の数ほどいるだろう。
それほどの人がわざわざ私を選ぶ理由が分からない。
「ねえ、カーライル。あなたはなんで私と結婚したいの?私この顔だし、結婚してもあまり得はないわよ?もしかしてうちの資産とか爵位がほしいの?」
思い切って聞いてみる。カーライルは返事をするまでもなく心底悲しそうな目で私の顔を覗き込んだ。
あまりにもしなしなになってしまってかわいそうだが、聞かないわけにはいかない。きっと私が好きだなんて真っ赤なウソで、実はうちの資産や貴族位目当てとかでなきゃ逆に納得がいかない。
「先生。いや、ルカ・カルティス様。僕は幼いころから貴女の優しさに何度も触れてきました。わからないところは面倒くさがらずに何度も教えてくださるし、平民の我々にも分け隔てなく接してくださるところが大好きでした。あと貴女はよく自分を卑下するようなことをおっしゃりますが、貴女はとてもお美しいです。ふわふわの茶髪も、森を連想させるような瞳も。初めて見たときは女神様かと思いました。僕は貴女自身が大好きなんですッ!ルカ様を飾る肩書によって来た男どもと一緒にしないでください!!」
息を切らして一気に言い切ったが、長い髪から除く耳はゆでだこみたいに真っ赤だ。ウルウルと潤んだ目が王城の明かりに反射して、まるで星空みたいな目をしている。
こんなに真剣に考えてくれていたとは知らなかった。思った以上に熱い告白で、自分でも顔に熱が集まるのがわかる。
どうしよう。
あまりの緊張にどうしていいか分からず、まともにカーライルを見れない。
「…えっと、取り敢えずお付き合いから始めてみるのはどう?私たち最近は会ってなかったでしょ?付き合ってみて、もし他の女性を好きになったら別れればいいし。」
ほとんど先延ばしにしているだけだが、付き合ったらカーライルも目が覚めて、他の女性の手を取るかもしれない。
すると、突然カーライルは私の手をぎゅっと握りしめた。
「そんなこと絶っ対にありません!僕はあとにも先にもルカ・カルティス様一筋ですし、他の女性なんて眼中にないですからね!今も貴女が他の男に取られないように必死なんです。
仮にも僕が浮気をする男だなんて言わないでください。僕は貴女しか見ていません。」
その言葉を証明するようにカーライルは私をもう一度抱きしめ、そして口元に耳を寄せて聞いたことないくらい甘い声で囁いた。
「だから貴女は僕だけを、見ていてくださいね?」
反射的にコクコクと首を振る。耳に熱が集まる。彼は満足そうに頷くと、体を離して私の手に頬ずりした。
そんな事言われたら惚れるに決まっている。
カーライルが無駄に色気をふりまくせいで、私は心臓が口から出そうなほどドキドキしている。
今更ながらカーライルが本気で私を落としにかかっているんだと悟った。
完全に逃げ場はない。
心理的にも、物理的にも。
もう観念するしかないようだ。無駄な抵抗はよそう。
「そろそろ夜も更けてきましたし、お帰りになるなら伯爵邸までお送りいたしますよ?」
「…お願いします。」
このあと、伯爵邸でしらっとお父様とお母様に挨拶をして婚約を取り付けていた。
外堀があまりの速さで埋められていったことは言うまでもないだろう。
解せぬ。
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