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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第一章 谷の村
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1-8

 メイソン商会のジョージに村を出たいと相談し、自分を雇ってくれそうな薬草園を探してもらい、「間引き」したレイベ草を密かに渡して、その費用を交通費にあててもらうことにした。

 できるだけ遠いところがいい。噂も届かないくらい遠くが。



 レイベ草が花をつける前に種用の株を残して収穫し、茎を紐でくくって一部を生で引き渡し、残りは納屋に干した。生の薬草は傷みやすいので近くの街の薬師に渡され、そのシーズン初の薬になる。

 ルビアは自分の渡した薬草に赤い紐をつけていた。ジョージは小さく頷き、すべての束に赤い紐がついていることを確認し、他の薬草と分けて荷台に乗せた。


 去年の出来が悪かったからと、生のレイベ草は村の標準の半値で、レイベ草以外の薬草は八割の値段で引き取られた。乾燥した薬草も後日同じ値で引き取られることになるのが一般的だ。ダドリーは減額に気を悪くしたが、去年の赤い花の混じり具合を思えば文句は言えない。何の努力もせずに得た収入だ。ぼやきながらもその金額で応じた。

 ダドリーは久々にまとまった金が手に入って機嫌を良くし、街に酒を飲みに行った。



 その日の夜、ルビアは家を抜け出すことになっていた。


 ひどく酔っ払ったダドリーが乱暴に家のドアを開け、家に入るなり雪崩るように崩れた。出入口で転がっていては邪魔なので、引きずって中に入れようとした時、急に足首を掴まれ、引き倒された。

「おまえがちゃんと見えていれば、もっといい金になったのに…。居候で目も二流。…どうしようもない奴だ」

 悪態をつきながら、目つきが変だった。にやけながら自分を見る目が気持ち悪い。

 物音に駆け寄ってきた祖母も驚いて足を止めている。

「肉付きも全然だし、色気がないなあ、おまえは」

 掴んだ足首を引き寄せられ、ルビアは必死で足を振り払おうとした。その一撃が顎に当たり、怒りを見せながらもにやつくのが不気味でたまらない。

「その程度の力しかないから、草もろくにむしれないのかぁ? 俺の役に立てるのはこれくらいかよ!」

 体を押さえつけられ、馬乗りになったダドリーが酔った勢いで何をしようとしているのか、ルビアにはすぐにわかった。

「お、おばあちゃん、助け…」

 祖母に助けを求めたが、さっと目をそらせ、そのまま背を向けて部屋に戻っていった。

 祖母は頼れないとわかっていたが、改めて思い知らされた。祖母がかわいいのは自分だけだ。


 祖父に比べてひょろひょろでも、ルビアよりはずっと力のあるダドリーに抵抗するには隙を突くしかない。

 力の抜けたルビアに、その気になったと勘違いしたダドリーが押さえつけ方を変えようとした時、ルビアはダドリーの顔面に頭突きを喰らわせた。

 鼻を押さえてひるんだ隙に、ポケットに入れておいた祖父直伝の丸薬をつかんでダドリーに投げた。小さな粒が顔に当たり、数粒口に入った。

 旅で野盗や猛獣に襲われた時に備えて作っておいたものだが、まさかこんなにすぐに役に立とうとは。

 辛さで声が出なくなり、目にも入ったのか涙を流しながらのどを押さえてひくつくのを遠目に見ながら、ルビアは開いたままのドアから家を飛び出した。


 元々持って行けるものなどそうはないと思っていた。それでも何一つ持ち出すこともできないとは思ってもいなかった。


 夜明けまでの数時間、近くの家の牛小屋の端に隠れて時を過ごした。牛達はルビアがいても騒ぐことなく寝ころんでいた。


 まだ薄暗い道に荷馬車が通りかかる。

 ルビアは道に出て、スピードを緩めた馬車に飛び乗った。

 肩の破れた服、殴られた跡のある頬を見て、迎えに来たジョージは

「大丈夫か」

 と尋ねた。

「…大丈夫」

 それだけ答えると荷台に移り、薬草を入れる麻袋をかぶり、身を隠した。

 村が遠ざかり、隣の街を離れ、見知らぬ街で昼食を取るために声をかけられるまでずっと麻袋を被っていたが、追ってくる者はいなかった。


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