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「この村を出てはどうだ?」
祖父が昔から世話になっていた薬草商人、メイソン商会のジョージ・メイソンが、ルビアに声をかけてきた。
「おまえなら他で充分稼ぐことが出来る。いつまでもあんな奴にこき使われなくてもいいだろう。ここを出て見えなくなる前に金を作り、好きに生きていけばいい」
ルビアは迷っていた。ここを離れたい気持ちはあったが、祖母一人にあのダドリーの面倒を見させるのは、祖母はもちろん、これまで育ててくれた祖父にも申し訳なく思えたのだ。
しかしダドリーが来て二年目、薬草の種まきの季節が来ると、ダドリーはルビアが学校に行くことを禁止した。
「学校なんかに行く暇があったら畑の世話に時間を使え。見える奴は畑の仕事だけしてればいいんだ」
教師にもルビアを教室の中に入れるなと大声で脅しをかけた。子供達の安全を考え、ダドリーに学校に近寄ってほしくない教師はルビアに
「すまないが、ここには来ないでくれ」
と言った。ルビアは承諾するしかなかった。
仲の良かったサーラは新しく学校に入った「見える」子と楽しそうに学校に通っているのを見かけたが、ルビアに気付くと視線を逸らせ、早足で通り過ぎた。それが自分はここにいてはいけない者のように思わせた。
荒れる孫に、祖母はすっかり争う気をなくしていた。
「言うことを聞かないとおまえが痛い目に遭うんだから。学校に行かなくても大したことはないよ。昔は女の子は学校になんて行けなかったものさ。学をつけたところで生意気だと思われるだけ。それより体を大事にしないと…。殴られるだけ損じゃないか」
祖母の言葉はいたわるようにみせながら、少しもルビアの気持ちを汲んではなく、昔のような愛情を感じられなかった。
学校に行けなくなり、家の畑の世話に明け暮れる毎日。
ダドリーが祖母の食事に文句をつけると、祖母は拗ねて食事を作らなくなり、食事の支度もルビアがすることが多くなった。
何故飲んだくれているだけのこんな男のために自分は働かなければいけないんだろう。この男が来てから碌な事がない。
おじいちゃんが生きていたら…。
そんな愚痴が口をついたが、詮無きことだ。
ある日、作業中に髪紐が切れて家に取りに帰ると、開いた窓から祖母とダドリーの話声が聞こえた。身に着ける紐が切れるのは縁起が悪いと言われている。妙に心がざわついて何気に足を止めた。
「おまえも早く嫁をもらったらどうだい?」
「まあ、そのうちだな。もうちょっと育ってからでないと、色気がないあんなんじゃ、その気にもなれないな」
色気がないあんなの、それが誰を指すのか…。
「…おまえ、ルビアのことが好きなのかい?」
「好きかって? はっ。…まあ、あの『見える目』が嫁なら、暮らしは安泰だな」
ダドリーの言葉に、鳥肌が立った。
あの男は、自分を嫁にしたがっている? そこに少しの愛情もみられないのに。
「ばあさんだって、『見える』跡継ぎが欲しいだろ? でなきゃ、あんな娘を引き取るわけないもんな」
「それは…」
祖母は否定しなかった。
「あいつの目はいまいちでも、次は一流の目を持った子が生まれるかもしれない。ミラルダおばさんは優秀だったそうじゃないか。何人か産めば一人や二人、当たりがあるってもんだ」
「…そう簡単なもんじゃないんだよ」
「子供残すのも『見える』奴の仕事だろうよ。それがこの村の『見える者』の義務ってやつだ。ミラルダおばさんもよくここに連れ帰ってくれたよなぁ。よそじゃ何の役にも立たない娘が、ここなら金の卵を産むガチョウだ」
「…まあ、あの子が『見える』女の子を産んでくれれば御の字だけど…」
これが祖母の本音だ。自分を引き取ったのはやはりそのためだったんだ。
ルビアには、今まで優しかった祖母の全てが作り物に見えてきた。
「あんな陰気な娘、趣味じゃないけどな、ま、ばあさんのためにも頑張ってやるから、協力しろよ?」
ルビアは足を忍ばせて畑に戻った。
今じゃない。今すぐじゃないとはいえ、「見える目」をもつ子供を生ませるためだけに自分を狙う男と同じ屋根の下に暮らしているのだと思うと吐き気がした。
自分の見える目の力は低いと評価されている。
祖母は家の中のことは取り仕切っていたが、畑仕事は祖父に任せっきりだった。だから自分の畑の薬草が他より高値で売れていたことも知らないし、ルビアの力がどの程度なのかもわかっていない。急に畑の出来が悪くなったのは、これまで手伝ってくれていた『見える』者の助けを得られなくなったせいだと信じている。
逃げるなら早いうちに。価値があると思われれば、ますます逃れられなくなる。
ルビアは決心し、家を出る準備を進めることにした。
家に戻り、祖母とダドリーのいる居間を通り過ぎる時、心臓が大きな音を立てるのを感じたが、何も変わらなかった。二人には話を聞いていたことは気付かれていない。
ルビアは何も知らないふりを続けたが、動揺が表に出ないか、毎日が不安だった。