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サイラス・レイトンは王立学校でルパートと同じ学年だった。首席を争うライバルだったと言えば聞こえはいいが、実際には首席と次席の差は大きく、一度もトップの座に就くことはなかった。
ルパートさえいなければ、首席は自分のものだった。
周囲がどんなに褒め称えても、一度聴いただけの「しょせん次席」という陰口が耳に残り、在学中の四年にわたる屈辱感を拭うことはできなかった。
卒業後ルパートは留学し、国からいなくなってせいせいしていたのに、数年後戻ってくるとよりにもよって自分の家の主治医になった。長年喘息に苦しんでいた妹の治療に成果をあげ、親の評価も高く、無下にあしらうこともできず友人の振りを続けてきたが、心の中は劣等感に満ちあふれていた。
ルパートが家の事情でレイトン家の主治医をやめ、王都を離れると、サイラスはルパートの評価を下げる噂を流した。
親の病気を放置し死に至らしめた。
患者を見限って王都を離れた。
不要な薬を売りつけ暴利をむさぼっていた。
両親もその噂を信じ、信頼していたのに、と落胆を見せた。自分の評価が上がる訳でもないのに胸がすく思いがした。さらに同期のエール・ホーソンに薬を頼り、カモにされていると聞いて愉快で仕方がなかった。
いつもバカにしたような目で自分を見ていた男が落ちぶれていく様は、サイラスの歪んだ優越感を満たした。
数か月後、ルパートが家に挨拶に来ると知らせがあった。
両親には内緒にし、家に入れず玄関で応対した。あれほど堂々としていた男がやつれていた。服装は質が落ちて流行遅れ、髭のそり残しも見られた。
新たに主治医になったドトールを同じ時間に呼んでおいた。ドトールもまたルパートのことが気に入らない一人だった。得意げに挨拶し、家に通されるドトールを前に、目に見えて落胆した姿に笑いがこぼれた。
後で挨拶に来たことだけを父であるレイトン侯爵に伝えた。父はまだルパートのことを惜しんでいるようだったが、落ちぶれた様子を話すとそれ以上聞かれることはなかった。
すっかりルパートのことなど忘れていた頃、甥の縁談を探していると知人から聞いた。懐かしい名前に、うちが口を利いてやってもいいと手をあげた。
評判の悪い令嬢、金食い虫の令嬢を取りそろえ、父の名で紹介状を書き、釣書を同封した。侯爵からの紹介を断ることはできないだろう。誰を選んでもハズレを引いたと悔しがるに違いない。想像しただけで笑いが込み上げてきた。
数か月後、サイラスは父に呼ばれて執務室に行った。
父はいつになく不機嫌な顔をしていた。
「おまえはいつから侯爵になったんだ?」
「何のことでしょう?」
父の手にはルパートに父の名で送った紹介状があった。
「バスティアン家から縁談の礼と詫びがあった。何のことかわからず、私が出したという紹介状を見せてもらったのだが、これはおまえの字だな。…おまえは侯爵の名を騙ることが何を意味するか、わかっていないようだな」
侯爵はサイラスの目の前に書類を投げた。ルパートに出した紹介状だけでなく、愛人に送った宝飾品の請求書、カジノの支払い、友人に頼まれた輸入会社への投資の証書、どれも侯爵である父の名が書かれていたが、サイラスが父のサインを真似て書いたものだ。
侯爵家の財力からすれば取るに足らない金額で、執事も買収してあり、父の目には届かないとサイラスは踏んでいたのだが。
「私はいつからこんなものに手を出したことになっているのだ?」
「ち…父上…、それは、あの…」
「バスティアン先生には世話になった。アリーゼがベッドから起き上がれるようになったのはバスティアン先生のおかげだと思っている。あれだけ世話になりながら、その甥御さんにこんな縁談を『私』が用意したのだな」
サイラスの妹アリーゼは生まれつき体が弱かったが、ルパートが主治医になってから体調のいい日が増えていた。
平時から薬を与えるルパートのやり方は、サイラスには無駄に金をとっているようにしか見えなかったが、その薬は他国の新薬で、喘息の発作を抑える効果があった。発作を起こさないことで体力がつき、食欲も増していき、短い時間なら家の庭を散歩できるようになっていた。このまま発作をコントロールできれば学校にも行けるようになるのではないかと期待していたが、主治医がドトールに代わってからルパートが書き残した治療法は継承されず、発作が起きてから薬が処方される以前のやり方に戻っていた。
ルパートは間もなく領主代理を終えると聞き及んでいて、侯爵は再度主治医として王都に招こうと思っていたのだが、愚かな息子のせいで引き受けてもらえるかわからなくなった。
「…おまえには、失望したよ」
侯爵の声は静かだった。まだ怒鳴られた方がましだったかもしれない。
一月後、サイラスは王都のレイトン家を離れ、レイトン家の所有する田舎の小さな飛び地の領に行くことになった。妻や子供は王都を離れるのを嫌がり、王都内の別邸に移り住んだが、その家の維持費もサイラスが払わなければいけない。与えられた土地で収益を上げるのは難しかったが、兄である次期侯爵も自業自得だと冷たく、援助は期待できそうになかった。
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