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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第五章 北邱の領、あの日から
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5-5

 気がついたら契約結婚は終了していた。

 借金は完済し、高額な薬を売りつける薬屋はいなくなった。

 病は落ち着き、無料診療は新しく協力してくれる医者が現れて輪番になり、ルパートの担当は月に一度になった。

 横領していた役人が処罰されて他の役人達も気を引き締めたようで、領主代理の仕事も減ってきた。

 ルパートを煩わせていたことは嘘のようになくなっていき、穏やかな日々が続いた。


 王都の新しい商会との取引で花農家や薬師の収入が増え、税収も上がっている。これでレイベ草が売れるようになれば収益はさらに上がるだろう。大いに期待するところだが、今はまだ領内で賄える程度だという。薬草のことは薬草農家と薬師に任せることにした。




 甥のダレンの卒業まであと一年になった。

 年を経る毎にダレンは長期休業に入っても家に戻ることが少なくなっていた。学生時代くらい自由にしてもいいかと思っていたが、都会の魅力に囚われて戻って来ないなどと言わないか少し心配になってきた。学業は学年十位以内はキープしているようだが、首席を取れたことは一度もない。叱るほどのことではないが、落胆は隠せなかった。


 夏休みの終わりにダレンが屋敷に戻って来たと聞き、ルパートも屋敷に戻りダレンを執務室に呼び出した。

「王都での学生生活も残りあと一年だ。そろそろ学生気分を切り替え、領に戻る準備をしなさい。王都にいる間に婚約者を決めるんだ」

 ダレンのことに関心の薄かった叔父に急に呼び出されたうえ、否応なしの婚約の命令にダレンは当惑していた。

「叔父上、私にはまだ…」

 ルパートは反論しようとしたダレンを睨みつけ、語気を強めた。

「引き延ばそうとするんじゃない。これは領主になるおまえの義務だ」


 少しうつむき加減で奥歯をかみしめるダレンを見て、生意気になっただけでまだまだ子供だとルパートはため息をついた。領主として自覚を持つよう、兄に代わり導かなければ。

「特待生にもなれず、首席も一度も取れない。ふらふら遊び回っているだけでは何のために学校にやったのかわからんな。領の金で学校に行かせてもらえるのは、おまえが領主になるからだ。領のために生きる、それが領主というものだ。覚悟を持て」


 ダレンは目を合わせない。その様子は拗ねているようにも見えた。今まで甘やかしてしまったことを後悔し、ルパートは更に強い口調で命じた。

「新学期になればクリフォードを王都にやる。見合いをし、この領に相応しい相手を選べ。おまえが選べないなら私が選ぶ」

「……わかりました」

 ダレンは小さな声で承諾し、そのまま執務室を出た。


 夕食を共にすることもなく、その日のうちにルパートは街の病院に戻った。

 ダレンもまたもう一度ルパートと顔を合わせることなく領の家を離れた。



 ルパートは何人かの知り合いに甥にいい縁談はないか尋ねたところ、知り合いから知り合いへと伝わり、かつて主治医をしていた侯爵に婚約者候補を紹介してもらえることになった。侯爵の息子は学生時代の知人で、主治医を辞める挨拶に行った時は冷たい対応をされたが、ルパートのその後を気にかけ、父親に口利きしてくれたようだ。


 ルパートは侯爵と友人の厚意をありがたく思い、クリフォードに王都に行き、ダレンと紹介された令嬢との顔合わせを取りまとめるよう指示した。

「レイトン侯爵からの直々のご紹介だ。くれぐれも失礼のないように」

 渡された釣書に目を通したクリフォードは、不安を隠せなかった。

「家名は存じておりますが、長く王都に足を向けておらず、ご令嬢方の人となりまでは聞き及びません。事前に確認する時間をいただきたく」

 慎重なクリフォードの言葉に、ルパートは軽く笑った。

「その必要はない。私が王都にいた頃にも悪い評判を聞かなかった家だ。侯爵直々に選ばれた令嬢を疑っているともとれるようなことはするものではない」

「…承知しました」

 クリフォードは不安がなかった訳ではないが、ルパートの指示に従い王都に向かった。



 秋が深まった頃、クリフォードは学校の寮にいるダレンを訪ねた。

 縁談相手の釣書を出すと、ダレンは露骨に嫌そうな顔をした。

「そんなに貴族と縁が欲しいなら、叔父上が結婚すればいいだろうに…」

「卒業まであと一年を切り、王都を離れるとご令嬢方との顔合わせもそうそうできなくなります。もう少し早くてもよかったくらいです」

 ダレンは釣書を開き、縁談相手の履歴を見て嫌悪の表情を消し、わずかに笑った。クリフォードはこれはまんざらでもないのではないかと期待した。

「お知り合いのレイトン侯爵様からのご紹介で、この三人からお一人を選ぶようにとのことです」

「叔父上はこの三人で納得してるんだ…」

 三件あった釣書に目を通し、ダレンはクリフォードに問いかけた。

「クリフォードはどう思った?」

「家柄は充分かと思いますが」

「…耄碌したね」

 ダレンのその一言はクリフォードに衝撃を与えた。王都で悪い影響を受けたのか、あんなに素直で純粋だったダレンが人をなじる言葉を平気で向けてくるとは。

「ダレン様!」

 しかしダレンはたしなめようとするクリフォードに怯むどころか、鋭い視線を向けて釣書を閉じた。


「いいよ、会うよ。会うけど、断るかどうかは僕の自由にさせてもらうよ」

「何をおっしゃるのですか。会う前から断る前提で…。お相手は皆様由緒ある名家のご令嬢ですよ」

「そうだね…。優秀な叔父上が決めた相手だから間違いがないってことだよね」

 ダレンがクリフォードを見る目は、「耄碌した」と表現した通り不信感に満ちていた。

「領を救ったルビアでさえ手放すような人が見つけてきた相手だ。どれほどの人物か見極めないとね」


 ルビアを手放す。

 ダレンの言葉は、ルビアとルパートの婚姻関係を知っていることを意味していた。

 ダレンは屋敷に戻ればルパート以上に執務室の書類を確認している。書類庫や金庫の鍵も渡していたのでいつでも知る機会はあった。驚くほどのことでもないのだろうが、ダレンがクリフォードがかわいがってきた坊っちゃんではなくなっているのは確かだった。



 ダレンは三人の令嬢の家に連絡を取るようクリフォードに指示し、紹介を受けた候補者全員と顔合わせする予定であることを伝え、断る可能性もあるが縁談を継続する意思があるか再度確認した。また卒業論文を仕上げることを理由に、顔合わせは年明け以降を要望した。

 各家からは縁談を継続すると回答があり、顔合わせの日程が組まれた。


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