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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第一章 谷の村
4/53

1-4

 祖父母は村を出て行ったミラルダに罪悪感があった。

 当時、村で決められたまま「見える」娘に草を抜く仕事をさせ、自由を奪い、他の兄弟のように学校に行く時間も与えなかった。仕事仲間から受けていた暴力も娘の行いが悪いと言う相手の言い分を信じ、かばいきれなかった。そのせいで村を出て行った娘。

 その娘が預けた孫だ。

 かつてを悔やみ、ルビアにはやりたいことをさせようと思っていた。


 ルビアは村の中を散歩し、村の様子を見て回った。小さな村ではルビアくらいの年の子供も畑を手伝うのは当たり前だった。

 祖父について畑に行き、初めはレイベ草や他の薬草、野菜を世話する様子をただ見ていていたが、

「やってみるか?」

と声をかけられると、恐る恐る手を伸ばした。

 土に触れて服が汚れるのを心配し、何度も祖父の顔を見たが、叱られないとわかると喜んで仕事を手伝った。畑の仕事に慣れるのは早く、水やりや収穫は率先して手伝った。

 祖父は植えている野菜や薬草のことを教えてくれた。育て方はもちろん、薬草はどんなふうに効くのか、効果を引き出す育て方、収穫の時期、買い取りに来る商人が何を見ているか。祖父が商人と話をしている時もそばにいて話を聞いていたが、邪魔にされることはなかった。


 祖父の畑の四分の一はレイベ草だった。母がいた時は半分をレイベ草が占めていたと聞いた。

 レイベ草の畑には所々色の違う葉が混ざっていた。葉の形は同じなのに、何が違うのだろう。

 ルビアは祖父に訪ねたが、

「わしには同じに見えるなぁ。…どっちかが青い花が咲き、どっちかが赤い花が咲くんじゃろう」

 それがどちらなのかは、見えない祖父にはわからなかった。


 近所の畑でレイベ草の草抜きをする女の子がいた。雑草だけでなくレイベ草も抜いていて、抜いているのは緑の深い葉だけだった。

「こっちの葉っぱはいらないの?」

 ルビアが聞くと、女の子はこくっと頷いた。

「この色は赤いレイベ草が咲くから、畑にない方がいいの」

「これ?」

 ルビアがその色の葉のついた茎を引っ張ると、女の子はぱあっと笑みを浮かべた。

「そう、それ!」

 ルビアは女の子を真似て、茎を握って畑から抜いた。それを他の抜かれた葉と同じところに置いた。どれも同じ色だった。

「私、サーラ。あなたは?」

「ルビア」 

 ルビアはサーラと話をしながら一緒に畝一つ分のレイベ草を抜き、家に戻った。


 翌日、祖父の畑で、

「赤い花が咲くのは抜いたほうがいい?」

と聞くと、祖父は

「わかるのか?」

と聞き返した。

「サーラに教えてもらった」

 ルビアは畑のレイベ草をじっと見て、迷うことなく抜いた。

「そうか。友達ができたか。よかった、よかった。…今日は五本だけ抜いてもらおうか」

 祖父はルビアが抜いたレイベ草を取っておき、後で「見える者」に見てもらうと、全て赤レイベ草で間違いなかった。ミラルダの言った通り、ルビアは見える者だった。



 次の日から赤レイベ草を抜くのはルビアの仕事になった。黙々と草を抜くルビアに、

「全部抜かんでもええ。七割方青レイベ草であれば、充分薬効はあるんじゃ。完璧にすれば、完璧であることが当たり前になり、そうでないことが許されなくなる」

 祖父の言葉にルビアは頷きはしたが、違う色の葉っぱをあえて残すのは変な気持ちだった。


 ルビアが「見える者」だとわかると、自分の家の畑だけでなく他の畑に呼ばれて手伝うことも出てきた。村の中で畑ごとに作業日が割り当てられていて、作業をすれば配当がもらえた。平日の昼間は学校に通う者は免除されていたが、まだ学校に行く前の幼い子供は参加した。自分の畑の作業をする日は優先していいことになっていたが、「見える者」を身内に持たない者は不利で、村の中の「平等」を主張し、

「『見える者』ならもっと畑の世話に回せ」

と言ってくることもあった。直接家に来て、割り当てられた作業日以外にも仕事をさせようとする者もいたが、祖父が承知することはなく、しつこい相手には村の世話役に抗議した。


 ミラルダの時には村のためだと言われれば逆らうことはできなかった。

 しかし、それは村のためではない。かつてのように「見える者」を道具のようにこき使えば、「見える者」はますますいなくなり、村が困ることになるのだ。

 「見える者」にも「見えない者」にもこの村で暮らしたいと思われるような村でなければ。



 祖父が近くの町に野菜を売りに行く時は、一緒について行った。

 古い荷馬車に揺られ、時には祖母も一緒に乗って、野菜や薬草を売り、パンや塩、ハムなどを手に入れた。たまにはちみつを使ったお菓子を買ってくれることもあった。野菜が高く売れなくても、薬草で得た収入があり、少しくらいの贅沢は許された。


 祖父がルビアにお菓子を買い与えると、祖母は拗ねて見せることがあった。それは祖父へのアピールで、ルビアに与えたお菓子より値の張るちょっとしたもの、スカーフや髪留め、エプロンといったものを祖母が選び、祖父が支払いをすると祖母は機嫌を良くした。少し得意げな祖母は自分の方が愛されていると言いたげに見えたが、ルビアにとってそれは当たり前のこととしか思えなかった。



 学校に行く年になれば午前中は教会の学校に行き、友達もできた。

 学校には十五人ほどの子供が通っていて、その中に「見える者」は三人いた。かつてとは違い、希望すれば畑の季節でも誰でも学校に行くことができるようになっていた。

 「見える」力を持つ者も、持たない者も同じように。それだけのことなのに依然反対する者はいて、「見える者」が奴隷のように働かされてた頃を「いい時代だった」と語り、ルビア達「見える者」に力を活かせ、従順になれとからんできた。

 その男の畑の順番が来ると「見える者」達は結託し、その日はみな自分の家の畑の仕事があるからと参加しなかった。

 男が文句を言うと余計「見える者」は寄り付かなくなった。その年男の家に「見える者」は一度も来ず、種を取る畝には赤い花が多く咲いていた。男は赤い花を摘みきれず、人を雇わなければいけなかった。

 かつては許されなかった反抗だった。


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