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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第四章 薬草研究所
37/53

4-9

 早速次の土曜10時から「レポートの書き方講座」を始めることになり、土曜は空いている研究所の会議室を使わせてもらえることになった。


 ダレンはルビアの「レポート」を見て、その多様さに驚いた。日々の薬草の成長記録だけでなく、王都に来た薬師への薬草の効能の聞き取り、所長が患者に試した薬の処方とその効果の記録、薬草の葉の色の変化のデータなど…

 所員に近い仕事をするようになっているのに感心した。記録は丁寧に取りながら、本人が言うように文章にするのが苦手なようだ。


「今度、友達を連れて来ていいかな」

「お友達、ですか?」

 自分のダメっぷりにダレンが見切りをつけたのかとルビアは心配したが、そんなふうに思っているようには見えない。

「…はい」


 ルビアが了承すると、翌週のレポート勉強会にダレンの友人が同席した。

「はじめまして。トビアス・アディソンと言います」

 トビアスと名乗った青年は背は高いが体は薄く、細い目は鋭く真面目な印象を受けた。

「こいつは文章を書かせるとピカイチなんだ。大した中身のない文もすごい大作だと思わせる…」

 ダレンの紹介の言葉にトビアスはムッと顔を歪ませると同時に遠慮のない肘鉄を食らわせた。

「その言い方はないだろ?」

「と、…とにかく、僕から学ぶより力がつくと思ってね」

 ルビアは驚いたが、気心のしれない仲なのだろう。クスッと笑って差し出された手を握り、

「ルビアです。よろしくお願いします」

と応じると、今度はダレンがトビアスの脇に肘鉄を食らわせた。

 普通に挨拶に応じたつもりだったが、何か間違っただろうか。戸惑っているルビアに、二人揃って作り笑顔を見せてごまかした。


 ダレンが自信をもって紹介したとおり、トビアスの説明はわかりやすかった。

 誰が読むのか、何に使うのか、一番言いたいことは何か。目的により文章の全体構成を変え、データにするなら分析は使う人に任せ、感想を抜いて事実だけを書いていく。


 研究所が年に一回発行している所報を参考にしながら、自分の書こうとしているものがどれに近いか、何を求められているかを改めて考え直し、自分の書いたものをもう一度書き直し、トビアスに預けた。

 翌週には書き直したものを使って文章の添削に入った。トビアスに渡した文章には丁寧に赤で修正が入っていた。文法、書き言葉特有の表現、単語の選択、そして誤字脱字。自分の癖もわかってきた。


 添削に時間を費やしてくれるトビアス、忙しいだろうに毎週同席してくれるダレン。二人に感謝を込めて街にお菓子の材料を買いに行き、北邱の領のシェフ直伝のラングドシャを焼いて二人に渡した。お店で売ってあるものを買った方が失礼がなかったかと渡す直前になって不安になったが、二人は笑顔で受け取ってくれた。


「女の子から手作りのお菓子もらったの、初めて…」

 感無量なトビアス。ルビアの方が年上なのに女の子と言われたのが少し恥ずかしかったが、背のあまり高くないルビアを見て実年齢より下に思われたのかもしれない。

「おまえには贅沢だ。没収!」

「ああっ、こらっ! 返せっ!」

 素人の手作りのお菓子ごときではしゃぎ合う二人を見ていると、四年間とは言えダレンが家を離れ、学校に通えたのはいいことだったと心から思えた。


 冬休みに入る前に「レポートの書き方講座」は終わった。

 その年もダレンから冬休みに

「一緒に戻らない?」

と聞かれたが、笑って首を横に振った。



 その冬は、五人の研究員がここで年を越した。論文を仕上げる者、育てている薬草が急に枯れそうになり残ることを決めた者、家に帰りたくない者などいろいろだ。


 ルビアは所報の小さな記事を任されていた。研究所のこの一年間の活動報告だが、今までは研究所員が輪番で書いていたものが、日々レポートと悪戦苦闘するルビアを見て誰かが押し付けることを提案し、それを所長が承認してしまった。この休みのうちに何とか仕上げようと思い、今年あった行事は箇条書きにして概ね洗い出せていたが、なかなか文章にならなかった。


 所報の歴史は長く、所長室の棚には五十年以上前からの所報が年順に並んでいた。記事を書くにあたり、過去のものを参考にしようと手に取ったが、祖父もここで働いていたことをふと思い出した。もしかしてこの中に…


 ルビアは表紙の目次を見ていき、ヴィンセント・アッシャーの書いたアカツキ草の論文にたどり着いた。祖父は村でもアカツキ草を育てていた。その二年後にレイベ草に関する考察を書いている。恐らくこれが祖父が書いた論文ではないだろうか。


 その論文のページを開いて所長に尋ねると、所長は論文を覘き込んで頷いた。

「よく見つけたね。そうだよ、それはヴィンスの書いた論文だ。ヴィンスの本名はヴィンセント・アッシャー、東部の男爵家の四男だと聞いたことがある。あまりゆとりのある家じゃなく、食い扶持を探して研究者になったと聞いたよ」

 祖父が家名を持っているとは知らなかった。みんなから呼ばれていたヴィンスは通称だったのだ。


 古い所報は残部がなく、もらうことはできなかったが、祖父の書いた論文を見ることができたのは励みになった。これから自分が書くものは論文と言えるようなものではないが、祖父にゆかりのある雑誌に自分の書いたものを残すことができるなんて夢のようだ。

 本来ルビアにこんな仕事が回ってくることはない。書けるだけでも奇蹟だ。やる気がわくと同時に、より慎重に、誤字のないように、祖父に恥ずかしくないように書かなければと、気合を入れた。



 大みそかはそれぞれの故郷の料理を集め、所長の差し入れの酒をみんなで飲み干して街に鳴り響く新年の鐘を聞いた。

 翌朝目覚めてからは皆仕事モードに戻っていた。ルビアは何度も記事を書き直し、休みが終わる前日にようやく仕上げることができた。


 その年の薬草研究所報には、ルビアの書いた活動報告が掲載され、小さくルビアの名が書かれていた。

 ルビア・アッシャー。所長がそう名乗っていいだろうと家名を書き足してくれていた。


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