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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第四章 薬草研究所
34/53

4-6

 学校は夏休みに入った。家に帰る者、実習に向かう者、就職に向けて自分を売り込みに行く者など、学生の多くは学校を離れ、研究所の周囲はいつもより人通りが少なくなっていた。


 帰る所のないルビアは年末も夏休みも研究所に残っていたので、長期休みの植物の水やりはルビアの仕事になっていた。

 小さな区画に植えられているレイベ草は赤いレイベ草がほぼ半々、薬草にするには赤が多すぎる。赤いレイベ草を見るとつい抜かなければいけない気になってしまうのは、身についた習慣だ。伸ばしかけた手を止めた。


「ご苦労様」

 声をかけてきた所長はじょうろを手にしていた。

「今年は君がいるから助かってるよ。例年夏休みには学会だ調査だと研究員がみんないなくなってしまって、学生も帰省してしまうからなかなか頼めなくてね」

「皆さん、お忙しいですから」


 ルビアがレイベ草を気にしていたのに気付いたのだろう。

「どれが青レイベ草か、わかるかい?」

 問われてしばらく黙っていたが、根気良く返事を待つ所長に嘘をつく気にもなれず、目の前の青レイベ草を指さした。

「これと、…これと、これと、…」

「薬効を出すなら七割は欲しいところだが」

 祖父やジョージと同じ言葉だ。

「半々くらいです。少し赤が多いかも」

「うーん、やはりそんなものか。…君は谷の村の出身だね?」

「…母が、…そうです」

 自分がと言えなかった。正しすぎる訂正は自分自身を傷つけた。

「おじいさんが亡くなってから、苦労したようだね」

 自分の事を知っている。驚いて所長を見たが、所長は変わらず水を浴びる草を見ている。


 薬草研究所は王家が出資している。身元のわからぬ者を易々と採用しないだろうが、だからと言って平民一人を採用するためにわざわざ手間をかけて調べるだろうか。

 はじめから谷の村の秘密を聞くために雇われたのだとしたら…。それなら自分のような者がこんな待遇のいい仕事につけたのも納得がいく。


 ルビアの間違った憶測を読み取ったかのように、所長は話を続けた。

「私とメイソン商会のジョージ、それに君のおじいさんヴィンスは学生時代からの親友なんだよ。とは言っても君のおじいさんが谷の村に行ってしまってからは会うことはなかったが」

「祖父を…、知ってるんですか?」

 意外な縁を聞かされて、ルビアの警戒心は一気に緩んだ。


「私とヴィンスはここで研究員をしていたんだよ。彼は谷の村に調査に出かけるうちに君のおばあさんに恋をして、研究所をやめてレイベ草を育てる道を選んだんだ。余所者のヴィンスはなかなか村で受け入れられなかったみたいだ。村の方針に逆らえず、そのせいで娘さんが家を出て行ってからは手紙もほとんど来なくなったんだが、久々に来た手紙に君のことが書かれていた。孫が戻って来て嬉しいと」


 孫が戻って来て嬉しい。それはルビアが聞きたかった言葉だ。

 一度も面と向かって言ってはくれなかったけれど、あの頃の祖父母はルビアを「見える」者ではなく家族として受け入れてくれた。確かに祖父はルビアを大切にしてくれていた。


「ヴィンスは『見える』意味を知ってからも、草の違いを見分ける以上のことは教えてくれなかった。そのことさえも論文にしないでほしいと頼まれた。論文にするしないはともかく、秘密を知りたい思いはなかなか消せなくてね」


 知への好奇心を追及する所長は根っからの研究者なのだろう。畑を前にした祖父にも似たようなところがあった。定番の育て方が確立していても畑を区画ごとに肥料を変えてみたり、近くに植える花を変えてみたり、工夫をしては結果をノートに書きこんでいた。

 学校に行く前から文字を教えてくれたのも祖父だ。あの時期がなければ、ルビアはろくに読み書きもできなかっただろう。


「北邱の領でレイベ草がみつかり、それが青レイベ草だけだと断言した人がいたと聞いた。その人が職を探してると聞き、ルビアという名と年齢にジョージがもしかしたらヴィンスの孫かもしれないと教えてくれた。その時に君の生い立ちを知ったんだよ」

 雇用する人の身元を調べたのではなく、旧友の孫として友人から聞いた話。

 懐かしいジョージの名に、ルビアにとって所長は祖父の友人、信頼に値する人に変わっていた。祖父への信頼はルビアにとって絶対的なものだった。


「北に行くことになった事情も聞いたよ。西都に近い農園が一時期いい薬草を出荷していたが、それが君のいた時期と重なっていた。最近はさっぱりだがね。君の力は本物だと期待して雇ったんだ」

 ここでも「見える目」を期待されている。わかっていたことだったが、仕方がない。見える間は、この力だけが自分の価値なのだから。


「『見える』とはどういうものか、聞かせてもらえるかもしれないとつい期待してしまった。だが、谷の村の人からすれば、知られることはリスクを伴う。特定の世代、性別特有の能力ともなれば、人さらいだって出るだろう」

 すでに所長はある程度答えの見当はついているのだろう。

 本当に、知りたいだけだろうか。


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