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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第一章 谷の村
3/53

1-3

 ミラルダがいなくなった年、村ではミラルダを含めて三人の「見える者」がいなくなった。

 調べるうちに「見える者」のリーダー的存在だった女が長年若い者を暴力で従わせ、自分の持ち分の仕事をさせていたことがわかった。女は早くに見える力をなくしていたが、家への配当が減るのを恐れ、ずっと見えるふりをしていたのだ。

 村から逃げたいと願う「見える者」に協力する者はいくらでもいた。善意でも、悪意でも。

 女とその家族は村から追い出されたが、村を出て行った「見える者」達が戻ってくることはなかった。



 病の流行に合わせた畑の拡大で、村には想定以上の金が入ってきた。

 親達は自分の子供に教育を受けさせようと競うように学校のある街に行かせたが、一度村を離れた若者は都会暮らしを選び、村に戻る者はそう多くなかった。

 若者が減れば生まれてくる子供の数も減り、見えていた者達も年と共に見分ける力をなくした。「見える者」は数を減らしていった。

 畑を継ぐ者も減り、畑を手放し子供達を頼って村を出て行く者もいた。薬草畑は今では最盛期の半分も維持できていない。


 しかし皮肉なことに、収穫量が減れば減るほど谷の村のレイベ草には高い値がついた。

 村のレイベ草の品質維持の要である「見える者」は守られる存在になっていた。




 ルビアにとって祖父母との村での生活は母との暮らしよりずっと楽しかった。一人っきりで部屋に閉じ込められ、母が帰ってくるのをただ待つしかなかった毎日。ようやく帰ってきた母は、固いパンを置いてそのまま出ていくことがよくあった。今は村の中なら自由に出歩いても怒られず、時には迎えに来てくれた。家に帰ると温かくておいしいご飯があり、一緒に食べてくれる人がいる。

 村の子供に

「おまえ、親に捨てられたんだってな」

と言われても無反応なルビアに、何故か言いだした方が怒りだして、「神様に祝福されない子」だとか「破廉恥な母親から生まれた」だとか大声ではやし立ててきた。恐らく親達が噂している言葉をそのまま口に出しているのだろう。親が慌てて子供を叱り、手を引いて連れ帰ったが、ルビアは黙って見ているだけだった。


 母に捨てられて良かった。ルビアはそう思っていた。

 あのままいても、一人狭い部屋に閉じ込められて固いパンをかじって飢えをしのぐ生活が続いただけ。母が戻って来ても顔色をうかがい、話しかけても鬱陶しがられ、泣けば静かにしろと物を投げられた。話し相手もいない部屋で母を待つ以外にすることのない毎日は途方もなく長く、不安ばかりが募った。それなのに母さえいれば幸せだなんて思えはしなかった。

 もし母が再婚し、新しい家族と暮らすことになったとしても、愛想の一つ振ることのできない子供が歓迎されるとは思えない。いつかは追い払われただろう。


 住んでいた街の養護院は充分な収容力はなく、路地裏に浮浪児がうろついているような所だった。何の用事だったのかは思い出せないが、母に手を引かれて街に出た時、道の隅にしゃがみこんでこっちを見ている子供達がいた。いつか自分もああなるのではないかと怖くなった。ぼろぼろの服を着て、黒ずんだ顔で無気力にじっと見つめる目。今母がこの手を放し、どこかに行ってしまったら…。家の中にいても楽しくなかったが、それ以上に外の世界は怖かった。


 ルビアは母が祖父母に預ける気になってくれたことに感謝した。

 ルビアを預けることが祖父母にとってもメリットがあったおかげではあるが、旅費をかけてでも祖父母の元に届けられたのは、わずかながらの愛情か、自分の子供を捨てる罪悪感から逃れるためだったのかもしれない。

 母にとって、ルビアは赤い花。摘み取り、捨てるしかなかったのだ。


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