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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第四章 薬草研究所
29/53

4-1

 ドーンに紹介された薬草研究所の仕事に就くため、ルビアは王都に向けて馬車を乗り継いだ。

 慣れない旅を心配したドーン達が作ってくれた旅の地図には乗合馬車の経路、乗り換えの街の名、駅のある街ごとにおすすめの宿が数件書かれていた。おかげで迷うこともなく、旅は順調に進んだ。



 領を離れて三日目に着いた街は今まで見た中で一番大きく、駅馬車の中継地でもあり、人が忙しそうに行き交っていた。翌日乗る馬車の発車場所と時間を確認した後その日の宿を取ることにしたが、普通に歩いているつもりなのに人と当たってしまい、怖くて荷物をしっかりと握り直した。

 書かれていた宿の候補は三つ、そのうちの一つは満室だったが、二つ目で部屋が取れた。少し駅馬車の駅からは離れていたが、その分値段は安かった。通りには店が並んでいたが一人で出歩く気にはなれず、その日は宿で食事を取って早めに眠りについた。



 昼前発の馬車に乗るため宿を出て駅まで歩いていると、

「ルビア!」

 道の向こうから名前を呼ばれたが、初めて来たこの街に知り合いなどいる訳がない。同じ名前の別人なのだろうと思っていたが、近づいてきた人影にただ驚くしかなかった。

「ダレン様…?」

 この夏休みはダレンは屋敷に戻らず、もう会うことはないと思っていた。冬に会った時よりさらに背が伸び、もう子供とは言えなくなっているが、見せる笑顔にはまだ幼さが残っている。


「こんなところで会えるなんてね。見間違いじゃなくてよかった」

「私も驚きました」

「聞いたよ、うちで働くのは二年の約束だったそうだね」

 あまり人の入れ替わりが多くない家だったので、ルビアがずっと働いていると思ったのかもしれない。期限のある「雇用」だったと話しておけばよかったのに、言い淀んだままだった。

「すみません、お別れもできずで…」

「この街で働くの?」

「いえ、王都でのお仕事を紹介していただいて、移動の途中なんです」

 ルビアがそう答えると、その答えを待っていたかのようにダレンはにっこりとほほ笑んだ。

「それは丁度いい。僕も学校に戻る途中なんだ。うちの馬車に乗っていくといいよ」

 返事を待つより先にダレンはルビアの手にしていたトランクを持ち、反対の手でルビアの手を取って歩き出した。

「い、いえ、そんな」

「一人増えたところで変わらないよ。旅の間の話し相手になってよ。あのレイベ草の事とか聞きたいし。ね?」

 人当たりの良さにちょっぴり強引さまで身に着けたダレンの手を振り払うことはできず、ルビアは言われるままついて行った。


 中央通りの一等地にあるホテルに入ると、ロビーで待っているように言われた。場違いな自分に恐縮しながら隅の席に座って待っていると、車寄せに見覚えのある馬車が入って来た。ダレンが持って行ったトランクをポーターが積み込み、否応なくこの先はバスティアン家の馬車で移動することになった。



 すでに離婚は成立し契約は終了しているので、今更ダレンと話をしたところで文句を言われることはないだろうが、若い男女が同じ馬車で移動するのはあまり好ましいとは言えない。坊ちゃんとメイドの組み合わせならセーフだろうか。知り合いもいない街なのに、ルビアは周りの目を気にせずにはいられなかった。


 ダレンはこの夏休みは実習二つと友人の別荘訪問、それに課題研究の調査と忙しく過ごし、ルビアと入れ違いで一度家に戻ったものの、学校の都合で長居できず、学校のある王都に戻っているところだった。

「学生って、忙しいんですね」

「ちょっと詰め込み過ぎたかな。成績は首席じゃなかったから、叔父上の評価はいまいちだったけど」

 人は自分自身を物差しにするものだが、ダレンが優秀なことはルビアは充分にわかっていた。

「首席じゃなくてもそんなに成績は悪くなかったのではないですか?」

「学年五位。僕としては頑張ったんだけどね」

「すごいじゃないですか! すごく頑張ってます。さすがです」

 ルビアに褒められ、ダレンは照れ臭そうな笑みを見せた


 首席が当たり前だった人にとって五位は評価するに値しないのだろうか。

 ルビアは相変わらず人を見ようとしないルパートに呆れるしかなかったが、そんな人だからこそ自分は二年間放置され、自由にやれたのだ。約束通り離婚し、何の干渉もなく次の職場に行けるのもそのおかげだ。


「そういえばレイベ草のこと、聞いたよ。ルビアの育てたレイベ草のおかげで領のみんなが助かった。ありがとう。あのぼったくり薬屋もいなくなったようだし」

 ダレンの褒め言葉に、ルビアは首を横に振った。

「薬師のドーンさん達が薬にしてくれたんです。あの草はあの土地に生えていたものですし」

「薬草だと知らなければただの草だ。見つけて、増やして、薬にできる人につなげてくれた。それは君の力だ。君じゃなければできなかった。…ありがとう。本当にありがとう」

 そっと手を握られ、伝わってくる温かさにルビアは素直に礼を受け止め、小さく頷いた。


 それからルビアはダレンがいなかった冬から夏にかけての領の話をし、ダレンは学校の様子を語った。時々休憩を取りながら夕暮れ前には次の街に着いた。ルビアの地図にはない高級ホテルに到着すると、自分の部屋も用意されていた。遠慮しようとしたが、自分だけ別の宿に泊ることは許されなかった。

 気後れするほどの豪華さ。領で初めて別館で過ごした時に感じた落ち着かない感じそのものだった。ツボも絵画も出されたお茶のカップも一流品で、間違っても備品を壊さないよう気を使い、緊張しすぎて疲れたのか、それとも上等な布団のおかげか、その日はベッドに入ったらそのまま眠りについていた。



 翌日には王都の門をくぐり、王都での暮らしで注意することを聞きながら一緒に昼食を取った後、目的地である薬草研究所の前まで送ってもらい、馬車を降りた。

 研究所の住所は教えてもらっていたが、王都がこんなに広いとは思わず、こうして連れて行ってもらえなければ今日のうちにたどり着けなかったかもしれない。

「じゃあ、ここでのお勤め、頑張って」

「ありがとうございました。ダレン様もお元気で」

 ダレンと馭者に挨拶すると、ダレンは軽くウインクして見せ、手綱を打つ音とともに動いた馬車はやがて見えなくなった。


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