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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第三章 北邱の領
27/53

3-12

 春が来て、ルビアは裏庭を更に広く耕して去年取ったレイベ草の種を蒔き、丘から採取したレイベ草を移植した。レイベ草の葉はこの年も全て同じ色だった。


 表通りのN&H社が運営していた薬屋はあの日店を閉じたまま二店とも廃業した。あの薬屋は一時は領の救世主のように扱われていたが、不当な値段と品質管理の甘さで信頼を失ったまま、取り返そうとすることもなかった。領の役人が再度誘致を進めようと躍起になっていたが、過去の納品数と在庫、支払いの計算が合わず、追及したところ賄賂を受け取っていたことが発覚し、担当の役人三人が免職となり、N&H社とは取引停止となった。


 レイベ草がある今、もはやN&H社の薬にこだわる必要はなくなったが、今年の薬の調達先はまだ決まっていない。

 領主に任せてもらえるような薬を作ることこそ薬師の仕事だと、ドーン達薬師は医師達の協力を得ながら領内での薬づくりに力を注いだ。今こそチャンスなのだ。あの流行病の時に力不足だった自分達がもう一度信頼される薬師になる絶好のチャンス。

 そんな自信を持てたのは、レイベ草のおかげだった。


 ルビアは時々農家の畑を見に行き、葉の育ち具合を確認した。初めに日差し除けや与える肥料のことを少しアドバイスしたが、その後は順調に育っている畑をただ見ているだけだった。その目には青レイベ草の葉だけが映っていた。



 あの無料診療をしている医者の元にも月に二度ほど足を向けた。ドーンの薬の納品を手伝い、ついでに院内の片付けや食事の差し入れをした。

 風邪の季節を過ぎると、無料診療は週に一度に戻っていた。補助金が出るとは言え患者が多く割の合わない無料診療の仕事を引き受ける医者は少ない。金のある者は余計な病気を移されたくないと無料診療を行っている病院を避ける傾向があり、この病院に来るのは平時でも中流以下で治療費の支払いも楽ではない平民が多い。


 ルビアの他にも手伝いに来ている者がいたが、皆目の下に隈を作りながら働く医者のことを心配していた。ルビアが一口大の食事を用意して以来、開院時は一口で食べられる食事を用意するようになり、隙間時間に口にしているようで、冬の頃より血色が良くなってきた。


「はーい、お口を開けてくださーい」

 一口大にした食事さえも置きっぱなしにしていた医者に、手伝いに来ていた若い娘が笑顔で口元に揚げた芋を差し出した。娘をちらりとも見ず、カルテに目をやったまま口を開けて食べ物を入れてもらう医者。二人の様子を見て、ルビアは自分もあんな恥ずかしいことをしたのかと見ていられなくなり、二度とするまいと心に決めた。

 平然と口を開けるようになった医者を見て、餌付けされてしまったのか、それとももともとずぼらなのかは知らないが、あんな恥ずかしい大人にはなりたくないと思った。



 流行病以降、その医者は仕事を簡略化するため大通りの店で買った出来合いの薬を病院に置き、患者に渡していたが、店がなくなってからは処方箋に定番の薬名を書き、時には薬の配合を細かく指定して薬師に依頼するようになっていた。薬師の勧める新しい薬にも関心を示している。


「あの人は優秀な医者で、他国に留学していたこともあるんだ。王都で開業してたんだが、立て続けに親と兄夫婦を亡くして、医者なのに家族を助けることもできなかったとずいぶん自分を責めていた。病気のせいなんだから誰も責めることなんてできないんだが、ラスール風邪の特効薬の存在を知っていただけに余計自分を許せなかったんだろうなぁ…」

 ドーンはあの医者から渡された詳細な指示の入った処方箋を手にし、わずかに笑みを浮かべた。

「ようやく吹っ切れたならいいんだが…」


 まだ四年前の流行病で負った傷が癒えていない人は多くいるのだろう。後遺症だけでなく、心の傷も。

「ああいう人はちょっと恐めの奥さんにお尻叩いてもらった方がいいのかもしれませんね」

 ルビアのコメントにドーンは

「くっはっはっは」

と豪快に笑い声をあげた。

「どうだい、おまえがその恐妻に立候補しては」

「いえ、私は結婚してますので」


 さらりと言ったルビアの一言に、ドーンも、周りにいた手伝い達も皆驚いていた。

 化粧っ気もなく、既婚者が交換して身に着ける指輪や腕輪の類もない。フットワークは軽く、急に遅くまで残ることになっても即決できるので、一人暮らしだと思われていたようだ。

「留守が多いので、自由が効くんです」

 適当な言い訳をしたが、嘘は言っていない。

「指輪は普段外してるのか」

「そんな気の利いたものをくれるような人ではないので。もらっていたところで、仕事には邪魔なのでつけることはないですけど…」

 手荒れのクリームのおかげで以前ほど荒れてはいないが、美しい手には程遠い。その指に光ることはない指輪。想像した事もなかった。書類上だけでも自分が結婚していることさえ忘れそうだった。それも間もなく終了だ。


「そんな男、さっさと別れちまえばいいのに。別れるなら子供ができる前がいいよ」

 年配の女性の軽口に、

「そうですね」

と答えながら、そんな心配すらする必要がないのは幸せなことかもしれないと思えた。


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