3-10
休暇が明けて帰省していた人達が戻り、一週間ほど過ぎてから少しづつ風邪が流行りだした。移動する人が旅先から病を持ち込んだようだ。高い熱と咳で寝込むラスール風邪の症状に似た者が増えてきたことから、領内の病院にラスール風邪の特効薬が配られた。
しかし薬の効きは悪く、症状の改善しない者が多かった。重症化する者が出てくる中、医者から相談を受けた薬屋の店主ドーンは知り合いの薬師を集め、配られた薬を確認することにした。
医者から預かった薬を並べただけでドーンは眉間にしわを寄せた。
「ずいぶん色がまちまちだな…」
一番色の薄い薬の封を開け、少量を手に取ってなめてみたが、
「味も薄い。匂いもない。これはあの時の薬じゃないんじゃないか?」
封を開けた薬をその場にいた薬師に順番に回した。
「いや、同じ薬だ。ラベルにはそう書いてある」
「確かに薄い。あいつら水増ししてやがるのか? バカにしやがって…」
「あの嬢ちゃんが持ってきたレイベ草の匂いがほとんどしないな」
「同じ薬なのにこっちとこっちじゃ色が違うぞ。今封を開けた奴は特に色が薄い」
「何でこんなにばらついてるんだ? 前はこんなことなかっただろう?」
薬草を持って来てその場に居合わせたルビアは、ラベルに使っている紙がよれてかさつき文字が茶色くなっているのを見て、以前大通りの店に行った時のことを思い出した。
「それ、多分お店に飾ってあった分じゃないですか? 薬なのに日の当たる窓辺に置いてあるからサンプルだと思っていたんですけど、売り物だったのかな…」
ルビアの話に、薬師達は眉をひそめた。
「そっちも開けてみろ」
ドーンが色の濃い瓶を開けさせると、瓶を開けた薬師はにおいをかぎ、少量を掌に落とし、指先に着けて舐めた。
「そっちよりは匂いが残っているが、全然だ。流行した年の薬はもっとはっきりとレイベ草の匂いがあった」
「こんなもんに大金を払ってるのか?」
「俺達が作る咳の薬の方が安くて効きめがありそうだ」
薬師たちは預かっていた薬の瓶を次々に開けて中身を確認した。品質にばらつきがあり、一目でわかるほど色の薄いものはラベルも傷んでいて、ルビアが言った通り直射日光にさらされていたのかもしれない。劣化が進み、薬効は期待できない。もしかしたら期限の切れた売れ残りの可能性もある。そんなものを売って金儲けをしているとしたら、薬屋の風上にも置けない。あの薬屋にとって「薬」は誰かが作って運んできた「商品」でしかないのだ。
薬師達は相談してきた医者に色の濃い薬を優先して使うよう伝えたが、色の薄い薬の回収する間もなく風邪は瞬く間に街中に広まっていった。
街の薬師が作る薬も作った先から売れていった。
薬不足を懸念し、色の薄い薬であってもないよりましだと回収させてもらえない。しかし明らかに効きの悪い薬に四年前の流行を知る者達は不安を覚えた。
金のある者は病院を頼らず直接薬屋に薬を買いに行った。しかしそこで出された薬がかつてほど効き目がないと知ると、高価なだけに余計怒りを買った。かつては特効薬だと信じ、高くとも手に入るだけでもありがたいと思っていた薬だろうと容赦なく薬の悪評は瞬く間に広がった。連日のクレームに表通りの薬屋は店を閉めてしまい、効きの悪い薬さえ手に入らなくなると、薬不足がさらに人々の不安を煽った。
ドーンは表通りの薬屋の店主を捕まえると、今季収穫した薬草から作られた色の濃い薬に限定して買い取る交渉をした。値段は半額以下になったが店主は売り切ることを望み、交渉に応じた。
しかし箱に入ったまま運ばれた薬に選別した様子はなく、店主の目の前で中身を取り出してチェックすると、薄い色のものもラベルが変色したものも混ざったままだった。
「おまえ達自身がどれがいつ作られたものなのかもわかってないんだな」
できるだけロスなく、とにかく早く売り切ってしまいたいのが店主の本音だった。これまでも納品のチェックは甘く、確認を受けることはなかったので、そのまま引き取ってもらえると思っていた店主は、薬師達の怒りに怯えながらもなんとかごまかそうとした。
「ど、どれも最近仕入れたもので…」
「よその古い在庫も混じってんじゃねえのか? おらっ」
「薬の管理もできねえで、何が薬屋だ」
薬師達に取り囲まれ、両店の店主は震えながら事実を漏らした。
「く、薬には変わらないって、オーナーが…、も、もったいないからって…」
それは在庫の処分品であることを認めた発言だった。
店主の目の前で薬の色の薄いもの、瓶のラベルが変色しているものは取り除かれ、三分の一が納品対象外になると、店主はがっくりと肩を落とした。薬の選別代だとさらに値引きを要求されれば、それに応じない訳にはいかなかった。そういう約束で引き受けながら、自分達が選別を怠ったのだから。
「文句があったら、てめえらの家族が風邪ひいた時にこの薬を飲んで治すんだな」
二人の店主はあきらめ顔で帰って行った。
数日後、店主とその家族はこの街からいなくなっていた。
買い取った薬からはレイベ草の香りがしたが匂いは薄く、そのまま処方しても思ったほどの効果がない。ルビアにはその原因が想像できた。
「レイベ草は花の色の比率で効果が変わるんです。恐らく去年のレイベ草は赤い花が多かったんでしょう」
「それなら、足りない分のレイベ草を足しこめばいいってわけだ」
ドーンは買い取った薬にルビアのレイベ草から作った薬を足していった。どの程度足せば効くのかは試してみなければいけなかったが、薬を求める者は我先に試してくれと申し出た。
普段健康な者なら一瓶につき三滴、重症者なら五滴ほど足せば症状を抑えられることがわかった。
自分が裏庭で育てたものはともかく、裏の丘に自生し、花を見ていないレイベ草を使うのは不安だったが、この土地に育つものなら大丈夫だろう。ルビアは丘で摘んだものも含め、手持ちのレイベ草を全て持ち込んだ。
ドーン達薬師がレイベ草から抽出した液を足し込んで印をつけ、薬を届ける毎日。メイドの仕事のない日はルビアも配達を手伝った。




