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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第一章 谷の村
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 谷の村はそれまでルビアが住んでいた街よりずっと人が少なく、人々は野菜や薬草を育てて生計を立てていて、なかでもレイベ草と言われる薬草はこの村の一番の収益になっていた。


 三十年ほど前、ラスール地方から広まった流行風邪は国中に広まり、高い熱と咳に苦しみ、多くの人が命を落とした。そのラスール風邪の特効薬になったのがレイベ草だ。元々咳や気管支炎など呼吸器系の病気に効き目のある薬草だったが、この病気とは特に相性が良かった。その後もラスール風邪は数年おきに流行し、病に備えるためにもレイベ草の需要は増した。


 レイベ草自体は珍しい草ではなく、谷の村の周辺に自生していて、薬草として使うため畑でも栽培していた。この草には見た目はそっくりで違う種類があった。花の色から赤レイベ草と青レイベ草と呼ばれ、青レイベ草には咳を止め、呼吸を楽にする薬効があることは昔から知られていた。対して赤レイベ草は害はないけれど薬効もない。しかし花の色以外は見た目はそっくりで、花が咲くまで見分けがつかなかった。

 花が咲いてから収穫できればいいのだが、花が咲く前の若葉が一番薬効が高く、花が咲くと効果は格段に弱くなってしまう。花が咲く前に収穫されたレイベ草が赤なのか青なのか、見分けられる人はほとんどいない。買い取る者はもちろん、売る者もまたその違いがわからないので、出荷されるレイベ草には多少なりとも赤レイベ草と青レイベ草が混ざっているものだ。


 薬効の高い産地のレイベ草は高額で取引されたが、薬効が下がれば翌年は買い叩かれることになる。そんな中で谷の村のレイベ草は安定して高額で引き取られていた。村が出荷するレイベ草は青レイベ草の率が高かったからだ。その理由は谷では赤レイベ草が育ちにくいからだと思われていた。けれどそれは真実ではなかった。


 この村で生まれた子供のうち女の子は概ね三割の確率で赤レイベ草と青レイベ草を見分ける目を持っていた。多くの人にとって二つの草は見分けが付かないが、同じ青でも空の青と海の青が違うように、「見える目」を持つ者には赤レイベ草と青レイベ草の葉の色ははっきりと見分けがつくのだ。そして「見える者」は赤レイベ草を見つけたら抜き取る作業を担ってきた。

 違いがわかるのは若い頃だけ。二十代になると徐々に違いがわかりにくくなり、三十代になる前にほとんど見分けがつかなくなってしまう。


 レイベ草に大して需要がなかった頃はさほど注目されなかった能力だった。しかしラスール風邪が流行って以降、村ではレイベ草の畑が増やされ、レイベ草の品質を保つため「見える者」は村中の畑の赤レイベ草を抜く仕事を割り当てられた。


 ルビアの母ミラルダもまた幼い頃から赤レイベ草を抜く仕事に駆り出され、兄弟や友達が遊んでいる間も草抜きに追われていた。

 あれほど抜いているにもかかわらず、畑から赤レイベ草がなくなることはなかった。村人が森や山に出入りするたびにどこかに種をつけて帰り、それが畑にも落ちているのだが、そんなことなど知るよしもない。


 「見えない」子供達は花の季節になると十分の一ほど残された種採取用の畑で種ができる前に赤い花を摘み取る作業を任されたが、人数も多く、既に「見える者」によって大半が抜かれた畑での仕事は簡単で、それ故に手抜きも多かった。

 その後の種を取る仕事は「見えない」者だけでなく「見える者」も参加させられた。

 種を取り終わると春まで仕事はなかったが、種用の畑に赤い花が多かった年は仕事をさぼったと叱られ、薬の効果があがらず薬草の値段が下がれば配当を減らされた。叱られるのはいつも「見える」者ばかりだ。


 「見える」子供は見えなくなっていく大人以上の働きを求められ、共に働く大人からもこき使われた。冬以外は学校に行くことも渋られ、強く願えばわがままだと罵られた。食事を抜かれたり、水をかけられたり、平手打ちをくらわされることもあった。


 子供達は大人に怯えながら草を抜く仕事をしていたが、ミラルダは何度も「わがまま」を言い、「罰」を受けた。学校に行きたい。みんなと遊びたい。願った「わがまま」はたわいもないことばかりだったが、やってもないことまで罪にされ、それを真に受けた親はかばうどころか、家でもなお責められた。



 そんな村を嫌っていたミラルダは、年頃になると村を訪れた薬草の買取をする男に口説かれるまま村を出た。

 小さな家を借りて男と暮らし、男の紹介で近くの薬草畑で働いた。村にいた頃のように体罰はなかったが、給料は思いのほか安かった。

 男は薬草を買取るためあちこちに出かけ、家に戻るのは月に数日だった。

 男は愛を口にしながら結婚を渋っていたが、子供ができて結婚を迫ると妻や子供がいることを白状し、結婚はできないと言った。子供は育ちすぎ、もはやどうしようもなかった。


 産後の体調不良が続くのに、子育てするのは自分一人、頼れる人もいない。薬草畑で働けなくなると、男はミラルダへの興味をなくし、家によりつかなくなった。

 多少体が動くようになり、週に二日ほどでも働きに出ると、以前より給料が良くなっていた。

 男はミラルダの給料の一部を先に農園主から受け取っていて、ミラルダに渡されていたのはその残りだった。ミラルダの労働を当てにし、稼ぎを奪っていた男。ずっと知らないふりをしていた農園主。ここの人間も村の人間と何ら変わりはしなかった。

 娘が一歳になった頃、ミラルダは子供を連れて家を出た。


 ミラルダは大きな街に移り住んだが、幼い子供のいる女にできる仕事は少なく、子供のことは隠した。

 あえてレイベ草とは関係のない給仕の仕事に就いたが賃金は安く、子連れの生活は楽ではなかった。二歳までは子供を近所に預けていたが、そのうちその金も惜しくなり、家から出ないように言い聞かせ、ずっと家の中で過ごさせた。


 常連客がミラルダを気に入り、まんざらでもなかったミラルダは交際を重ね、結婚を申し込まれると喜んで承諾した。

 男に子供がいることを隠していたミラルダは、娘ルビアをどうしようか迷った。

 袋の中にレイベ草の葉を入れ、ルビアに渡すと、赤レイベ草と青レイベ草の葉をきれいに分けた。この子は見える子だ。自分にとってお荷物な子供も、村では役に立つはずだ。レイベ草を見分ける力を持っているこの子なら喜んで引き取ってくれるだろう。

 ミラルダはルビアを祖父母の元に預けることにした。その判断はあながち間違いではなかった。


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