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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第二章 キンバリー農園
12/53

2-3

 久々にジェラルドが畑にいるルビアの元に来た。貴族のようにゆったりとした袖の真っ白なシャツ、宝石のついたピンで留めたクラバットには金の刺繍が入っている。

 もう一緒に土に触れることはない人。そう見えた。

 レイベ草はまだつぼみもつけていなかったが、もはや勝負に勝ちたいなどという気持ちはなかった。


 元々愛想の良い方ではないルビアだが、自分が来ても嬉しそうな様子を見せない。ジェラルドはそれを拗ねているのだと思った。

「すまないな、このところ来客が多くてね」

「大変ですね。お疲れ様です」

 自分をねぎらう言葉に、ジェラルドはほっとしてルビアに手を伸ばしたが、

「今、間引く作業をしてましたから、汚れてしまいますよ」

 汚れた手を目の前で広げられて、ジェラルドは思わず手を引いた。新調したばかりの服に土がつくのは避けたかった。

「素敵な服ですね」

「そうかい?」

 やはり一流の店の服は違う。流行のものを身に着け、身だしなみは気を配るべきなのだ。そう納得した矢先に、ルビアは遠慮気味に小さく会釈した。

「…すみません。向こうの区画に行かなければいけないので」


 勝負のための区画に移動するルビアの後姿を見送りながら、自分のためにレイベ草を世話するけなげで忠実な恋人に、ジェラルドは自分への愛を疑わなかった。

 自分のために尽くすルビア。

 マーリアと結婚することになったとしても、ルビアを愛し続けよう。ルビアは身寄りもない可哀想な娘だ。給金をはずめばこの農園で喜んで働き続けるだろう。ルビアの育てる薬草は評価も高い。薬草園を拡張し、実績を積めば父もルビアを仕事のパートナーとして身近に置くことに反対しないだろう。父だって母に隠れて愛人を囲っている。そのことをちらつかせれば父も黙認するはずだ。

 それはジェラルドにとって最高のプランだった。



 マーリアの畑は肥料のせいかどの株も大きく育っていた。畑の世話をしている男は野菜を植えるようにレイベ草を育てている。薬草を育てたことはないのだろう。

 ルビアの畑の株は小ぶりだが、柔らかく色の濃い葉が広がっている。

 時折畑の様子を見に来たマーリアは自分の畑の方が良く育っていることに満足し、勝利を確信していた。にもかかわらずルビアは焦りを見せることもなく、マーリアを一瞥しただけだった。


 ルビアにはわかっていた。マーリアは「見える者」ではない。


 マーリアに渡された種には初めから青レイベ草が多く入っていた。生えてきた七割近くが青レイベ草で、そのままでも薬効が期待できる。「見える者」が管理する畑から譲り受けたのだろう。

 ルビアに渡された種からは青レイベ草が半分も芽生えず、手加減して抜いても畑はスカスカになり、このままでは畑を維持できなかった。だからはじめに少しだけずるをした。農園の薬草畑に多めに種をまき、間引いた青レイベ草をこっそりと植え替え、足りない分を補ったのだ。


 マーリアはルビアの畑から赤レイベ草が減り、青レイベ草が増えているのに気が付かなかった。

 畑を世話する者がレイベ草を間引く時、赤も青も関係なかった。マーリアにレイベ草の違いが見えていたなら、自分は手を出さずとも指示をして抜かせていただろう。


 マーリアの畑から抜かれた青レイベ草は初めはこっそりともらい、農園の薬草畑の隅に植え替えていたが、育ち方が違いすぎ、薬草畑に植える()()やめた。

 マーリアの畑のレイベ草は偏った肥料のせいで茎はしっかりと太く、葉脈は筋張っていて薬草として使うには少し使いにくそうに見えた。見た目には立派に育っているが、薬として評価する者の目にどう映るかはわからない。薬草である以上、薬になるかどうかが重要だ。



 ルビアは自分が仕事に追われ、余裕のある二人が親密度を増していくのを見ているうちに、この勝負を続けることが馬鹿らしくなってきた。

 初めから不平等で負けることを強いられた勝負。良家の令嬢を勝たせるために仕組まれた意味のない儀式。


 ジェラルドが迷おうと、ルビアは迷うことはなかった。迷う程度の想いしか持たない男を恋い慕うほどルビアは熱くなれなかった。

 冷めていると言われればそうかもしれない。本気で愛していたのかと問われても、自分でもわからない。

 ルビアは自分が人から愛されることに懐疑的で、それは自分が人に愛を向ける時も同じ。愛に盲目にはなれない。誠実でありたいと思う。愛されたいと願う。だけどそれは自分にとっておとぎ話以上に現実感がない。疑うことのない愛をルビアに示してくれる人などいはしないのだから。


 だから、マーリアにこう言われた時も、驚きはしなかった。

「ごめんなさい、ルビアさん。私とジェラルド様は愛し合っているの」

 ハンカチで目元を押さえ詫びを入れる姿を、ルビアはただ黙って見ていた。怒るでもなく、泣き叫ぶこともなく、

「そうですか」

とだけつぶやいたルビアに、マーリアの方が怒りを見せた。

「あなたのジェラルド様への愛はその程度なのでしょ? だったらさっさと身を引いて!」

 身を引け? 何を言っているのだろう。ルビアには意味がわからなかった。もう勝負は決まっているのに。そう仕組んだのは自分達なのに。

「あんな種を用意したのですから、あなたは勝つでしょう?」


 ルビアに渡した種に赤レイベ草が多く入っていたことを知られている。まだ花も咲いていないのに…。誰かがルビアに話したに違いない。マーリアは焦り、顔を赤くして反論した。

「わ、私は不正はしてないわ」

 しかしルビアはマーリアを責めることなく

「咲けばわかります」

とだけ答えると、マーリアに背を向けて畑へと向かった。



 割り当てられた畑でも半分のレイベ草が出荷用に刈り取られた。他の畑より多めに株が残され、この後咲いた花の色の割合がレイベ草の薬効を、勝者を示すのだ。


 ルビアはマーリアの畑を見た。丈が高く、大きく太い茎が伸び、つぼみがいくつもついていた。村にはこんなにたくさんの花をつけるレイベ草はなかった。種を取るだけならこんな風に育てるのもありなのだろうか。薬の効果に影響しないなら…。


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