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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第二章 キンバリー農園
10/53

2-1

 ジョージの口利きでルビアは谷の村から遠く離れたキンバリー農園で働くことになった。

 ついでがあるからと農園まで送ってもらえ、浮いた交通費として金を受け取り、衣服や日用品を買うことができた。何一つ持ち出せず家を飛び出したルビアには大助かりだった。祖父のお墨付きの商人は家族よりも頼りになった。


 ジョージはルビアの見える目のことは農園主に伝えず、ルビアにも黙っておくように言った。そしてかつて祖父からも言われたように

「青い花は七割でいい。完璧にするなよ」

と繰り返した。



 ルビアは、レイベ草だけでなくいろいろな薬草の世話を担当していた。

 農園は広い畑の中央に小さな川が通され、水やりに役立てていた。野菜や薬草だけでなく牧畜も営んでいて、通いよりも住み込みで働いている者の方が多かった。ルビアは目立つのを避けながらも七割程度青レイベ草が残るように赤レイベ草を間引いた。薬効には充分な割合だ。

 種を取るために咲いた花を見た人は、赤レイベ草の少なさに驚いていた。



 農園主の息子ジェラルドは雇う者に気安く声をかけ、自ら仕事に加わり、疑問に思ったことは誰だろうと気軽に質問した。ルビアの薬草の扱いに一目置き、薬草に関する質問をしていたが、それ以外でも声をかけられることが多くなっていった。


 気さくなジェラルドは人気があり、農園主夫人になる夢を抱く者も少なくなかった。

 その一方で農園主は貴族が訪ねて来るとジェラルドに貴族の令嬢を案内させ、ジェラルドを売り込んでいる。当のジェラルドは笑顔でエスコートしていたが、その心がどこにあるのかは誰も知らなかった。



 仕事の合間に農場で採れたバターやミルクを使ったお菓子が振る舞われることがあった。平民には贅沢品のお菓子は貴族相手に販売するための商品開発を兼ねていて、よりよい意見を提案できた者はその次の試食会にも参加することができた。

 普段食べ慣れない平民の意見は初めは「おいしい」ばかりでさほど役に立たなかったが、何度か口にするうちに舌が肥え、中には改良したものを自作する者も現れた。


 ルビアには新作を生み出す才能はなかったが、定番の商品を作る手伝いをする機会はあり、素材さえ手に入れば簡単なお菓子なら作ることができるようになった。もっとも業務以外で菓子を作れるような材料を手に入れるのは難しく、気軽に自分や誰かのために作ることはなかった。



 ある日、ルビアは畑でジェラルドに褒められた。

「君が世話をするようになってから薬草の質が上がったよ。特にレイベ草は格段にいい」

 どうしても慣れた仕事は成果として表に出てしまうようだ。あまり目立ちたくなかったルビアは動揺を顔に出さないように気を引き締めながら

「ありがとうございます」

と答えた。

「どんなコツがあるのかな」

 薬草毎に育て方は変えているが、レイベ草に関しては自分だけに見えている異種を間引いているだけだ。うまく説明できず俯いてしまうと、察したのか

「困らせるつもりじゃなかったんだよ。ごめんね」

とあっさりと引き、その場を離れた。

 軽く聞かれただけで問い詰められたわけでもないのに緊張してしまう。しかし押しが強くないせいか、ジェラルドに話しかけられることを苦痛に思うことはなかった。


 ジェラルドは雇っている者と共に食事を取ることが多く、みんな隣の席を狙っていた。遅れて来た時は上座が空けられていても近くの空いている席に座った。いつも末端の席に座っているルビアはよくジェラルドに話しかけられたが、うまく話題が振れず恐縮するばかりだった。


 そっと差し入れられた新作のお菓子。紙ナプキンに包まれていて、こっそりと拝借してきたのだろう。ルビアは礼を言って受け取った。


 手荒れを指摘され、掴まれた手に花の絵がついた小さな陶器の入れ物が置かれた。手荒れ用のクリームなんて使ったことがなかった。ずっと持っていたのかクリームのつまった陶器は人肌に温かく、手から伝わる熱に鼓動が高くなった。寝る前にもらったクリームを塗るとふんわりとした花の香りが広がり、貴婦人になったような気がした。


 たまたま重なった休みの日に街で出くわしたり、花を手渡されたりするうちに、好意を持たれているんだろうか、と意識するようになった。

 嫌いではないし、悪い気もしなかったが、村から逃げてきた何の後ろ盾もない自分と、大きな農園の跡継ぎであるジェラルドではあまりに立場が違いすぎて、困惑の方が大きかった。


 ジェラルドがルビアに好意を持っていることは周りが見ていても明らかで、親切心か、嫉妬か、農園主の家でメイドとして雇われている若い娘がわざわざルビアを呼び出して注意をしてきた。

「ジェラルド様に好かれているからって、調子に乗らない方がいいわよ。この家があなたを迎え入れることなんてあるわけないでしょ?」

 そんなことくらい言われなくてもわかっていた。ジェラルドの父は使用人に情を見せず、農園に来る客に対しても身分によって顔を使い分けている。貴族に取り入り、何とか仲間入りをしたいと願っているのは誰の目から見ても明らかだ。


 ルビアは

「そうですね」

と答えるしかなかったが、ルビアがどんなに距離をとろうとしても、ジェラルドはルビアの元を訪れ、質問と称して仕事以外のことでも聞いてくる。答えを濁すと察して間を取るが、諦めたわけではなかった。


 距離を置かなければいけないと思いながらも、伸ばされた手を払うことはできず、いつしか二人は想い合う仲になっていた。


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