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ルビアが谷の村に来たのは五歳の時だった。
ずっと母親と二人暮らしで、生活のため毎日忙しく働く母とゆっくり過ごしたことなどなかったが、ある日、いつになく機嫌の良い母から
「旅行に連れて行ってあげるわ」
と言われた。
馬車を乗り継ぎ、いくつか山を越え、長い長い時間をかけて着いたところは谷間の小さな集落だった。
そこには初めて会う祖父母がいた。
祖母は笑顔で歓迎してくれたが、祖父は厳しい顔つきで母とルビアを見ていた。
夜になり、先に寝るように言われルビアは二階で一人ベッドに横になっていたが、知らない家で寝付けず、母を探して階段を降りた。明かりの漏れる部屋からは、潜ませながらも言い争うような声が聞こえてきた。
「あまりに無責任だろう」
「仕方がないでしょ、子供がいるなんて今更言えないもの」
「だからって、いきなり預かれだなんて」
「あの子は『見える子』よ。ここでは必要でしょ? 引き取って損はないはずよ」
「……」
「ずっと家のために犠牲になってきたのよ。今度こそ私の好きなように生きるわ。来る日も来る日も草抜きばっかりさせて、そのお金でおいしい思いしてきたでしょ? 兄さん達は好きに遊ばせて、街の学校に行かせて、好きなようにさせてたじゃない!」
「……」
「私だって、幸せになりたいのよ。…今度こそ幸せになるんだから、少しは協力してよ」
長い沈黙の重さに、ルビアはそっと足を忍ばせて部屋に戻った。
翌朝、
「良い子でいるのよ。おじいちゃん、おばあちゃんの言うことを聞くのよ」
その言葉を残し、母は一人で祖父母の家を離れた。去って行く母の背中を見ながら、振り返らないことはわかっていた。
自分は置いて行かれた。ずっと母の重荷になっていたのだ。
涙が一粒こぼれたが、それだけだった。