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追憶その1 1944年1月某日


 扉が乱暴に蹴破られる。古びた閂は蝶番と一緒に破壊され、戸板が小屋の内側へ倒れ込む。小さな蝋燭の炎が照らす薄暗い室内に、ポッカリと空いた四角い出入り口から、明るい昼の日差しがさし込む。その光を一瞬遮るように、軍服を着た男が素早く小屋へ入り、即座に小銃を構える。銃の先端には刃物が取り付けられている。銃口を左右に向け、室内を見渡す。老人が一人、部屋の真ん中で、男に背を向けて座り込んでいる。室内にいるのはそれだけだ。軍服の男は銃口を老人に向ける。

「立て」

 男は老人と同じ国の言葉で、拙く喋る。

「外に出ろ。広場に集まれ。村の他の者もそこに集まっている」

 老人は返事をしない。

「聞こえないか?」

 銃を構えたまま相手に近づき、背中を軽く蹴る。

「立て。ゆっくり、振り向け」

 老人はやはり何も言わない。相変わらずこちらに背を向けて、どうやら手元の作業に没頭しているらしい。男は背中越しに老人の手元を覗き込む。手に何かが握られている。銃口を向けたまま、正面に回り込む。

「捨てろ。それを捨てろ。今すぐ」

 老人は初めて手を止める。上目遣いに男を睨みつけ、しゃがれた声で言う。

「こんな老人から何を奪おうというのか」

 勢いよく立ち上がり、さらに捲し立てる。

「こんな貧しい村に、何をしようというのか!」

 蝋燭の炎に照らされて、老人の手元が銀色に光る。刃物だ。その手には刃物が握られている。男は咄嗟に引き金を引く。銃声が鳴る。老人は倒れ、血が床に流れる。老人の手から刃物が転がり落ちる。

 男は血に濡れた刃を拾い上げる。しかしそれは武器ではない。小さな彫刻刀だ。死体の傍らにもう一つ、木材らしき塊が落ちている。老人は男を殺そうとしたのではない、ただ木材を彫っていただけだ。村を襲撃され、背中に銃を突き付けられてもなお、一心不乱に木を彫っていた。

 男は身を屈め、老人が彫っていたものを手に取る。それは村の周辺に生えている木から切り出されたもので、何かの動物か、人のような形をしている。

 不意に男は視線を感じる。何者かがこちらを見つめている。すぐさま木像を床に捨て、小銃を構えて周囲を見渡す。蝋燭の淡い光によって、部屋の隅に薄っすらと、木彫りの像が浮かび上がる。最初に小屋に入った時にはなかったものだ。それも一つや二つではない。良く見れば、明かりに照らされるのを避けるようにして、何百体もの大小様々な木像が、いつの間にか部屋の四方にずらりと並び、男を囲んでいる。そしてそれぞれの像の持つ二つの目が、真ん中にいる男を捉え、睨みつけている。

 声が聞こえる。囁くような小さな声で、聞いたこともないような不思議な言葉で、空気を振るわせることもなく、男の心の奥底に、まるで小さな石を投げ込むみたいに語り掛ける。言葉の意味は分からないが、それを聞いていると、次第に男の呼吸が荒くなる。まるで木像達の呪いによって、目に見えない柔らかい布で首を絞められているように息が苦しい。手も足も、触ることのできない縄で縛り付けられたみたいに、ほんの少しも動かすことができない。

「俺に……俺にどうしろと言うのだ」

 男は呟く。それはこの国の言葉ではなく、男の故郷の言葉だ。見えない縄は男の手足をゆっくりと動かし、しゃがませ、小銃を構える際に落とした作りかけの木像を拾わせる。それから老人の使っていた彫刻刀を手に握らせる。

 囁き声が止む。男を縛り付けていた見えない縄が解かれ、体が自由になる。呼吸はまだ荒いが、それも次第に落ち着いてくる。不思議な力を持った像たちはただの物質へと戻り、壁際に並んでいる。もはやこちらを睨みつけてはいない。男の手には老人の彫刻刀と作りかけの木像が握られている。男は老人の死体の近くに落ちていた布で木像と彫刻刀を包み、背嚢の奥底に隠し、その場を立ち去る。

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