アスター〜兆し
潮風が心地よく鳴り響く……
カモメも気持ちよさそうに鳴く。
ここは大海原、異世界の海の真ん中である。
「海賊王に俺はなる!」
実際千葉県は海に隣接した土地ではあるので海に関してはそこまで珍しいものと感じてはいないのだが、船に乗り知らない土地に行くというのは私の気持ちを高揚させていた。
「なんだ?それ?」
私の右腕であるエレノアが間抜けなトーンで質問をする。
「秘密の呪文ー!」
そう、ここは私の常識が通用しない世界なのだ。
きっと現代人の8割くらいは知ってそうな言葉もこの世界では狂言でしかない。
「そうかい、まあなんでも楽しむといいや。ちなみにつぎはルーベンハイムの国に着くぞー!」
「ルーベンハイム?また変わった名前ね。」
エレノア曰く、ルーベンハイムとは大きな城塞都市である。交易が盛んで商人も集まり、魔物にも狙われやすい城塞都市とのこと。
ここだと単価はより良い仕事も増えるので装備の強化にももってこいとなる。
ちなみにエレノアは基本的に筋トレをしてるか寝てるか釣りをしている。
なんか、そういう所はゾロみたいなんだよな。
根本的に違うところはたくさんあるんだけど。
「そっちは釣れそう?」
「ん、ああ……微妙だな。こういう晴れてる日は釣れると思ったんだがな。」
エレノアは非常に多趣味な男である。
なんでも波が穏やかで海が暖かい時は魚は変温動物で活発になりやすいとか……カモメがいる時には水面にイワシがあつまりやすいだとかなんでも豆知識を披露してくれる。
正直救われることはとても多いので頼りになる時もあるので私はこの男と話すとどこまでも話せるような気がした。
ちなみにあと次の島まで3日ほどで到着する予定である。
「あー、でもなんか船の上って暇ね。ティックトックもないし。」
「ティックトック?魔導書かなにかか?」
「気にしないで、私の故郷の娯楽よ。」
「そうなんだ。アイリスも色んなものが好きなんだな。」
「あなたほどでは無いな。」
「お褒めに預かり、光栄だな。」
2人で他愛もない話を続ける、こんな調子をあと何日続けるのだろうか。
話すこともないので釣りの話に戻る。
男ってなんでこんなに釣りが好きな男が多いのか……。
私には到底理解が難しかった。
「ねぇ、エレノア?釣りのコツって何?」
「ん、そうだな。釣りは暇を楽しむんだ。」
「暇を?」
「そうさ、自分と向き合い無心になる。でも何もしないわけじゃない、精神を研ぎ澄まして海や魚と対話するんだ。」
どうやら、こちらで言うマインドフルネスのようなものらしい。
「そう、魚はどうわかるの?」
「んー、一概にはこうだとは言えないんだがな……例えば今竿の先端が動いたのわかるか?」
「わかんないわよ。」
「まあ、実際今は魚が恐る恐るちょっとずつ食べてるんだ。」
「餌が取られちゃうわ。」
ちっち、と人差し指を立て子気味よく左右した。
「だがな、チャンスは急ぐと逃げちまうんだ。警戒をしてるからここで引くとやっぱり罠と逃げてしまう。」
「じゃあどうするの?」
「ここはグッと気持ちをこらえるのさ。すると……」
竿が一気に水面の方向に曲がると、エレノアは竿を上に持ち上げる。
「こう食らいつくところで竿を持ち上げる!針が魚に刺さるんだ!するとちょっとやそっとでは抜けなくなる!」
「おおおー!すごい!これ、大物?」
「かもな……あはは!……はは?」
一気にエレノアが引っ張られた。
ガクッと前に体制が崩れ出す。
「……。」
「……。」
お互い沈黙が流れエレノアは額に汗した。
「引いてる!」
竿が大きくしなり、彼の手に衝撃が伝わった。驚いてリールを巻こうとするが、まるで海の底に何か巨大なものが潜んでいるかのような重みがある。
「これは……!」
「落ち着いて!糸を緩めすぎず、でも強引に引かないで!」
エレノアは必死に応戦する。獲物は海中を疾走し、船の周りを旋回しながら逃げようとした。その力強さは尋常ではない。
エレノアは体制を整えて、景気づけに酒を1杯飲み干した。
「ぐぬぬ……ヤバい引きだぜ、これはカジキだ!」
エレノアが確信を持って言った。
「そんな……!まじ?こんなタイミングでカジキって釣れるもんなの!?」
エレノアは半ばパニックになりながらも、必死に竿を支えた。汗が額を伝い、腕が悲鳴を上げる。
「あと少しだ!」
エレノアが叫ぶ。アイリスは全身の力を振り絞り、最後の一巻きをリールにかけた。その瞬間、水面が激しく割れ、銀色の巨体が飛び跳ねた。
「すごい……!こんなでかいんだ。」
それは紛れもなくカジキだった。槍のように尖った吻を持ち、太陽に照らされて青銀の鱗が輝いている。
体調は3メートルはあろうかの巨体で、こちらを眺めては水面にもう一度潜り込む。
その後は海に潜ってはあばれ、それをエレノアがいなして長期戦に持ち込む。
私たちの周りには野次馬たちが見物にいつの間にか集まっていた。
「おー!なんだ!?」
「赤髪の剣士が大物と戦ってるらしい!」
「なんだ?見た感じカジキだったな。」
見物人が増えてきてボルテージは最高潮である。
魚も最後のもがきと暴れてきた。
「エレノア……。がんばれ。」
魚影が海と近づき、最後の力で一気にカジキを釣り上げ、辺りは大歓声だった。
「やるじゃん、エレノア!」
エレノアはまだ震える腕を見つめながら、自分が本当にこれを釣り上げたのか信じられないような顔をした。
初めて感じる達成感が、彼の胸を満たしていった。
その後、カジキは慎重に船上へ引き上げられた。船員たちも駆けつけ、大物の到来に興奮していた。エレノアはアイリスの肩を叩きながら、満足そうに言った。
「ほれ、俺はすごいんだ。」
エレノアはへへんっと得意げに笑った。
☆☆
それからはカジキの宴だった。
財団がカジキを買い取ったので船の上は宴のような盛り上がりだった。
「ごくっ……ごくっ、ぷはぁ、なんだぁ!もうこれ以上飲めるやつはいないのか!」
エレノアは他の男たちと飲み比べをして見事優勝をしていた。
ほんとワイルドなやつだよ。
私もカジキの料理を口に運んでいた!
「なにこれ!めちゃくちゃおいしい!」
私はしばらく食べ物を美味しいという感触を忘れていたが、カジキは身が詰まっていてステーキだとジューシーな味わいに上質な脂が口の中に広がっていく。
こんなに美味しいのは久しぶりである。
私は1日に1食しか食べなかったのでほとんど味なんて気にしなかったがこれは素人から見ても美味しい。
カジキのエスカベッシュというものも美味しかった。
いわゆる南蛮漬けみたいなやつなのだが野菜と酢を使った料理である。
カジキは揚げてあってこれもまた美味しい……ほんのり、カレーのスパイスをつかっていてこれがまた味を引き立てるのだ。
「おーっす!アイリスも飲んでるか?」
「やめてよ、はずかしいわ。」
エレノアが悪酔いし始めてきた。
酔いが冷めたらまた説教しなきゃね。
と思ったのもつかの間……彼は酒に酔いすぎたのでぐっすりと眠り着いたのだった。
「ガーガー……」
彼はワイルドないびきをかく。
まあ、疲れてんでしょうね。仕方ないので部屋まで介抱することにした。
☆☆
「んぅ……。」
エレノアは私に体重を預け自分の部屋へと誘われる。
それにしてもエレノアはとても端正な顔立ちをしている。
赤髪が映え、よく見るとまつ毛も長く中性的な顔立ちをしているのだ。
そういえば飲み会の時も彼は女の子に言い寄られていた気がする。
そんなことを思っている間に部屋に着いた。
エレノアは私の顔をじっと見つめた。
「アイリス……。綺麗だ。」
顔が近くなり私の顔の輪郭に手を触れる。
その手はとても暖かかった。
え、ちょっ、おま……
今日のエレノアは距離感がバグっている。
いや、まさかここで彼に抱かれ……?
「すー。すー。」
彼は私の方に体重を預け、ぐっすり眠ってしまった。
ったく……驚かせやがって。
とはいえ、すこしドキドキとしてしまった。
暫くは彼に酒は本格的に控えさせるべきだと思った。
私もしばらくして、今後のことをぼんやりと考えて横になったら気がついたら眠りについていた。
☆☆
航海はあっという間に日がすぎ気がついたら港町まで着いていた。
ここはルーベンハイム。
商業と要塞の町。
その肩書きが相応しいかのように町は活気で溢れていた。
「すごい街ね。結構都会じゃない。」
「そりゃあそうだ。結構安泰の土地だと言われてるからな。」
「確かに仕事には困らなさそう。」
「お前、冒険者以外の仕事はしないのか?」
「いやよ、計算も出来ないから事務とかもしたくない。」
「そうか、それならいいんだが。」
ちなみにエレノアはドライなので皆までは聞かない。
それは私にとってはとても助かるのだが時折適当過ぎないかと感じる時もある。
とはいえ私はキャバ嬢しかしてなく、これといった職歴はない。
だから一般のサラリーマンなどは私ができないことをやれてすごいと思う。
わたしももっと資格とったり努力すべきなのかな?
そんなことを思っていたら誰かと肩がぶつかった。
「いたっ!」
ぶつかった相手は住んだ青い髪をしていて後ろにまとめていて、涙袋が特徴的である。
顔だけ見れば女性に見えるのだが純白の鎧を着ていて縦と槍を構えていた。
「失礼、急いでいたもので無礼を詫びる。」
「あ、いえ……大丈夫です。」
男は礼儀正しくひれ伏し、頭を下げる。
これがいわゆる騎士と言うやつなのだろう。
「わたしは憲兵騎士団団長ヴァルトハルトと申します。……失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか??」
「アイリスよ。わたしもよそ見してごめんなさいね。」
「恐れ入ります。アイリス様。」
ヴァルトハルトはどこまででも礼儀正しかった。
「おいおい……その憲兵騎士団様がこんなところで何やってるんだ?その方が気になる。」
エレノアは目を細めつっかかった。
ヴァルトハルトもすこし警戒気味に反応をする。
「何者だ!貴様!」
ヴァルトハルトは槍を構えエレノアに向ける。
エレノアは少しつまらなさそうに両手を上げ、淡々と話し始めた。槍を構えられても気にしないあたり心臓に毛でも生えてるのだろうか。
「おっと……戦意はない。失礼したよ、俺はエレノアだ。こいつとツレの冒険者やってるものだ。この街も何度か訪れた事あるが少しざわついてるのが気になってな。」
「そうか、それは失礼した。最近この街はある魔物たちに襲われていてな、その主犯格の魔族が紛れていると通報を受けてパトロールをしていたんだ。」
「魔族?この街は武器も揃っているのに勝てねえのか?」
確かにエレノアの疑問もごもっともだ。
大砲やバリスタのような火器武器が揃っているのにダメージを受けるのに違和感を感じる。
「その魔物というのが…、ゴーレムの群れなんだよ。」
「ごめん、ゴーレム私わかんない。」
私はRPGなどやったことがないのでモンスターの名前を言われても一切ピンと来ない。
ゲームもあまりしたことがないのだ。
エレノアが後ろ髪をかきながら説明をする。
「まあ、一言で言うと岩でできた人形だな。」
「人形?岩でできてるなんて硬そうね。」
「ああ、とても硬いさ体調も3メートルくらいだから真っ向勝負だとなかなか厳しいもんだ。」
「どうの剣だと太刀打ちは?」
「すまん、お手上げた。」
じゃあまずは剣の強化が最優先かもしれない。
「大砲でも耐えるの?ゴーレム。」
ヴァルトハルトは続ける。
「そうだな……大砲で打っても決定打にはならない。だからこそ、槍と回復呪文を得意とする騎士たちは苦労するんだよ。」
「ってことは……相性が悪いってこと?」
「まあ、そういうことになる。」
至ってシンプルな応えになってしまうが私にとってはそれが知識として限界だった。
「ちなみにゴーレムの討伐単価はいくらなの?」
「一体につき、銀貨1枚だ。」
「ええ!?結構高いわね!」
「そりゃあ、上位モンスターが突如でたもんだからな。国も金だけはあるからここまで高単価になるわけだ。」
ってことは先ずは……
「狩りに行きましょ!」
私たちは暫くヴァルトハルトと協力することにした。
まず考えた。重いってことは自重がとても重いという事になる。
ってことは、足元の水分量をあげて地盤を緩くしたら上がれなくなるんじゃないかな?
なので、地面に手を触れ、4メートルの沼を試しに作ってみた。
「できた!」
少し詠唱に時間はかかるけど、なんとかできそう。
仮にゴーレムの重さが1トンあると仮定すると……これで沈むはずだ。
すると、エレノアとヴァルトハルトはこちらに駆け寄ってきた。
「おーい、アイリス!ゴーレム連れてきたぞ!」
2人はゴーレムに追いかけられている。
ゴーレムは3メートルの巨体でこちらを走ってきた。
「おっけい!沼を作ったからそこまで走ってみて?」
「おおー!沼ができてるじゃあねえか!!落ちるなよ騎士野郎!」
「うるさい!出遅れるなよ!ビーツ頭!」
「誰が野菜だ馬鹿野郎!」
「ちょっと!喧嘩してる場合じゃないわよ!」
2人はせーのでジャンプをすると、ゴーレムは沼に静かに沈みながらもがいていた。
「すごい!本当にゴーレムが無力化されている!」
「一気に決めるぜ!」
そして私は2人に新たに開発した魔法をかける。
「名付けて……エンチャント!」
エンチャントとは武器を使うものに力を付与する呪文である。そして、力と同時に水魔法の付与も出来るようになっていた。
ゴーレムは言わば粘土である。
水を浴びると強度は少し下がるはずである。
「行くぞ騎士野郎!」
「足引っ張るなよ!ビーツ野郎!」
2人の攻撃がゴーレムを粉砕した。
「すごい、これはとても大きな発見だよアイリス。君に会えてよかったよ。」
ヴァルトハルトは感嘆の声をあげる。
余程この国は追い詰められていたのだろう。
「俺の部下もみんなこいつらに怪我をされて俺だけしか戦えない状態だったんだ。これで仇が打てたよ。」
「喜ぶのは早いわよ?」
「おっと……肝心なのは魔族だったな。でもどうやって見つける?」
ヴァルトハルトは疑問顔だったがエレノアは全てを理解していた。
「見つけるんじゃねえんだよな?」
そう、エレノアの推察は正しかった。
「そう、これからおびき出すの。ゴーレムを一匹残らず駆逐すれば出てくるはず。生きてないってことは誰かが遠隔操作してるはずだから。」
私たちのゴーレム狩りがはじまった。
ちなみにこの日だけで私たちは日当にして50万円ほどの大金を手にしていた。
そう、このゴーレム狩りはおびき出すのも目的だが、もうひとつあった。
☆☆
「これでどうの剣ともおさらばか。」
「どう?着け心地は」
「ああ、手に吸い付くようだぜ。」
まずは武具の見直しが大事だった。
エレノアは攻撃は基本的に当たらないので防御は置いて太刀の強化に振ってみた。
ミスリルなどの高価な鉱石をつかった刀である。
ゴーレムもこれで一太刀だろう。
私も杖を新たに買った。かなり高価な宝石を施してあって魔力を必要以上に吸い上げてしまうが呪文の威力をいくらでも上げれる杖だ。
「俺もいいのか?こんなにいいもの。」
もちろんヴァルトハルトにも良い装備を整えた。
盾と槍で戦うのでモンスターの注目が集まる鉱石と自然治癒の防具を用意したのでゴーレムたいの注目を浴びてもらって私とエレノアで奇襲をするスタイルにした。
装備を一新すると、ゴーレムたちは徐々に姿を見せなくなっていた。
私たちの施策は大きく成功に至った。
ちなみに私は爆発魔法を覚えたのでこれもゴーレム達を倒す決定打のひとつになっていた。
そして、ゴーレム狩りをして一週間が経った。
☆☆
「なあ。」
「なに?」
「ゴーレムほとんどいなくなったな。」
「いないわねぇ。」
あれからゴーレムの報告例は無くなっていた。
私たちの持ち金が200万程になっていたので200体以上は少なくとも討伐している計算になる。
「先週よ、主犯格が狩り続ければでるかもしれないって話してたろ?だが、しばらく暇が続いてるわけだ。もしかして主犯格はいないんじゃないか?」
仕事がないのでエレノアは眠そうに欠伸をしてそう言った。
ヴァルトハルトも続ける。
「確かに……我々はココ最近は狩ると言うより徘徊がほとんどだな。ゴーレムもほとんど見なくなった。主犯格なら俺たちを目の敵にして襲ってくるのではないか?」
仲間たちの士気が下がる。
当たり前だが人は暇になるとだらけてくるもんだ。
「今日はここでキャンプをしましょ。」
「え、野宿か?唐突だな。」
「むう……私も遠征の際はやるのだが……何か狙いでも?」
突然の提案に困惑する2人である。
あまりにも不自然である。
私たちは普段はきちんと宿で宿泊するからである。
だがこれも1つの狙いがあったので私たちはこのままキャンプを遂行した。
☆☆
「カンパーイ!はは……」
エレノアは酒を飲んでいて、ヴァルトハルトは食料のパンとミネストローネを飲んでいた。
「おいおい……ビーツ野郎油断し過ぎじゃないか?」
ヴァルトハルトは少し警戒をしていた。
きっと憲兵騎士団の癖でキャンプをしても警戒を怠らないように教育をされてきたのだろう。
酒を飲んでテンションの上がったエレノアとは対照的な過ごし方をしている。
自分たちの真ん中にある焚き火が不気味に燃え上がった。
あたりも静まり返って魔物の気配も少し強まっている気がする。
でも多少結界を貼ったので弱い魔物は入って来れないようにはしてあるのだ。
私も酒は飲みはしないがヴァルトハルト同様パンとミネストローネを飲んでいた。
「最近本を読んでわかったんだけどさ、炎は魔力によってかなり形が変わりやすいの。」
「ん?なんだぁ?唐突だな。」
「そうね、唐突に話してごめんなさい。」
炎が不気味に揺らぎ始めた。
先程とは異なり、少し弱々しく感じる。
「それでね、炎は魔力の強いものが近づいたりすると共鳴するように揺らいだりするのよ。」
「ん、そういえばたった今炎が弱まったりするのが何か影響合ったりするのか?」
「そうね、偶然じゃないかもね。」
そう、これは1つのシナリオの為の手順だった。
「今、弱い魔物が来れない結界を貼って、私たちは食卓を囲んでいる。酒も飲んでるものもいる。
傍からみたら油断そのものであるわね。
そして、炎がこんなにも弱まってるって事は……。」
私は魔力を構えて氷の矢を幾つも生成し、四方八方を向けた。
「今ここに、敵がいるってこと。」
ザザンっと仲間のみをはずし氷の矢が降り注ぐと、影が不気味に伸び始めた。
「クックック……ご名答だな女。」
影は3メートル程の高さになり、2つの光る目をこちらに覗かせ睨みつけた。
「曲者!」
「んぁ?はっはっは……敵じゃん。」
味方も急いで構える。臨戦態勢へと変わった。
「私はシャドウ、ゴーレムの支配者だ。貴様ら良くもゴーレム達を消し去ってくれたな。」
目は怒りへと血走ってるように見えた。
「ゴーレムをたくさん生成し、この盛んな土地を破壊する計画、時間をかけて遂行するはずだったのにこんなにも壊しやがって……。」
影の実態から手足が伸びてきて足が無数に生え、不気味な姿に変わっていった。
「絶対に……絶対に許さんぞ貴様ら!じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」
私はその声をきっかけに複数の魔法を打ち込んだが
効果は薄かった。
実態が無いものに物理攻撃はあまり聞かない。
「っしゃァ!ぶったぎり……あれ?」
エレノアは酒が入ってるのもあるが実態がないものに斬撃はほとんど効果がなかった。
「クックック……そんな攻撃など聞かん。そして私には特殊能力がある。」
シャドウは魔力を解放すると、地面から泥の人形が幾つも生まれた。
「ゴーレム……ってほどのものでは無いわね。」
「私の能力は無から鉱物の生命体を幾つも生み出すことが出来るのだ。ゴーレムは生み出すのに5年はかかるからな……クックック。」
「あら、ごめんなさいね。頑張ったのにほとんど壊しちゃった。」
「何してくれるんだほんとに……私の長い年月をパーにしやがって。」
どうやら余計なヘイトを買ってしまったらしい。
相当頑張ったんだろうな。
「しかし、これではお前らはどうすることも出来まい……。私たちにダメージを与えられてないのだからな。消耗戦では私が有利だ。」
確かにそうである。
相手は体がないので疲れをあまり知らないようだった。
さて、困ったな。私そこまでは賢くないから打つ手が思いつかない。
「ふん、俗物め。私の名はヴァルトハルト、憲兵騎士団長だ。」
「なんだ、ゴーレムに太刀打ち出来なかった無能か。」
無能呼ばわりされてるがヴァルトハルトは笑みを止めなかった。
「そう笑ってられるのも今のうちだ。はぁあああ……ライトニング!」
ヴァルトハルトは光の閃光を纏い、槍を光らせてはシャドウの胸を貫いた。
「ぐおお……物理攻撃が痛いだと……?まさか!」
「そう、騎士とは神官と戦士の期間を経て初めてなれる上級職!そして、権能として光の攻撃を使えるため、ゴーレムでは力不足だが貴様の様な実態のない奴にかんしては、天敵そのものだ!」
なんてことでしょう。
ヴァルトハルトはそういった敵が得意な能力を持っていた。
どうやらこの世界は職業を極めると上位職に着くことができるみたいで、ヴァルトハルトは回復と光魔法を得意とする騎士、クルセイダーの職についていた。
「なんてことだ……目立たないやつだと思ったのにこんなところで能力を発揮するとは。」
「だまれぇ!貴様……ぶち殺してやる!」
どうやら目立たないのは気にしてるみたいだった。
「ちっ……泥の傀儡よ!私を守りたまえ!」
シャドウの一声で泥人形が何体も生成されるがこちらも無策では無い。
「はぁぁ!我が魔力よ、聖なる水で敵を薙ぎ払え!」
泥なので大量の水をかけると敵は溶けてくれるのだ。
周りに生成できるほどの無機物もない。
「今よ、ヴァルトハルト!」
「とどめだぁ!つらぬけ、我が光の聖槍よ!!」
「ぐおおお!ば……ばかなぁぁ!」
聖なる閃光が影を蹴散らし、跡形もなくなった。
「やったようね、ヴァルトハルト。」
「そうだな……、ここまでありがとう。君のおかげで私は悲願を達成することが出来たよ。」
「お礼を言うのはこちらこそよ。ありがとう。」
お互いの利害の一致での共闘もここまでである。
辺りは朝日で明るくなっていた。
またひとつ島が救われたのだった。
「ぐぬぬ……まさかここまでやられるとは。」
「な、シャドウ!?まだ生きてたの!?」
背後の気配を感じ……構えたがシャドウはほとんど原型を留めておらず、弱々しいモンスターだった。
「そうさ、これが私の本当の姿さ。貴様……ザラードを倒した張本人だな。」
「そうよ、なにか関係があるのかしら?」
「大ありだな、私はもうすぐ死ぬ。その前に幾つか話をしてやろう。」
「そう、でも欺くつもりだったら消すから覚悟してね。」
「最後に好きに言わせてくれ。私たちは金魔王ゴールド様の使える五体魔という組織で成り立っている。」
「ゴールド!?それ、ザラードも死ぬ間際に言ってた!ねぇ、なんのために侵略してるの!」
もし、魔物を強くした張本人がゴールドならこれからもその敵と戦うことになる。
一体何が目的なのか全く見えないのだ。
「ゴールド様は突如この世界に現れた王である。
私たちを強くしたのもあのお方だ。だが、あのお方も探し物をしているのだ。」
「探し物?」
「花の魔女を探している。その魔女が歩く所に青いバラが咲くのだ。」
「その魔女を探してどうするのよ!答えなさい!」
だが、シャドウはもうほとんど原型を留めず消える寸前だった。
「さあ……な。私にはわかるまい。サファイアはくれてやる。ぐぬぬ……むね……ん。」
そう言い残し、シャドウはロウソクの炎のように静かに消え去った。
「……ねえ、ヴァルトハルト?」
「どうかしましたか?私でよければ聞きますよ。」
「次の目的がきまってなかったら、一緒に旅に行きましょ。」
「な、どうしてだよ!アイリス!」
酔いから覚めたエレノアが止めに入る。
「私たちは、ゴールドを倒しに行く。そのためにはヴァルトハルトの力も必要だと思うの。いいわよね?」
「お安い御用だ。騎士団も暫くは仕事が無さそうだ。ビーツ野郎と一緒にいるのは忍びないが私の力を存分に使いたまえ。」
「な!まじかよ……てかよ、なんか酔いが冷めちまったよ……酒でも飲もうや。」
エレノアがそんなことを言う。
相変わらずお酒が好きなこと、私達は呆れながら港町な酒屋を目指すことにした。
ひとまず私たちはゴールドと戦うと言う目標ができた。
さて、力強い仲間もできた。
きっとこの先も試練はあるだろうが楽しくやって行けるだろう。
風が吹くと紫がかったアスターの花びらが舞い散り、私たちの冒険の変化を告げるようだった。