ブロッサム〜はじまりの異世界転移
私は人生の希望がなかった。
死にたい、その気持ちだけが私を襲っていた。
何故かというと私は今年25になるが全てを失ったという感情に襲われている。
私は元々キャバ嬢をしていた。大学の頃からずっとである。理由はまあ稼げるからというのが大きいかな。
それから居心地がよく私の性格にもあっていたので6年ほどはずっと夜職の人生だった。
その間も私はずっと男がいた。
普通の男もいればヤクザもいた。それがある男で終焉を迎えた。
男は40のキャバの代表の男だった。この男は最悪だった。
ある日のやりとりがこうである。
「おいお前!なんで台所が汚れたんだ。」
「あなたが汚したんでしょ?」
「お前が女としてダメだからこんなにも汚れるんだ!お前ってホント無神経だよな。」
ズキ……
「これ何?」
「あなたが食べたいと言っていた鍋よ。」
「出汁が聞いてないな、お前鍋食べたことないの?
お前って何やってもダメだな。生きてる価値ないわ。」
ズキズキ……
「おい、給料計算しろよ。」
「えー、わかったよ。」
「なぁ」
「何?」
「お前さ、キャバ嬢だろ?なんで120万しか今月稼げないの?」
「私なりに精一杯やったよ。」
「精一杯でこの程度か、お前ってホント無能だよな。もっと稼げよクソが。」
覚えてるだけでもこんなやり取りばかりであった。
実に苦痛だと感じる。
何故こんなにも私は否定をされるのだろう。
地元の家族には夜職で働いてる旨は伝えれてない。
相談できる人もいない。
私の心はいつの日か壊れていた。
旅行に行っても2人に愛はなかった、プロポーズされたのに……だ。
「ねえ、ここ韓国なんだけど」
「うるせえなぁ!今カジノで負けてるんだよ!これで負け続けたらお前のせいだからな!」
なんで私は今ここにいるんだろう、そんなことばかりだった。
ある日、堪忍袋の緒切れた。
私は彼に言い返した。それからは覚えていない。
とにかく私は殴られたので気が済むまで殴り返した。
次に目が覚めた時には……地元の病院だった。
私は顎の骨が複数折れて、目も痛めたのだった。
それはいい、体の痛みなんて既に私にとってはどうでも良いものだった。
それより……だ。
「家族に知られちゃった。」
こんなかっこ悪く苦しんでる私を家族が全て知った。
私の母親が家族に全てを言いふらしたのだ。
私は誰も信じられなくなっていた。
顎の骨が折れてるので間抜けな声で夜の病棟で泣き散らしたのだった。
スマホにはその男の着信が毎日30件ほど溜まっていた。
私はノイローゼになりそうだった。
どうしてこんなに私は不幸なのだろう、神に直接問いただしたいくらいだった。
私は病院を退院した。
実家に母親と姉と暮らすことになった。
ここも私を幸せにしてくれなかった。
「お前、いい加減働いたら?家族に迷惑かけてるんだよ。」
ズキ……
「ねえ、姪っ子の○○のお迎え行ってきて?」
「いいけどなんかあるの?」
「マッチングで男に誘われてるんだよね〜子ども邪魔だから。」
「わかった」
姉は高飛車で男遊びが好きだった。
そして機嫌が悪くなったら私の首を掴む姉だった。
「ねえ、○○……勉強したら?」
私は姪っ子に話しかけるが無視をされる。
私は姪っ子に懐かれていなかった。
ここに帰っても居場所は無いのか。
ある日私は男から荷物が送られた。
トラブルで無理矢理破局したので私は荷物を置きっぱなしだったのだ。
しかし、私は違和感を感じた。
タンス貯金の300万円がない。
私は彼のトラブルの為にせめてもとお金を貯めていた。
それ用の財布が丸々なくなっていた。
最悪だった。
私は貴重な2年という時間と300万円の現金がなくなり、うつ病を患ってどん底だった。
好きなことといえばそう……ワンピースを見ることだけが楽しみだった。
わたしもあんな大海原で冒険出来たらなぁ。
そんなことばかりだった。
私は……なんのために生まれてきたんだろう。
私は岬で好きだったバレエを軽く踊ってみたが体が動かなくなっていた。あんなに好きだったのに。
そんな時、私は岩に足を引っ掛けて海へと落ちていった。
あ、死ねる……やっと終わるんだ。
背景が黒く塗りつぶされて私の意識は消えていった。
☆☆
ザザ……ザザ……と波の音が聞こえる。
ああ、そうだよね。
そんなに簡単に死ねるわけないよね。
空は既に太陽が上り詰めていた。
「姉ちゃん!姉ちゃん!」
声が聞こえる。野太い男の声だ。
「ん……んぅ……。」
海水を飲んだのか水分不足を感じる。
気持ち悪さと頭痛が体を蝕んでいた。
「お!気がついたみたいだ!よかった!」
「ここは……千葉?」
私の住んでいる所は千葉県だ。
確かに南だとヤシの木があって南国風の景色が拡がっているがこんなに見事な砂浜はおぼえがなかった。
「チバ?なんだそりゃあ……ここはアルセリア王国のアークザラッドの港町だ!」
アルセリア?アークザラッド?
外国に来たのかな?
私は土地の知識はそこまで詳しくないのでこの時は本当にそんな国のそんな街が地球にあると思っていた。
「うぐっ……」
やばい……顎の骨折れてたところが悪化してる気がする。
激痛が顎を走った。
「なんだ?姉ちゃん顎が痛いのか?それは大変だ。おーい!シスターさん!来てくれぇ!」
男はキリスト教の女性のような人を呼んだ。
あれ、でも外国なのに日本語通じるってどうしてだろ?
そんな疑問をしてるうちに女性が駆け寄ってきた。
「まあ、この人昔顎を折ってるわ!その古傷が開いてるみたい。今水魔法を使って治癒するわ。」
魔法?ふざけてるのかな。
すると、女性の手から優しい光が差し込み、私の口元を優しく覆った。
「え……」
顎が治ってる。喋る時に感じる引っ掛かりを一切感じなかった。ボルトも入ってたのに。
「異物も入れられてたみたいだから治して転移させておきました。」
「ありがとう……ございます。」
「いえいえ、こんなになるなんて可哀想に。あなた名前は?」
「あやか…」
「あやかさん、珍しいお名前ですね。東洋のジハンの島国の名前に近いものを感じますわ。」
私は確信した。
ここ、千葉じゃない。
てか、日本ですらなく地球かも怪しいところに来ちゃったみたいだった。
昔読んだハリーポッターとかこんな世界線じゃなかったかな。
ってことは魔法使えるってこと?
「アバダケダブラ。」
「大丈夫?」
冷静に突っ込まれた。どうやら自分の好きなようには魔法は使えないみたい。
「どうやら、私はとても遠い国に迷い込んだみたい。私の常識が通用しないの。」
「そうなのね、まずは傷を治して心を落ち着かせましょ。」
シスターは終始笑顔だった。
私は彼女に何もしてあげられないのに……こんなに優しくされたの久しぶりだな。とても心が綺麗な人なんだろう。
「まあいいわ、ちなみにあなたはどこかの海から流れ
着いてきたの。それを彼が助けてくれたの。」
シスターは手を差し伸べると部屋の隅に男が座っていた。
彼は背丈は一般男性よりかは少し小柄で赤い髪をしていて歳は同い歳くらいだった。
「彼が助けてくれたのよ、途中で私を探してくれたのも彼。あなたは彼に救われたのよ。」
「シスターさん、そんな大それたことはしてない。
俺はたまたま見つけただけだ。」
「あら、エレノアさん。それにしては必死でしたわよ。助けてくれぇ!と大声で言ってたじゃないですか。」
「な!ちょっと……勘弁してくれよ。」
エレノアという男は顔を拭った。
シャイな人なのかな?きっといい人なのだろう。
「まあ、その……なんだ。無事でよかったよ。」
「こちらこそありがとう。エレノア。」
「ところであんたの名前は?」
「あやかだけど」
「なんだい、締まらないねぇ、じゃああんたの名前考えてやるよ……そうだなアイリス・フィオレンツァだな!」
え、なにそのネーミングセンス……
「アイ……なに?」
「アイリス・フィオレンツァだ!花の名前をイメージした名前だ。それに東洋人などと思われたらテロと間違えられる可能性もあるからこの土地に合いそうな名前にしておいた。」
「そうなのね、じゃあアイリスでいいわ。よろしく、エレノア。」
ピンとは来てないが彼は私の身を案じてくれている。
きっといい人なんだろう。
私はしばらく彼と一緒に暮らすことにした。
知らないことも沢山あるからね。
☆☆
「そういえばエレノアって何してるの?」
「そうだな……漁師とモンスターの賞金稼ぎをしているよ。」
「え!賞金稼ぎ!なんかゾロみたいじゃん!」
「ゾロ……?」
ちょっとビビッときてしまった。
ちなみに私は2025年の現代においてあの大航海の物語はフラミンゴの名前が入った敵で見てる途中である。
古来の友人からは10年遅れてると笑われたくらいだった。
そういえば、エレノアってあの海賊団の剣士に苗字似てる気がする。
「ねぇ!剣3つ持って戦える?」
「なんだそれ……2つまでならわかるが3つ目はどうもつんだ?」
「咥えて戦うの!」
「できるかそんなの!」
「えー!できないの?エレノア」
どうやら私の好きな物語とはかけ離れてるようだった。ガッカリした私はソファーに沿うように体重をかけた。
「ちなみに賞金って海賊とか捕まえたりしないの?」
「いや、お尋ね者はそんな対応しないよ。なんせ国がいくつもあるからな、憲兵などで治安維持は賄えてるんだ。」
「そーなんだ。海賊いたら楽しいのに。」
「お前は海賊になんの幻想をいだいてるんだ?貴族襲ったり旅行船襲ってる無法集団だと思うんだが。」
エレノアの見解は正しい、きっと海賊をいいイメージにしてる国は日本くらいである。
この世界は地球に比べたら海の割合が多い、故に移動手段は基本的に船である。
治安はそこまで良くはなく魔物がいて剣と魔法で戦う世界とのことだった。
「そういえば魔法で顎も治ったんだった。」
「あれは水魔法だな。」
「水魔法?」
「そうだ、人は水でできているから体内の水分を操作して治癒を早めることも出来る。」
「どうやるの?」
「そうだな……手をかざして水を絞り出してみるイメージを持つんだ。」
エレノアは私の手を取って指先を力を入れるようにした。
あとは、水をイメージしてしまえばいい。
すると私の指先から水が流れ出した。
「あ、出てる!」
「うん、魔力は使ったことは無いけど素質はあるみたいだね!」
「あるの!?ある??」
「うん、いい感じだ。」
どうやら水魔法は調べてみると全ての魔法の基本となるのだ。
水魔法に冷気をかけると氷になるし、水に物理魔法をかけると水冷弾になる、でも傷などの治癒は理解が出来なかった。
「シスターの魔法はわからないわ。」
「あれは特殊だ。水を活性化させて人の体の組織に繋ぎ合わせているんだ。傷口を一つ一つイメージしなきゃだから人体を理解する必要もある。」
「医者や看護師のようなものね。」
「イシャやカンゴシというのは分からんが基本的に病気や怪我は僧侶が対応をすることになる。」
まあ、理論は違うから生物学と科学で異なるってことか、同じ魔法でも勉強になるな。
「じゃあ、剣に温度をかけるとどうなるの?」
「俺はしがない剣士だからやったことは無いが……剣に炎がつくんじゃないか?」
「え、めっちゃかっこいいじゃん!やってみたい!」
「実用性がわからんがやってみてもいいんじゃないか?」
どうやらこの世界の人間は魔法は何となくあるけど理論までは細かく成り立ってないようで時折魔物が魔法を使うので真似して少しできるようになった人間はいるようだった。
私はバレリーナだったのでイメージして行動は得意だったので少しづつだか魔法が打てるようになっていた。
エレノアはどこまででも優しく教えてくれた。
晩御飯も作ってくれるし、街中を一つ一つ教えてくれるしこんなに優しい男も久しぶりだった。
「エレノア……お前良い奴だな。」
「なんだよ急に。」
「私のいた世界はね、男は否定するし手が出るしお金もとるしで怖い男が多かったんだ。」
「そっか、まあ色々あるよ。世界は広いもんな。」
「エレノアは否定してこないね。」
「まあ否定したところで何も生まれないからな、人が否定していい時は自分が間違えたときだ。」
エレノアは魚をつまらなそうに捌きながら言った。
彼はとても精神が達観している。
とにかく私の話をしっかりと聞いてくれるのだ。
私は間違えるし、ときおり失礼なことを言ってしまうのだが彼は苦笑をして流す。そのせいで何でもかんでも話してしまうのだ。
「ねえ、この世界はいい世界なのかな?」
唐突に疑問をぶつけてしまった。
漠然とした質問だ。彼も困惑したろうに……しかし少し考えてからゆっくりと話し出した。
「そうだな……この街は比較的マシなのかもしれないけど魔物は勢いを増している。東に行けば行くほど酷く飯も食えない人もいるくらいだ。」
「そうなの?」
「ああ、そうだよ。まあそうじゃなきゃ魔物なんてこの世界には蔓延らないからな。それに最近は強くなったみたいで戦争もあるんだ。」
「じゃあ、魔王を倒せばいいのかな?」
エレノアは間抜けな顔をした。
魔王なんて言葉がきっと無いのだろう。
「あははっアイリスは面白いことを言うな。でもいるかもしれないね。魔王なんて存在が。」
エレノアはやっぱり否定しなかった。
「エレノア……私には魔王がいたの。魔王は私の自由を奪い、何もかもを奪っていったの。あの世界では奴に勝てなかった。でも……もしだよ。もしこの世界にもアイツのように人を苦しめる奴がいるなら私は変わるためにも倒したい。」
「そうかい、じゃあそいつを倒したらアイリスの復讐になるのかもしれないな。」
エレノアはいつも笑っていた。
とても良い奴だ。
「エレノア……私と東の果てに行って魔王と戦ってくれない?あんたと一緒にいると私の心が見えてくるの。もっと昔から知り合いだったような、そんな安心感があるの。あんたとならなにかすごいことが出来そう。私のゾロになってよ。」
とても漠然とした誘いだった。
根拠もクソもない迷惑でしかない誘いだった。
「ああ、いいよ。俺もやりたいこと無かったしな。ただ結局そのゾロっていうのはわからんけどな。」
エレノアは正真正銘、私の仲間になってくれた。
その日から私の船旅は始まった。
☆☆
私はまずは役割を決めた。
私は後方の魔法使いで、
エレノアは剣士としてやって行く。
ちなみに船は小さいボートでしかないので食料を7日分用意した。
そして装備である。
エレノアは和神流の剣士ということで敵の攻撃をいなしたり、カウンターに特化した剣流である。
そのため彼は太刀の様な細長い剣を好んでいた。
私はと言うと弓矢を使っていた。
弓道の友達と遊びでやっていたので火力としては使いやすい弓を買った。
その後は麻で出来たマントなどを背負っていかにも安そうな装備であった。
「じゃあ、作戦会議をしていこう。」
「よろしくね。」
「まず、俺らにはボートしかないのでエルミオーネの街をめざす。そのために生活費を稼ぎながら装備を変えてやった行くんだ。ちなみに7日もあれば着くことが出来る。」
「そうね、私らにはまず金の問題があるのよね。」
「ということでまずは夜に出るゾンビとスケルトンなどの狩りやすく給与の高いモンスターを1ヶ月にかけて狩っていくぞ。」
どうやらエレノア曰くこれで日本円に換算して30万程稼げるとの事だった。
2人で折半で15万円……、まあコンビニバイトくらいにはなるか。
なんだかんだ宿も高いからねぇ。
エレノアはたまに適当な時があるが頼りになる男である。
ちなみにギルドの登録は私が座礁して次の日にはエレノアはやってくれていた。
なんで田舎で剣士としてダラダラやってたのだろうと疑問におもうくらいだった。
こうして私たちは夜まで待って部屋を後にした。
☆☆
それからは地獄絵図だった。
ゾンビは夜に自然発生しているようで倒してもキリがないくらい襲ってきた。
背丈は170ほどのゾンビがゆっくりと集まってくる。
歩くのが遅いので撒くのは簡単だが油断をすると強い力で襲ってきた。
「きゃあああ!ちょっと!エレノア!これヤバくない?」
「まあまあ、見てなさいって。」
エレノアは袈裟斬りで4体切り落とした後に刀を納刀し、敵の攻撃を見切り切りながら回り込むと相手はミンチになっていた。
次の敵を突き刺しその勢いで上へと飛びながら着ると半径5メートルの敵は粉微塵になっていた。
おー……まあ強いわね。
ゾンビやスケルトンは普段から倒してるようで手馴れてるようだった。
「アイリス、目の前に水を貯めて質量を移動する出力を高めてみて?」
「た……高めるって……んー、集中集中……はああああ!」
すると消防の水よりもパワーのある大玉の水が勢いよくスケルトンを粉砕した。
「すごい!たのしい!」
「でしょ?アイリスはすごいよ、魔法の才能あるのかもしれない。」
実際すごくスカッとする、ボーリングのような感じだった。
弓矢はゾンビの足止めにしかならないがそこをエレノアは刀で蹴散らしてくれるのでお互いに相性が良かった。
「ちなみに報酬はどれくらいなの?」
「そうだな……ゾンビが5体につき銅貨1枚くらいかな。」
つまりは1000円くらいなので1体200円である。
そこそこ割のいいバイトなのだ。
時給換算でエレノアだと3000円は行くんじゃないだろうか。
私は一体倒すだけで10分くらいかかるというのに。
少し体も疲れてきた。
魔力は限りがあるので睡眠か魔力の水を補給する必要がある。
一応何もしなくても少しは魔力は戻るようになっているがそれも雀の涙だ。
「私は……よわいな。」
「いやいや、アイリスは才能あるよ。」
いつでもエレノアは明るい。でもお世辞に聞こえるからちょっと傷つく。
「アイリスは魔法の契約を試しにやったけど一通りできるってことがすごいなって思うよ。」
「その魔法一切使えないんだけど。」
旅に出る前にエレノアがいくつも書物を買っては魔法陣を書いて契約をしたが魔法はひとつも身につかなかった。何がしたいのだろうかいっさい読めなかった。
「あれ、才能によっては契約すら出来ない人が大多数だよ。」
「え、まじ?」
「まじだよ、だからこの戦いは少しハードだけど能力をあげるためにやってるんだよ。」
早く言ってよバカ。
エレノアは頭がいいんだけど……肝心なところが抜けてる気がする。
試しに熱をあげて見てみ?
熱をあげる?氷結とは逆の力を働かせればいいのかな?
目の前を集中すると炎が小さいがでてきた。
「あついっ!」
「炎魔法だね。いい感じだ。基本的にこの理論を応用すれば魔法はだいたい出来るもんだ。」
ちょっと私は疲れていた。
「あんたは魔法つかわないの?」
「ああ、使えん。本は沢山呼んだけど俺は才能がなかったみたいだ。」
どうやら魔力は生まれ持っての才能らしい。
エレノアは一切できなかった。
力を込めてもただ時間が流れてるだけだった。
気がついたら……夜が明けていた。
☆☆
「討伐報告ありがとうございました。それではこちら銀貨2枚と銅貨6枚です。」
私たちは2万6000円分を手に入れた。
とても新鮮な経験だった。
初めての魔法が使えて、ゾンビを倒して……
鬱で実家では味わえない充実感に溢れていた。
体は既にボロボロだった。
背後のゾンビに引っかかれたりしていた。
エレノアも空腹で動きが途中で悪くなっていた。
そして、ギルドの横にある酒屋で1杯乾杯する。
「乾杯!」
料理が並んでいた。これは豚肉の肩ロースを使ったステーキにトマトのミネストローネ、ライ麦パンと牡蠣のアヒージョだった。
お酒は味わいはビールに似て炭酸のようなものもあった。
疲れた体に染み渡る旨みが脳内麻薬をさしていた。
「美味しすぎる……」
「だろ?働いたあとの飯は美味いんだ!」
エレノアはにししっとわらった。
私はアイツと付き合ってからしばらくして仕事を辞めた。
その後は病院に行って、実家ではろくに働かなかったので約1年半ぶりの労働だった。
「働くのも悪くないね。」
「まあな……、とりあえず初任給だ!バンバン頼みな!」
私たちは宴を楽しんだ。美味いものを食い美味い酒に酔う、こんな素敵なことは無いのだろう。
しばらくしたら一日が過ぎ去り、次の朝になっていた。
☆☆
「……ねぇ、報酬どころか貯金も無くなってない?」
「あ、いやぁ〜うーん。」
エレノアは目が泳いでいた。
「ちょっとあんた!明細見せなさい!」
「あ、それは……」
エレノアと私は大食いだし酒豪だったのでツケまで行ってしまった。
10万くらいかな。
「エ、レ、ノ、ア〜!あんたもしや……」
エレノアは強いし頭もいいし人当たりも良い。
欠点としては……
「ま、まあ頑張ろうぜ。次の島には行くからさ……な!?」
金遣いがとても荒くツケ払いまでしていたのだ。
酒が回るとどうにも金銭感覚が悪くなるみたい。
「しばらく飲むの禁止ね。」
「そ、そんなぁー!」
明日も働く羽目になった。
急いでペースをあげなくては行けない。
エレノアは酒が回らなければすごく良い奴なのだ。
私もお世話になってるしここは大目に見ておこう。
☆☆
私はクエスト表を1個1個確認した。
エレノアは強い。少し高単価の仕事をしてもいいのかもしれない。
例えば……
アークザラッドの洞窟の探索なんてどうだろうか?
モンスター報酬はその都度行い、探索報告は20万円ほどだ。
食料の支給もある。これは美味い。
「いやダメだ。」
エレノアは冷静に却下した。
「これ、エレノア行けるでしょ。」
あんなにゾンビを倒せるのだ。洞窟を行って回る位は出来るのだろう。しかもこれは王国からのクエストとなっている。
待遇がとても良いのだ。
「ゾンビのクエストは暫くはないわ。」
「ぐぬぅ……まあそうなんだが。ほかにないのか?」
「ジャイアントトードの討伐がゾンビの10分の1の単価であるくらい。」
ゾンビは自然発生するが一定の量しか発生しないので一昨日のクエストでしばらく落ち着いた。
それに乱獲防止のために動物系モンスターは地域ごとに討伐数は設定されている環境保全もあるのだ。
「んー、んー……」
エレノアは悩んでいる。あと一押しで押せそうなんだけど。
「クリアしたら酒の禁酒も考えてあげるから!」
「ほんとだな!行くぞ!」
あっさりとエレノアは了承した。
どんだけ酒好きなんだよ。
私らはギルドに出動の書類を提出しクエストに乗り込むことにした。
☆☆
ここがアークザラッドの洞窟か……
アークザラッドの洞窟は渓谷と洞窟が合体しているのでとても大きな洞窟だ。
それにゾンビの発生元はここの奥からだと聞く。
根絶すれば平和が来るので追加報酬も設定されていた。
ゾンビは農産物をこわし、被害を与えるのでとても嫌われている。
王国から金は出しているが無限に湧くので国が貧しい原因にもなっているのだ。
「ゾンビ……多いわね。」
正直これだけで20匹分くらいはいる。
私だけだと一溜りもない。
「まあ、その時はこうするんだ!」
エレノアは煙幕弾を真ん中に投げて煙に包まれた。
エレノアはとうっとと乗り込む。
するとゾンビは一瞬で肉片と化した。
「まあ、こんなもんだ。」
「うん、あんた考える前に行動するのやめて、めっちゃびっくりするから。」
エレノアはたまに衝動で動いてるんじゃないかなと思う時がある。
気がついたら行動してるタイプだ。
MBTIだとENFJ(主人公)とかかな?
ちなみに私はINFP(運動家)です。
洞窟はどこまでも広い空間があり、ゾンビは時折出るのだがその都度エレノアが対応をしていた。
しかし、途中で足が止まることもあった。
あのゾンビ……色が違うし体格もでかい。
「あれは、ゾンビロードだな。」
ゾンビの長……という所だろうか。
確かに強そうである。
しかし私もゾンビと対峙をすると強くなるのを実感した。
「あれで行くわ。」
「あれな。」
私は手元の温度を上げて炎を生み出し空気の流れを作ってゾンビロードを巻き付け、炎の閃光呪文を作り出していた。
すると、あたりのゾンビまで燃えてくれるのだ。
ゾンビは火に弱い、私にとってゾンビはもはや敵ではなくなりつつあった。
ただ、ゾンビロードだけは少し顔を眩ませる程度だった。
まだこいつは倒せないか、と思ったらエレノアが突っ込んで言った。
「とぅおりゃあー!」
刀を横に切り、相手に傷をつける。
ゾンビロードはパンチをするが刀で翻し更にきりつけ一回転してゾンビを切りつける。
「アイリス、俺に炎の呪文かけてみて!」
「え、こ……こう?」
私は炎をエレノアにかけると刀で炎を受け、刀は炎をまとっていた。
「サンキュー!」
エレノアは刀をさしてゾンビロードの脳天をたたっ斬るとゾンビロードは真っ二つになっていた。
「あんた……ほんと強いね。」
「まあまあ、ある程度経験するとこんなもんよ。」
ちなみにこういったモンスターは亜種ともユニークモンスターとも言うみたいであった。
亡骸からは光る石があった。
「これは……」
「これは……サファイアだな。」
「なにそれ。」
「錬金とかするとユニーク魔法を付与できるんだよ。こいつらもこの石で突然変異してるんだよ。」
どうやらこれを使うとより才能が開花したり武器が強化するようだった。
「ちょっとやってみるか!ほれ!」
エレノアはサファイアを私にかざして目を閉じた。
瞬間……私の体から力がみなぎるようだった。
「魔力が込み上げてくる。」
「魔力回復が早くなるのか、これは凄いぞ。魔力が尽きることが無くなったみたいだな。」
試しに炎魔法を10発同時に撃ってみた。
炎がゾンビの群れを一瞬で蹴散らした。
私はこれでバテてるはずだけど……
「疲れてない。もっかい撃てそう。」
体は元気だった。どうやら当たりだったようだ。
私は偶然でとても強くなっていた。
それからは、ゾンビを見つけても私が炎魔法で一網打尽にしていた。
「めちゃくちゃつよいじゃない、これ。」
「これならサクサク進むな。よし、もうすぐ深層だぞ。何がいるかわからない。気をつけるんだぞ?」
「ええ、この調子で行きましょ!」
☆☆
私たちは渓谷の深層に近づいていた、辺りにはマグマが吹き荒れている。
水の音が静かにしたたり綺麗な石があった。
すると、不思議な穴があった。
紫色のオーラに包まれた穴だった。
「あれ……なんなんだろうね。」
「さあ、なんなんだろうな。」
エレノアは雑に答える。かなりシリアスな冒険のはずなのにこの男がいると妙に緊張感が薄れてしまう。
きっと何があっても対応出来てしまう自信があるのだらう。心強くもある。
すると、穴からゾンビが次々と穴から出てきた。
「え!もしかしてあれって!」
「あの穴がゾンビの発生源だったんだな。」
そう、あの穴はゾンビのゲートだったのだ。
平和な地域なのに妙だとは思ったのだ。
ゾンビたちはあそこから現れていたのだ。
「じゃあこれをぶっ壊せば……」
「金貨2枚は確定だな。」
「アツすぎる!次の島に行けるじゃない!」
私は魔力を込めて穴をめざした。
ひとまず呪文で壊れそうなのだ。
すると、不気味な声が鳴り響いた。
ぐおおおお……
「なんか、やばい声しない?」
「んー、ゾンビロードとは比べ物にならないやつだな。」
すると、穴から骨の手が出てきて、それを突き破るように魔物がでてきた。魔物は体が骨と肉片からなっており、四足のドラゴンのようだった。
「きゃあああ!なんかでた!!」
「ゾンビ……ドラゴン、ドラゴンゾンビかな?」
ドラゴンゾンビは20メートルはありそうな巨大な体格をしていた。
「ぐおおおお……貴様ら何しにここに来た。」
「喋ってる!」
「喋ってるな。あ、えーっと金稼ぎに来ました。」
「そうか、私はドラゴンゾンビのザラード……ゾンビの王である。」
「そんな奴がこんなところで何してるのよ!」
どう見ても安全なやつでは無さそうだ。私も警戒モード全開で対峙する。
「始まりの街アークザラッド……ここは西の最果て故に魔王様の侵略が遅れてる場所、私は魔法陣でゾンビを送り込み少しづつ弱らせる予定だった。」
「なるほどな、そりゃあ急に現れたと思われるわけだ。幸いそのおかげで俺は生活に困ることは無かったんだがな。」
どうやらここ数年からゾンビが来ているようだった。
「とりあえずいくよ!つぅおりゃぁ!」
炎魔法を10連発して先生を仕掛ける。
「ぐおおおお!ぐぬぬ……なかなかの手練だな。いや、これはユニークスキルか。」
ザラードも炎が苦手なのか苦しそうだった。
あれ、見た目怖いけど……行ける?
と思ったのもつかの間……ザラードは長い爪で引っ掻いてきた。
すると、エレノアはそれを刀で受け止める。
「おっと……待て待て、こいつ結構早くないか?」
確かにゾンビのくせにすばしっこい私も喰らってたら一溜りもなかった。
「どうするの?」
「そうだねぇ、あいつ炎の弾幕でダメージ受けるけど決定打にならない。」
「まあそうでしょうね。」
「アイリス、今の炎の玉を最大限まで貯めれないか?」
きっと火力を限界まで上げてトドメを刺したいのだろう。
「あんたの刀はどうなのよ?」
「俺の銅の剣じゃ刃こぼれするだけだ。」
「あんた、銅の剣で戦ってたの!?」
どうやらこの街は最初の街なので武器工房が発展してない故に彼の武器は弱かった。
ゾンビは肉だがザラードは骨なので銅ではお手上げみたいだ。
「ごちゃごちゃとうるさいわァ!ゾンビの餌にしてくれる!」
じゃあ、あとは任したぜ。といいエレノアはドラゴンゾンビと格闘をしている。
刀が弾かれているのでとても戦いづらそうであった。
私は詠唱を唱えながら限界まで炎を大きくする。
ザラードが体当たりをしてそれをいなし、刀をぶつけるもやはり弾かれる。
圧倒的に不利である。
私の炎は魔力が許すまでどんどんと膨れ上がり気がついたら、太陽のような眩い火球へと変わっていった。
両者拮抗してるように見えるがエレノアは徐々に押されてきている。
初期装備を技術で何とかしているようなの力の強いモンスターは難しいようだった。
よく見ると、少しづつダメージを食らっていて額には血が流れていた。
やばいやばい……エレノアがこのままじゃ死んじゃう……
そんなことを考えると火球はさらに膨れ上がっていて、ザラードはこちらに気がついたようだった。
「やれぇっ!!!」
いつになく真剣なエレノアが叫ぶのと同時に火球を飛ばした。
「ぐ……ぐおおおお!ゴールド様ァ!」
ザラードは跡形もなく消え去った。
魔法陣もろとも吹き飛ばすと、魔物の気配はほとんど無くなっていた。
「はぁ……はぁ……やった。」
「いやぁ、とんでもない奴がいたもんだ。」
私とエレノアは地面に背中を預ける。
やばかった、とてもやばかった。
私たちは想像以上にでかいクエストをクリアしたみたいだった。体は重く、しばらく寝込んでいたが脱出の瓶を使い私たちはダンジョンを後にした。
☆☆
「クエストありがとうございました。」
受付の女性は満面の笑みで話していた。
「今回は魔法陣の解決、首謀となるモンスターの討伐、そして洞窟が採掘価値の高い鉱山であったのでそれらも含めて金貨5枚を贈呈します!」
すごい……金貨って1枚10万円だから50万円か。
私たちは付けを払い手元に40万円が残った。
そのうち10万円を使い、エレノアの装備の改善をして30万を次の島の運賃へと使った。
一先ず目標は達成されたのだった。
食料も十分にある。
「これでやっと次の町へと行けるわね。」
「そうだな。お手柄だったよ。」
「そうね、でもあんた銅の剣はふざけてるわよ。」
「酒代に使っちまうんだよなあ」
「あんたね……」
ははっとお互い笑った
今日は潮風が心地よく、鴎も甲高い声を鳴らしていた。
「行くわよっ!次の島へ!」
船は帆を張り、真っ直ぐと風に委ねて進んで行った。