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ケイジー・ストレイト・アヘッド  作者: 刀根 貴史
9/19

世の中そんなに甘くない

『楽器、始めたいんだ。だから・・・』


『ラグビーじゃなくて、サックスを・・・』


『ジャズって良いよね。オシャレだよね。だからさ。。』


 何度考えても、ついこの前にバイクを買ったばかりの薄らデカ男に、再び親から楽器を買うための資金を援助してもらうための気の利いた言葉が見つかる訳もなく・・


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「えーと、マッピと合わせて、54万円だね。」


「??!?!54マン??!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ヴィンテージってのはただの「中古」とは違うんだとさ。


 夕方の雲雀丘花屋敷の駅は、黄昏時。物思いにふけるには丁度良い。


 夕日を背中に山側の家に向かって歩いていると、一匹の猫が自身との間隔を維持しながら後ろを付いてきていることに気付いた。


 ??


 歩くのを止めると猫も止まってじっとこっちを見ている。白と黒の斑模様。片目が黒で囲まれていて顔全体は白。


(・・・カネヲクレトイエ・・・)


 え???どこからかそんな声が聞こえたような、不気味な雰囲気に街が囲まれているようだった。ふと回りの家を見ると、視界に入る全ての家の窓から猫がこっちを見ていた・・・


・・カネヲクレトイエ・・・・・カネヲクレトイエ・・・・・カネヲクレトイエ・・・・・カネヲクレトイエ・・・・・カネヲクレトイエ・・・・・カネヲクレトイエ・・・


 耳鳴りのように頭の中に直接聞こえてくるような・・・・そんな声が何重にも重なって、気付けば叫びながら走っていた。


 山の上の上の上、どうやってこんな急な坂道を作ったんだと毎日呪って来たけど、今日ほど呪ったことは無かった・・・いや、呪い過ぎてこんなことになったのか・・・


 最後の急坂を上り切り、伊丹から尼崎を超えて大阪が全貌出来る高台にある自宅に到着。


 バタン!!!!


 勢い余ってとてつもなく強く玄関のドアを閉めると、シャム猫がプリントされたエプロンを付けた母さんが居た。


「母さん!金をくれ!」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 父と、姉と、母との4人で食べる晩御飯。姉の下に大学生の兄も居るのだが、京都で下宿をしている。


「で、54万円って、どれくらいかわかってるのか?」


 父は、母親特製のおからの煮物を頬張りながらなんだかなぞなぞのような質問をしてきた。


「1万円札が54枚」


「ほう、では千円札だと?」


「540枚。100円だと5400枚」


「ほうほう、よくわかってるじゃないか!母さん、奏汰にやったらどうだ、54万円。」


「そうだね・・・ってなるか!バカ!」


「あんたこの前バイク買ったばっかでしょ。」


 母と姉の攻撃が始まった。


「それは今までのお年玉とかお小遣いとか、自分で溜めたお金で・・」


「何?無くなったからくれって??何言ってんのよ!」


「・・・なら良いよ・・」


一連の話しが終息し、世の中そんなに甘くないよなと諦めて、テレビから流れるクイズ番組の音が大きく聞こえた時だった。


「楽器・・かあ。不思議なもんだ。」


 父が少し斜め上を見ながら呟いた。


「不思議?」


 素朴な疑問を呟き返すと父は徐に立ち上がり、戸棚の中から一枚の写真を出してきた。


「ん、これ」


「??」


「これ見ろ。」


 そこにはウッドベースを抱える長髪の20代位の・・・


「父さん??!!」


 先に姉が驚いた。


「何これ?こんなの初めて見たんだけど。」


「ああ、見せてなかったからな。」


 確かに面長の顔、ひょろ長の体、サボテンが小さくプリントされた変なTシャツ。父の面影があった。


「へ??何?楽器してたの?」


「うーん、ちょっとな。」


「え?母さんも知ってたよね??」


 ふと見ると母は既に席を立ち、台所の方に歩いていて、なんだかうんざりしているようだった。


 ウッドベース、チャリオでは富田さん(F年)が担当していた。4分音符の低音が心地よく部屋中に響いていたのを思い出した。


 気付くと父が写真が置いてあった棚の後ろに手を伸ばして、何だか小さな鞄を出した。


 その中をしばらく弄った父は、一瞬笑ったように見えた。


「これ、60万ある。楽器が54万。マッピとリード、ストラップ、チューナーもいるだろう。」


 え??と1万円札が60枚・・・声が出そうになった。


「但し、返せ。半年以内だ。」


「あんた、なんでも良いから割りの良いバイトしないとね。」


 姉が目を見開いて嫌味のように言った。


次の日の月曜日、4限終わりに再びPYUO楽器に向かい、一式を購入した。


 テナーサックス:フランスセルマー マーク VII

 マウスピース:ベルグラーセン

 リード:ヘムケ 1/2


 肩から掛けられるセミハードケース。

 

 チューナーはマスターが「おまけ」と言ってケースに入れてくれたのだが、「おすすめがある」と言われたメトロノームは「Dr.Beat」という聞いたことも無い物だった。


「海老川君でも坪内君でも関学軽音なら皆使い方知っているから聞くと良いよ。」


 あとで知ったのだが、サックスやドラムの演奏音で普通のメトロノームの音だと聞こえなくな事があることや、八分音符や16分音符のを小さく感じたい時などに、それぞれのビートの音の音量を繊細に調節できるらしい・・・しかしDr.Beatという名前が何とも海外製な感じがした荷物の多い月曜日の夜の・・・・・急な坂道だった。


(・・・・カネヲカエセ・・・カネヲカエセ・・・・)



次回:マッサージバイトは世の中の縮図??


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