チャリオ1994
部室に入ると、先輩たちは椅子と、手作りなのか、ペンキで塗装された譜面台を並べていた。
「見学の人は、その辺に座ってね。」
石川さんに促されて座った黒板下の椅子兼用の横置きした棚。
「ピアノの新川さんはD年さん。同じ高校出身なんだ。」
6人の見学者に、あの情報屋も居た。
「藤川・・隼人」
「そうだよ。奏汰の横に座ってた隼人だよ。」
「高校からこの、ビッグバンドをしてるの?」
「うん。管楽器と言えばどうしても吹奏楽のイメージなっちゃうんだけど、ジャズ研、その中でもビッグバンドジャズをやってる高校も、少しはあるんだよ。俺はそこ出身。ピアノの新川さんもね。」
「ふーん。」
小柄で髪の長い女性、ローズの後ろの壁に向かって置いたピアノでドラム、ベースと音を合わせていた。
「とりあえずチューニングよろしく。」
「あ、」
「おう、バリトン君。」
さっき5階でスピッツを歌い損ねた沢入さんがギターを抱えて、そしてバンドメンバーに向かって高い椅子に座っていた。
「まあまあそんなに緊張しなさんな。これがビッグバンドよ。」
部室の奥にはドラム、壁側にベース、その前におそらく沢入さんが演奏の時に座るためのギター用の椅子。その横、部室の扉から遠い方からトランペットが4人、その前にトロンボーンが4人、最前列にさっきパー連を見せてくれたサックス5人が座っていた。
「とりあえずチューニングよろしく。」
沢入さんがそういうと新川さんは何かしらの音を出して、サックス隊の真ん中に座る石川さんが同じ音を吹いた。
「チューニングB♭・・・」
「??え?全く楽器のこと知らないんじゃないの?」
隼人が驚いて聞いた。
「いや、まあこの音はわかるというか、聞いたことがあるというか。」
「変なやつだな。別にいいけど。」
石川さんの後に管楽器全員が同じ音を吹いて、始めあった音の濁りが徐々に澄んで行くのがわかった。
「OK!では、本日は新入生の見学もありますが、皆さん存分に肩に力を入れて参りましょう。」
テナーサックスの古賀さんが変な音を一音出した。
「ありがとう。わが友よ。」
「早く初めてください!」
トロンボーンの女性が沢入さんに怒りのつっこみをぶつけた。
「おうおう、長野さんは今日もご機嫌よさそうで・・・。では一曲通そう。えーと、『Switch in Time』行こうか。」
チッ、チッ、チッ、チッ・・・坪内さんが足で踏むシンバルでリズムを取りながら、ワーン
トゥー、ワン・・・までカウントするとすぐに管楽器の音が順に増えて、ベース音は軽快に雰囲気を作って、ドラムがトンとやればトランペットがパーンと。そんな感じだった。途中に長野さんのトロンボーンソロがカッコよくて、その合いの手にサックス、トランペット、徐々にまた全員で盛り上げて、次のピアノソロに繋げた。さっきとは変わってメゾピアノな合いの手は、ピアノを引き立たせる。ピアノソロ終わりには、曲の始めのメロディーをもう一度。最後は全員でバーンと終わった。
気が付くと、見学者全員で拍手をしていた。
「いやいや、ありがとう。でも毎回そんな拍手してたら大変でしょうし、別に良いですよ。」
沢入さんが見学者を気遣ってくれた。
「まず、入り。この曲はここでコケると後で収集がつかないので、またイントロ部隊で合わせておいて。で、バッキングがいちいちズレるね。合わせようとして縦にリズム取るとノリが変になっちゃうから、お互いの癖というか、丁度良い所みたいな部分を感じてしみ込ませてよ。富田ーー、坪内のハイハット、重めかな?」
「うーん、こっちでは4つ入れやすいよ。」
「富田がノリ難くないならいいや。」
沢入さんが各パートの気になる点を指摘して、みんながそれを修正する。
「コ・ン・マ・ス・・」
となりから隼人がひそひそ話しかけてきた。
「何?」
「沢入さんがコンマス。コンサートマスターっていって、今年のチャリオの音をまとめる人」
「ああ、そう言うのか。」
「じゃあ次は・・・」
そうやって、順に一曲一曲演奏しては確認してを繰り返しながら、あっと言う間に一時間半が立ち。初めて聞く言葉も多かったけど、隼人のヒソヒソ解説にも助けられながら。
「はいよ。今日は見学者もいるし、スウィングテーマで終わろうか。」
トトン、と坪内さんが「スネア」を叩くと、ベースの富田さんが「イン」。新川さんはピアノで適当に「オブリ」つつ、それをバックに沢入さんがマイクを持つ。
「えーー新入生の皆さん、本日はどうもご見学ありがとうございました。チャリオのアンサンブルは土曜16時半からと、水曜19時から21時までの週二回です。入りたいなあって人は是非声かけてね。オリテンも頑張るのでよろしく。では、KG Swing Charioteers !でした!」
そう言うと管楽器の人は全員立ち上がり、軽快なメロディーを吹きながら見学者にお辞儀をしてくれた。
「スイングテーマ。チャリオのオリジナル」
「そうなの?!」
「そうだよ。なかなかこういうのあるバンド無いよ。」
なんでも知ってる隼人だった。
演奏が終わると次のバンドが部室の外で待っているらしく、先輩たちの片付けを手伝った。
「市山君!」
「はい?」
振り向くと、石川さんと海老川さんが居た。
「明日暇?」
「明日ですか??特には何もないですけど・・・。」
「よし、楽器見に行こう。」
「え?楽器」
「そう楽器。色々吹きに行こうよ。」
そんなこんなで、翌日11時に、梅田ビッグマン前に集合することになった。
次回:楽器屋に行こう。