初めての部会
プラザにバイクを停めて、ヘルメットを後部座席の横に掛けた。土曜日の学校は基本的に授業はなく、部活やサークル活動が理由で来ている人がいる程度で、平日に比べれば随分と静かなんだなと感じた。
12:55
ビッグママ横の外階段から2階ホール前を通ってそのまま4階へ。軽音楽部の部室前には大勢の人がいて、「すみません」と話しかけると、「C年くん?」と聞かれたので「はいC年です」と答えた。
道を開けてもらってそのまま部屋の中に入ろうとしたのだが、すでに部室の中も人が一杯で、部屋に入って一番入口に近い所に座るように促された。
自分と同じくC年っぽい人が15人くらい固まって地べたに座っていて、その横、入り口から奥の方にもうひとかたまり20人くらいが座っていた。
「隣はD年さん。前にいるのがE年さんだってさ。」
隣に座っていた細身の男子はヒソヒソ声で教えてくれた。
部室の前方、下手のアップライトピアノの横、テーブルかと思ったら鍵盤楽器。後で知ったことだが、ローズピアノというエレクトリックピアノだ。その真ん中に立つ人がマイクを持った。
「1時になりましたので、部会をはじめます。」
なんだか重々しい雰囲気で始まったが、今後予定されているイベントの連絡が主で、それなりに楽しそうだった。
なんでも4月の3週目の土曜日にC年とD年のコンパ、「CDコンパ」があるだんだとか、5月の2週目の土曜日には全学年での新歓コンパがあるんだとか・・・なんだか飲み会の話しが中心だったけど、来週プラザで開催される予定のコンサートの話しになると空気感が一気に変わった。
「オリエンテーションコンサート 出演バンドは、1組目、ベジタブルブルース!」
部屋の外、入口付近のパイプ椅子に座っていた明らかに最上級生達を中心に、盛大な拍手で祝福されていた。
「バンドマスターの影月さん、一言お願いします。」
入口付近に立つ革ズボンのいかにもミュージシャン風の男の人に、部室の中からマイクが渡された。
「どうも!ベジブル、影月です!今年最初のコンサートに出演依頼ありがとうございます。今年一発目のライブ、一緒に盛り上がろうぜ!」
部室の内外に大歓声と拍手喝采が広がった。
「外にいる人はみんなF年さん。影月さんは去年の部長さんだって。」
細身の情報屋がまたもや教えてくれた。
「で、今の部長さんは、さっき出演バンドを紹介していたあのローズの真ん中の人。奥井さん。」
「詳しいね。」
「高校生のころから関学軽音に入りたかったからね。」
そういう新入生もいるのかと少し驚いたとき、奥井さんは、再び話しはじめた。
「次の出演バンド、2組目は、KG Swing Charioteers 1994!」
「ビッグバンド。」
「ビッグバンド?」
「そう。自分はこれに入りたくて来たんだ。」
入る?バンドって組むんじゃないのか?と考えていると、再び部長の奥井さんから話しは振られた。
「バンマス、黒田さん、お願いします。」
「はい、チャリオ1994! バンドの歴史に恥ずかしくない演奏をしたいと思います!」
その後も何組か出演バンドが紹介されて、バンドマスターから出演の豊富みたいなものを部員に伝えていた。
「今回のオリテンライブの出演バンドは以上になります。各ヤーボもしっかり準備をお願いします!」
ヤーボってなんだ?と思っていると、隣のD年の人たちが一斉に勢いよく返事をした。
「では、今日は新入生が続々と来てくれていますので、自己紹介をお願いしたいと思います。」
奥井さんとは反対側、上手側の大きなスピーカーに腕を載せている人からマイクがこちらの方に届けられた。
「では、順番に自己紹介をお願いします。名前と、学部とパート、あと好きなミュージシャンとか。」
パート?これまた分からない単語で混乱しかかっていたが、とりあえず1番目ではなさそうだったので、少し様子をみることにした。
「あ、商学部の阿部海星です。パートはギターで、ジミヘンが好きです。」
「経済学部の西神雄大です。ピアノとキーボードです。好きなミュージシャンはビルエヴァンスと、矢野顕子です。」
パートは楽器のことか・・・とか考えているのは僕だけなのかもしれないけど。
「次、そこのジージャン・ジーパンの・・」
「あ、はい!」
そういって立ち上がると部室に驚きの声が広がった。
「・・・でかいね・・。」
「すみません。」
「いやいや、謝らないで良いよ。自己紹介してくれる?」
「はい、市山奏汰、社会学部です。パートは・・・・サックスです。」
「サックス?!?!何サックス?!」
部室の外のF年から、予想外の質問だった。
「何サックス??あ、えーと・・・・」
「バリトンです。」
「え??」
部室の正面、下手側のスピーカーの前に居た石川さんが突然僕への質問に答えた。
「バリトンかあ!そりゃ良い!」
予想外の先輩は、予想外にバリトンなるものを喜んだ。
「で、好きなミュージシャンは?」
部長から、早く終われとばかりのテンションでもう一つ答えるべき案件の勧めがあった。
「あ、えーと・・・ミスターチルドレンです。」
部室内に不思議な空気が流れた。これまでの人生で感じたこともない空気は、僕自身のことも困惑させた。
「あの、何か問題でしょうか?」
「いや、良いよな、ミスチルのバリトンサックス」
奥井部長の一言に軽音楽部全体が爆笑に包まれたが、僕にはなんとも言えない感触だった。
やっぱり場違いだったのだろうか・・・・そんな思いのまま冷たい部室の床に再び座った。
「文学部の稲野恵子です。パートはボーカルで、UAが好きです。」
自己紹介の最後が、「情報屋」だった。
「経済学部の藤川隼人です。トランペットです。スティービーワンダー、アースも好きですが、ビッグバンドがやりたくて来ました。ベイシー、バディ・リッチ、ルイベルソンも好きです。よろしくお願いします。」
何だか先輩たちも関心しているようだった。そうか、「外タレ」の名前を言った方が良かったのかと見当違いな思考をしつつ、とりあえず部会が終わった。
自己紹介したC年は副部長の所に集まるように言われて。
「副部長の海老川です。入部しますか?であればここに名前を。」
と出されたノートに名前を書いた・・・入部した。
「経理の彼女の所に言って話しを聞いてください。」
と指を差された方向に、笑顔の石川さんが居た。
石川さん方向に歩いていくC年男子が若干ニヤついているように思えたが、石川さんは笑顔のまま容赦しなかった。
「入部金1万円、今年1年分の部費、4000円です。今お持ちの方はお願いします。」
1万4000円????そういうのがあるのか?と思いつつ、藤川隼人はすでにその1万4000円を準備済で、涼しげに支払った。なんだかそれが少しカッコよく見えて、石川さんは満面の笑みで、そしてみんな払い始めた。
財布がカバンの中でどこかわからなくなって、もたついている間にどうやら最後の支払いになったらしく、なんとか手持ちの全財産で支払いを終えると石川さんがさらに笑いながら話掛けてきた。
「入部ありがとう。市山君、なんかさっきのはさ、この部のよくないとこだよ。J-POPを馬鹿にしてるっていうか、洋楽、JAZZの良さが分かんないやつだだめみたいなさ。
「はあ、まあ気にしてないです。」
「まあ、これから市山君ことはミスターバリトンと呼ばせてもらおうか。とか言ってみたりして・・。」
「あの・・・」
「何?どしたの?」
「バリトンってなんですか?」
部室にもう一度不思議な空気が流れた。
次回:部会の後はKG Swing Charioteers