楽しいだけで良くないか?
「ブラス隊でパー練(パート練習)してたら、サックスのテーマ(※その曲の主題、基本となるメロディ)が流れてきて、なんだか乗せられちゃって。そのままソロ入っちゃったし、行くとこまで一緒に行こうと思いました。」
背の高いトロンボーン男子はなんだか笑っていた。
「いえ、すみません。練習の邪魔をするつもりは無かったのですが…」
泣いていた訳ではありませんよ、少し風が冷たかっただけですよ的な雰囲気を出しながら顔を拭って何でもない感じを出した。
「あの…プロの方ですよね?」
・・・・・ああ、そうか、トランペット女子の疑問は私がプロかどうか。
プロか・・・・。学生の頃は、なんだかんだでそんな事ばっかり考えていたなあと。でも実は学生生活が終わって、社会に出なくちゃいけない怖さから逃げたかっただけ・・・だったのかもしれないなあと。
「どうしてここで吹かれているんですか?OBの方ですか?」
プロですか?OBですか?そしたら次は大体・・・・
「テナーと・・・・バリトンも吹かれるんですか?」
うーん、どうも、初めまして。市山奏汰と申します。と言えば良いのかな?まあ、楽器ケースが二つあるからね。一つは飾りです。なんて訳にも行かないよな。
「日曜なのに、随分熱心ですね。パー連なんて、よく揃いましたね。ブラス隊じゃないですか。これで全員?」
「トランペットは、もう一人います。」
「ここ何年か、山野で本選に出れてなくて・・・」
山野・・・・大学でビッグバンドやると、それがあるのか。とか他人行儀に考えたりするけど、自分だって熱くなってたじゃないのよ。という着地点。
「と言っても今年が本選に出れてなくて、去年と一昨年はリモート開催のコンサート形式だったんですけど・・。」
「その前の年の先輩たちが本選に出場してて・・・羨ましいなって。」
ヤマノ・ビッグバンド・ジャズ・コンテスト
YBBCなんて訳し方をするなんて知ったのは30歳超えてから。山野楽器が主催する日本の学生ビッグバンドオーケストラがしのぎを削る年に一度のコンテスト。
「今年は大丈夫なんじゃないですか?さっきのアンサンブル、凄く上手でしたよ。」
軽いお世辞・・・のつもりではあったが、決して下手ではなく、悪くない。そう、悪くない・・・ってのがなんとなく自分の記憶を蘇らせた。
「あの、本当に上手いと思いましたか?」
「・・・へんなことを聞きますね。私が嘘ついてそうですか?(笑)」
「いえ・・先輩のソロに比べて、僕らのアンサンブルはなんだか負けてるというか・・弱いというか・・・。」
なんだか、同じようなことを同じような年齢の頃に悩んだことがあるような・・・(トホホ)。悪くないんだけど、他と比べちゃうと面白くないっていうか・・そうですか、気持ち分かるーーーー。と喉の少し下に安堵感のようなものを感じた。
「どうやれば良いとか、こうやるのがジャズだとか、スイングとは・・・みたいなことを頭で考えながら演奏されていますか?まあ、お酒でも飲みながらそんな話しをするのは楽しいですけどねえ。演奏中は余り意味がないような。ヤマノヤマノヤマノヤマノとリズムを取ってもアンサンブルにはなりませんよねえ。」
余計なことを言ってしまった・・・・口をすぼめた時にはもう遅かった。
「あの、僕たちの演奏の何が良くないでしょうか?どうすれば良くなるでしょうか?」
始まったよ・・・それだよ!それ!そういう何か生真面目なところ!この学校の校風?なんだか、偶然か?あの頃と変わらない部分に出会っちゃいましたよ。今言ったばかりじゃないのよ。
「いやいやいやいや・・・いえ、だから、あの、とにかくビッグバンドジャズって言ったって、少し俯瞰的に見れば、音楽、もう少し高い所からみれば文化なわけで、まずは・・・・」
言いかけた所で、プラザの風が、忘れていた大事な記憶を届けてくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ホーネット、何だかんだ考えれば色々と難しいことはあるけどさ、まずは楽しいだけ良くねえか?」
「楽しいだけで?ですか?」
「そうだよ。お前、なんで楽器やってんだ?」
「なんでって・・・いや、何となく初めて・・」
「始めはな、でも何となく始めただけなら半年は持たねえよ。なんで続けられるんだってこと。」
「・・・・楽しい・・・」
「うーん、楽しいってことくらい楽しそうに言えよ(笑)。ドラムがパーンって叩いたらさ、ペットがパーンて吹いて、ベースがブンブンやってサックスが楽しそうにピロピロ。ピアノが隙間にポーンと入れたらボーンもポポーンよ。そうやってみんなで音重ねてさ、何だか出来上がった曲があって、初めて他人の演奏聞いた時に感じたあの楽しさを自分で作ってんだって感じのあの楽しさよ。そういうの忘れて、理論がどうだこうだ、タイム感がどうだこうだ、誰の心に刺さるんだってこと。」
「心に刺さる・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドラムの先輩が教えてくれた、音楽の楽しみ方。なかなか浸透しないものだなと。それとも、あれから20年以上もたって、やっぱり消えてしまったのかなとか。
「楽しいだけで良くないですか?」
「・・・楽しいだけ?・・」
「はい。楽しいだけで良くないか?」
教壇に立つようになって、ある時から全ての人に敬語で話すようにしていたのに、なんとなく伝えたいことが心に宿ってしまうと、外に纏う言葉遣いという衣装など、簡単にはだけてしまうもので。
「楽しい・・・だけで上手くなるものでしょうか?」
「・・・うーん、伝わらないものですね。楽しいって感じながら上手くなるっていえばわかりますかね?細かいことはその後です。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ホーネット、俺はいつも変だなと思うことがあるよ。お前たち管楽器の連中はさ、他のソウルとかファンクのバンドやってる時はさ、本番では楽譜を見ないよ。というか覚えたら楽譜は見ない。でもビッグバンドしてるときはさ、ずーっと楽譜見てるよ。さすがにもう覚えてるでしょってくらい練習しても、俺がバチを叩いてカウントしたらまず楽譜見てさ。あれなんで?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
冗談ばっかり言う人だったけど、的を得たことを言う人だった。うん。少なくとも私の心にはよく、「刺さった」のだ。
「さっきNnight Frightの練習ですかね、ドクタービートを使っていたでしょう?あれも、皆でドクタービートを見ながら演奏していたのでは?」
チャリオ2022-2023のメンバーの図星顔がなんだか楽しそうで。
「よかったら、もう一度やりませんか。ドクタービートは流してもらってもどちらでも結構ですが、皆さん、私を見ながら演奏してください。私も皆さんを見ながら演奏します。」
「え?先輩を見ながら?・・なんだそりゃ!」
「楽しそう!」
「円になろうよ。先輩中に入って!」
・・・・・・・・・・・やってしまいました・・・いらない事をしてしまいました・・でもまあ、良いじゃないですか。そんな変な日があっても。
ドクタービートは同じ間隔で電子音を刻み、皆が楽器を構えて、トロンボーン男子は、カウントをしようと・・・。
「要りません。ブラス以外は全部私やりますから。」
「????????」
なにも不思議じゃありませんよ。私がピアノイントロ、掛け合いのベースも吹くだけ。好きな曲ってのは、これくらい噛みしめるものです。ピアノソロが終わります。行きますよ、サックスのテーマにバッキングお願いします。
良いですね。どの曲も、一音目が大事ですから。今のはお見事でした。約束通り、皆さん私を見てくれていますね。ではこのままソロに入ります。ちょっとアドリブで行きますので、バッキングで曲の進行状況を教えてくださいね。
YES!
さあ、ブラスの出番です。ギターソロに繋げましょう。皆さん、良い顔してますよ。はい、当然ギターソロも私が頂きます(笑)。
ああ、バストロさんのバッキング、最高です。バリトンも居たらよかったのにね。
ギターソロが終わったら、あとはブラスの曲みたいなものです。私が丁寧にバッキングしますので、皆さん、この曲を絶頂まで持って行きましょう!
最後のサックスのテーマの頃には、メンバーがお互いに目を合わしながら、でも自然とドクタービートのリズムは外さずに演奏できるもので。
そしたらその次は、なんならお互いに向き合っていなくても、皆の音が聞こえてくるようになるものですね。他のメンバーを見ていなくてもみているような。
楽譜、必要ありませんね。必要なものは、他のメンバーの音。気付きましたかね?気付けたとしたら、それって楽しくないですか?
私、久しぶりに楽しいです。何だかこんなおじさんが皆さんのような若いプレイヤーに声かけてすみませんでした。でもありがとうございます。楽しいですね。凄く楽しいです。
おじさんサックスプレイヤーを囲むブラスの円はどんどんぐしゃぐしゃになりながら、サウンドはどんどん纏まって行く。とても愉快な、暖かいプラザの風だった。
次回 オリエンテーションコンサート




