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ケイジー・ストレイト・アヘッド  作者: 刀根 貴史
13/19

プラザの風

 川西市と伊丹市の境、猪名川に掛かる「軍行橋」は国道171号線。そこから西へ、伊丹を超えて武庫川手前で尼崎を一瞬かすって西ノ宮にイン。暫くそのまま、さらに西側へ向かって景色が広く見える。


 大学生にとってはまあまあ高級なファミレス「フォルクス」の角を山側に右折して、まあまあ急勾配な坂道(今津西線)を登るとなんとなくカトリックな学校がありそうな感じがしてくる。旧理学部を横目にそのままプラザまで。家から少し遠回りだけど、自分にとっては気持のいい路順で。


「楽器積んだ原付きじゃあやっぱり危ねえな。」


 駐輪場は今日も自転車でいっぱいで、中芝とプラザをつなぐ横断歩道付近からは少し遠い所に原付きを停めた。


 「日曜で良かった」


 体育館側の植木の前にベンチがあって。ビッグママ横のベンチは昼休みの学生の憩いの場。昼休み明けの三限目の授業を取っていない学生や、授業はあるけど「もういいや」と言う学生はそのまま夕方までそこで暮らすこともあるのだが。


 テーブルに楽器を置くとき、少し手が震えているのがわかった。


 20年間…よりももう少し前の事。自分が素人だとわかりつつも、なんとなく始めたはずで、つまんなきゃ辞めればいいはずだった音楽の世界。ぼーっとした薄らデカ男はきっちりとその沼に溺れていったのであった。


 ケースを開いてマークⅦが見えたとき、不思議と時計の針が逆方向に回るような気がした。


「また、下手くそに逆戻りか…」


 首にかけたストラップにマークⅦを引っ掛けると、なんだか笑えてきた。


「あらあら市山奏汰、また楽器、吹いちゃうの?懲りないねえ…」


 先ずはロングトーンを。クレッシェンドとデクレッシェンド、ビブラートとハーフトーン、思うがままに色々混ぜて。


「フラジオ、いけるものかね?」


 問いかけるよりもずっと前に、指と意識は衝動的に高音のグロールトーンを楽しんでいた。


 エンジンがかかってきた所、本当ならまだまだ吹くのを辞めないタイミングで、なんだか立ち止まって自分の音を思い出してみた。


 木々の擦れる音なのか、遠くの体育会系の声なのか、それらは全部混ざって。目を瞑ると、今も昔も変わらないプラザの風の音が鮮やかに流れている。


 寒い夕方だけど、不思議と手だけは寒くなかった。頭の中に静かにビアノがソロでイントロを奏ではじめて、ベースとドラムがそこに合わせて音を増やしていく。少しずつ熱を増しながらキメをいくつか決めると、サックス隊がイン。


 『Night Fright』


 サミー・ネスティコのレパートリーの中でも、90年代から2000年代初期の関学軽音に特に人気のあったナンバー。


 サックスの流れるようなテーマ(メロディ)にトランペットとトロンボーンが打ち込みでバッキングを入れる。途中一度、サックスとブラスが同じメロディーを奏でたかと思いきや、ペットとボーンとサックスは一旦バラバラの動きをする。しかし、全体としては美しいメロディであり、ハーモニーなのだ。


 夕刻、滑走路から飛び立った航空便。空から市街地が見えなくなる頃、サックスソロの時間になる。


 何度吹いただろうか。なんとなくでも吹けるようになるまで何百回、自分なりの色を出すために何百回。バンドメンバーのリズムのクセを理解して何百回、何千回。でも実は、ただただ好きな曲だっただけだ。


(ごめんな、美幸…ごめんな、隼人…ごめんな…)


 続くギターソロもサックスで吹けちゃうんだぜぃとばかりにサックスがソロを止めない。沢入さんは怒るかなあ?「おれのソロ持って行くんじゃねえ!」って。


 目的地の街明かりが見える頃、バンドも着陸態勢に入る。ドラムとピアノが静かに小刻みに乗客に知らせる。


 曲が終わると、何故かそこに、Dr.Beatのピコンピコンという音が聞こえた。


 「あの、どこのビッグバンドで吹いてらっしゃる方ですか?」


 ハッとして目を開けると、学生が8人程、こっちを向いて立っていた。


 トランペット+トロンボーン=ブラス


「どうして、泣いてらっしゃるんですか?」


次回 楽しいだけで良くないか?


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