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第十二話 決着

 中西は落ち着いていた。

 ライアンの手の内はおおよそ掴めた。

 左手の可変式の流体金属は確かに厄介だ。

 型を変える時間も短い。

 蒸気で出力を上げられるからか、ラッシュも強烈だ。

 だが動きは読みやすい。

 攻略の糸口はある。

 まだ呪法も使う余裕はある。


 "至近距離で仕留める必要がある"


 一歩間合いを詰めた。

 ただ撃っただけでは防がれる。

 どうにかして防御(ガード)をこじ開けて、攻撃を叩き込む。

 回転式拳銃(リボルバー)は装填済み。

 最後の切り札の手の内は見せていない。

 ならば。


 ステップを踏み右へ。

 ライアンも合わせるように右へ。

 左腕は盾のように変形させていた。

 こちらが突っ込めばあの右手の長剣の餌食か。

 かわせるか、今の俺に。

 微かに恐怖が滲み出る。

 恐れを闘志でねじ伏せた。


「……っ!」


 声とも呼べぬ声を発し、中西は仕掛けた。

 まず右手の回転式拳銃(リボルバー)を一発。

 これはライアンの左腕で受けられる。

 キィンと甲高い音と共に弾かれた。

 やはり貫けない。

 防御が堅い。

 だがこの間に間合いを詰めた。

 当然相手は反応する。

「しいっ!」と気合いの声と共に猛然と右手が伸びる。

 長剣の刃は、だが届かない。


「障壁展開」


 集中力的にこれで打ち止め。

 不可視の防御壁が鋭い突きを受け流した。

 ここで果敢にステップイン。

 ライアンが体勢を立て直す前に、回転式拳銃(リボルバー)を突き付けた。

 防御(ガード)は予想済みだ。

 残り五発を惜しみなく叩きこんだ。

 金属の盾と化した左腕の上からではダメージはたかがしれている。

 それでも動きは止まった。

 これで稼いだ時間と僅かな隙が。


 "お前の命取りだ"


 中西の動きは精緻を極めた。

 神速を発動、左手のナイフをライアンの右手内側に滑らせる。

 これで剣を封じると同時に右のローキックを相手の右足に。

 ライアンにはこの攻撃は見えていない。

 盾と化した自分の左腕が邪魔になった。

 もちろん中西が与えたダメージはごく僅か。

 けれどもこの動きは決めの攻撃への布石。


 このとき、両者の思考は対照的だった。

 ライアンからすれば中西はもはや弾切れ。

 ナイフ一本など恐れるに足らず。

 中西からすれば目論見通り。

 右のローで踏み込んだ分、自然と自分の左半身を引く体勢になっている。


 "このまま押し潰す"


 ライアンが背中から蒸気を吐き出した時には。


 "これが俺の最後の切り札だ"


 中西の左手がナイフを手放す。

 白い輝きがその掌を包み込んでいた。

 その場が一瞬白く染まる。

 掃除屋(スイーパー)の左の貫手が纏うのは呪法で産み出された電撃。

 神速と同時発動させた呪法による中西の切り札。

 運動エネルギーを足首、膝、腰から肩へと連動させた。

 この決めの一撃が綺麗に。


「ぜいっ!」


 ライアンの右脇腹をぶち抜いた。

 中西の左手が凄まじい貫通力を発揮した。

 バチバチバチッと電撃が暗闇を焦がし尽くす。

 高電圧に晒され、筋肉も脂肪も、仕込まれた機械類もずたずたに引き裂かれた。

 ごふ、とライアンが吐血する。

 信じられないと言うように、中西を見下ろした。

 動きが止まる。


「こ、の……」


「――雷迅(らいじん)だ」


 切り札の名を告げ、中西はステップアウトした。

 左手が抜ける。

 ライアン・フラナガンが崩れ落ちる。

 背中の蒸気管が虚しく白い蒸気を吐き出した。

 いかに身体を半分機械化しているとはいえ、完全に限界だった。

 まもなくその目が光を失った。


 "勝った"


 中西はよろよろと座り込んだ。

 ここまで追い込まれたのは久しぶりだった。

 極限まで体力も精神力も消費してしまった。

 呪法の連発が重くのしかかる。

 一歩も動けそうになかった。

 太い木の幹にもたれかかった。

 天を仰げば月が雲の合間に見えた。


 "サラは無事に着いたかな"


 ひたすらにただそれだけを願っていた。


† † † 


 少女はひたすら走っていた。

 森を抜けた後、なだらかな丘陵地帯が続いている。

 道なき道をただひたすらに。


 "ニックさん、違う、ナカニシさんは大丈夫かな"


 時折胸が苦しくなる。

 わざわざ自分を助けるために彼は一人で残った。

 掃除屋(スイーパー)だと明かした上で、背中を見せて。

 けれどもサラは信じられなかった。


 "ナカニシさんは……優しい人ですよ"


 自分のことを笑わないでいてくれた。

 歌に耳を傾けてくれた。

 奢ってくれたダックサンドがとてもとても美味しかった。

 何よりも、サラの夢を笑わないでいてくれた。

 とても人殺しを商売とする人間には見えなかった。

 振り返りたくなる。

 けれども必死で我慢した。


 "私、ナカニシさんの期待に応えるんです"


 彼は命を賭けてくれたのだ。

 サラの歌手としての可能性を信じて。


 "だから、何としてでも生き延びて歌手になってみせるんですぅ!"


 死ねない。

 こんなところで死んでたまるか。

 月明かりだけを頼りに走る。

 石につまずき転びかける。

 息は荒く、身体は悲鳴を上げている。

 けれどもサラ・フォーデンは走り続けた。

 蜂蜜色の髪が夜風になびいた。

 彼女の手には一枚のハンカチがしっかりと握りしめられていた。

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