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第十話 激戦

 臨戦態勢を敷いたのは中西だけではない。

 屋敷の見張り達も同様である。

 先程の銃声から敵が銃を持っていることは分かった。

 それだけに警戒していた。

 見張り達の武装はミニエー銃だ。

 この時期によく使われていたライフルである。

 五人全員がこれを持っている。

 怖いのは暗闇の中の同士討ちである。

 それを防ぐためにほぼ横一線の隊列を取っていた。

 この隊列を組み、各々が木々に隠れながら進んでいる。

 お互いの死角をカバーするだけの連携は取れていた。


 暗い森の中、気配を探り合う。

 銃火器を持っているならば先に索敵した方が圧倒的に有利だ。

 その点では中西の方が優れていた。

 熟練の掃除屋(スイーパー)としての経験が彼に敵の位置を教えてくれる。

 先手を取りたい。

 だが飛び出したい誘惑をグッと抑えた。

 ぎりぎりまで引き付ける。


 "初手で確実に一人仕留める"


 静かに左へ移動。

 音を立てず呼吸も殺す。

 こちらの位置はまだ掴まれていない。

 だからこそ攻撃のタイミングが重要だ。

 撃った瞬間、どこにいるかバレる。

 僅かな気配の読み合い。

 相対距離の測り合い。

 先程の犬の群れとは違う。

 姿が見えないままゆっくりと距離を削り合っていく。

 ふうぅ、と中西は緩やかに息を吐き。

 そして飛び出した。

 ザッ、と茂みが鳴った。


 "一人目!"


 距離僅かに3メートル。

 ブナの木一本挟んだところに男が一人。

 まさかこれほど近くにいるとは思わなかったのだろう。

 驚愕の表情が顔に貼り付いて、そしてそのまま凍りついた。

 中西の回転式拳銃(リボルバー)が火を噴いたのだ。

 放たれた弾丸は胸部を直撃。

 呻き声と共に男は衝撃で吹っ飛んだ。

 目もくれず中西は身を翻した。

 一瞬遅れて残り四人の反撃が殺到する。

 森の木々が立つ中を火線が駆け抜けた。

 バン、バババン、という甲高い銃声が響き渡った。


「くそっ、一人殺られたかっ」


「こっちの攻撃には手応え無し。やられ損かよ?」


「落ち着け、相手は単独らしい。油断しなければ負けないだろう」


 見張り達は声をかけ合った。

 犠牲者は出たが、その甲斐はある。

 大体の敵の位置が分かった以上、数で制圧すればいい。

 二人一組になりミニエー銃をここぞという場所に撃ち込む。

 弾切れになればもう一つの組が交代。

 夜の森に銃声が響き渡った。

「蜂の巣になりやがれ」と一人が呟いた。


 だが、その期待は見事に外れた。

 中西廉はすでに彼らの銃口の範囲外にいたのだ。


 "危ねえ、思ったより出来るな"


 見張り達四人の攻撃方向から右斜め45度外れた位置。

 既に中西は退避していた。

 最初に回避行動を取ってから、地面すれすれに走り続けた賜物である。

 見張り達の目では動きも気配も追えなかったようだ。

 それでもここまで組織立って反撃してくるとは。

 一気に崩すのは難しいらしい。

 ならばじわじわと行く。


 銃声の切れ目を突いた。

 木から半身を覗かせる。

 回転式拳銃(リボルバー)の引き金を引いた。

 命中。

 絶命までは至らないが一人の右肩を掠めた。

 また姿勢を低く保ち回避行動。

 森の木々と暗闇を最大限に活用。


「こっちか!」


「追い立てろ!」


 見張り達の怒号が聞こえる。

 またも銃声、けれどもその攻撃範囲には既に中西はいない。

 相当離れた藪の中で、彼は不敵な笑みを浮かべた。


「ヒットアンドアウェイだ。時間をかけて削り倒してやるよ」


 複数の敵が相手ならば、通常は各個撃破がセオリーである。

 だが今回はその戦術が採れない。

 故に刻みつけるのだ。

 姿を見せない敵から一撃一撃、じわじわと入れられていく恐怖を。

 敵の姿が見えない脅威が迫りくる中、平常心を保つのは難しい。

 この心理戦では中西の方が追手達より一枚上手であった。


 "確実に行かせてもらう"


 撃ち、隠れ、そして逃げる。

 見張り達の一斉射撃をやり過ごす。

 また一発撃ち込む。

 この繰り返しと言えば簡単そうに思える。

 だが実際は精神力を試される。

 一気にかたをつけたいという誘惑を抑え込まなければいけない。

 いくら安全な場所に身を隠しても、銃弾が飛び交う状況にいる。

 それでも自制心を保たなくてはいけない。

 身を潜めながら意識的に深呼吸をする。


 "自分を見失ったやつから"


 身を乗り出した。

 視界に敵が飛び込む。

 一発撃ち込む。

 ガ、と小さな叫び声が上がった。

 その瞬間には既に回避行動。


 "死んでいくんだ"


 機械のように正確に。

 氷のように冷静に。

 中西は己を律し、戦闘に身を沈め続けた。

 均衡状態が徐々に崩れていく。

 見張り達も粘りはした。

 一人、また一人と傷つき倒れても残った人数で撃ち続けた。

 だが捉えられない。

 最初は冷静さを保っていても無理が出てくる。

 その度に動きにムラが生じていく。


「くそ! 出てきやがれ!」


 見張りの一人が怒声を吐き出した。

 これでもかと銃弾を撃ち込む。

 悲鳴の一つも聞こえてくればと思ったが、無情にも何も無い。

 男の顔が恐怖で歪んでいる。


「よせ、平常心を失って勝てる相手か」


「これが平気でいられるか!? 残ったのは俺達二人だけだぞ!」


 仲間の制止を振り切り、男が怒鳴った。

 なだめた男も言葉を失う。

 無理もない。

 一方的に削られ続けた結果、三人が倒された。

 絶命までは至らずとも虫の息だ。

 五人いたのに今はたった二人だけ。


「このままだと全滅だ……」


「臆病風に吹かれている場合か。まだこちらが数では勝っているんだ」


 叱咤し、片方の男が周囲に目をやった。

 木立を利用し身を隠している。

 だが敵の位置が分からない。

 どこだ。

 どこから自分達を狙っているんだ。

 こんなはずではなかった。

 五人で追跡を開始した時は楽な仕事のはずだった。

 なのに逆襲されている。

 たった一人の相手に翻弄され、窮地に追い込まれている。

「くそっ」と小さく吐き捨てた時だった。


 銃声。

 自分の左斜め後ろ。

 反射的に振り向いたのと仲間が倒れたのは同時。

 血煙と悲鳴が上がった。

 思わず後ずさった。

 追撃を恐れたのだ。

 倒れた仲間に「おい」と声をかける。

 返事は無い。

 うつ伏せに倒れたまま微動だにしない。

 地面にゆっくりと赤い血だまりが広がっていく。


 死んだ。

 殺られた。

 残りは自分一人だけ。

 駄目だ。

 勝てない。

 逃げ――


「逃がすかよ」


 ぞく、と男の背筋が震えた。

 次の瞬間、視界が斜めに傾いだ。

 あれ、おかしいなと思った。

 激痛を覚えたがそれも瞬間的なものだった。

 最後の一人の意識が刈り取られた。


† † † 


 首筋にナイフを突き立てた。

 頚動脈を切断、確実に仕留めた。

 中西は男の死体をどんと突き倒した。

 ナイフの刃が首から抜けた。

 肩で大きく息をつく。


 "流石に骨が折れた"


 額を拭う。

 この気温なのに冷や汗をかいていた。

 無理もない。

 一発でももらえば致命傷だったのだ。

 結果的に無傷だったに過ぎない。

 慎重に徹した姿勢と幾ばくかの幸運に恵まれたおかげだ。

 ともあれ銃で武装した五人の敵を倒せた。

 だが、これで終わりではない。

 中西の警戒は解けていない。


「おい、そこの。覗き見とは趣味が悪いんじゃないか」


 木々の一角を睨みつけた。

 気がついていた。

 戦闘の終わる少し前からだ。

 新手と考えるのが自然。

 そのため眼前の戦闘を極力早く終わらせるという結論に達していた。

 最後の二人については敢えて勝負を急いだ。


 返事はなかった。

 代わりに笑い声が返ってきた。

 余裕を感じさせる薄気味悪い笑いだった。

「フ、フフフ……」という低い笑い声が夜の森を包む。


「いや、大したものだ。少々参上が遅れたんでな。見学させてもらった」


 木立の合間から男がするりと滑り出る。

 体格のいい男だった。

 身長6フィート5インチはありそうに見えた(約195センチ)。

 ただの痩せぎすでもない。

 みっしりとした筋肉が司祭が着るような濃紺の礼服を押し上げている。

 枯れ草色の短い髪が月の淡い光を弾いていた。

 男の挙動に中西は驚いた。

 自分が銃を持っているのは分かっているはずなのに。

 にもかかわらず、のこのことこちらの射程に踏み込んできている。


「余裕だな。俺はあんたをいつでも殺せるんだぜ。ライアン・フラナガンだろ?」


 間違いない。

 こいつが敵のエースだ。

 キャロルから聞いた特徴と一致する。

 あの背中から飛び出た二本の蒸気管がいやでも目立つ。


「ほう、俺の名前を知っているのか。光栄だな、掃除屋(スイーパー)さんよ」


「よく分かったな」


「お前の戦いぶりを見ていればイヤでも分かるさ。こいつは只者じゃないってな。手応えありそうなんで、こちらも本気でいかせてもらう」


 男――ライアンは構えを取った。

 左手を前に、右手を後ろに。

 オーソドックスな左半身。

 武器は一見持っていない。

 中西としては好都合に思えた。

 だが絶対に油断は出来ない。

 この男、ライアンは。

 自分の回転式拳銃(リボルバー)の間合いへ自ら踏み込んできたのだ。

 何らかの対抗策があるとしか思えない。


 "だとしてもやるべきは一つ"


 先制攻撃のアドバンテージを取るのみ。

 躊躇なく中西は回転式拳銃(リボルバー)を突きつけた。

 距離、7メートル。

 必中の間合いと確信、即座に動作を開始していた。

 銃口が火を噴いた。

 必殺の弾丸が放たれる。

 同時にライアンがニヤリと笑ったのが見えた。


「何っ」


 次の瞬間、中西は自分の目を疑った。

 ブオッと大きな蒸気音が響いたかと思うと、ライアンの左腕が変形していた。

 服の左袖が千切れ、肩口から硬質の金属製の腕が――腕に該当するものが露出している。

 異様な形状をしていた。

 敢えて言うのであれば巨大な蜘蛛の巣だろうか。

 ライアンの左腕の肘から先は鈍い金色をした金属の網となっていた。

 かなり大きい。

 彼の全身をカバーするほど展開している。

 密度の細かい網の目に銃弾が絡め取られていた。


「一瞬でこれほどの防御手段を」


「驚いたかね。アマルガムと呼ばれる流体金属だ。アフガニスタンで失った左腕の代わりに装備している」


 中西の驚きに気を良くしたらしい。

 ライアンは左腕をかざした。

 異様な金属の巣がみしりと軋り、両者を隔てる壁となる。


「蒸気機関の熱エネルギーで可変する俺の最強の武器だ。さあ、遊ぼうじゃないか。掃除屋(スイーパー)!」


 いつの間にかライアンの右手には一本の長剣が握られている。

 礼服の裾に仕込んでいたらしい。


「こいつは厄介そうだな……!」


 対する中西は左手にも回転式拳銃(リボルバー)を構えた。

 左右同時の銃撃で押し切る覚悟だ。


 ざわり、と夜風が森の木々を揺らす。

 両者の視線がぶつかり、そして戦意へと昇華した。

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