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お菓子じゃないお土産

⌘⌘⌘⌘ の仕切りが魔法使用中(過去回想)と現実の区切りです。

「じゃあ、()()()ぞ」


 いつしかグラモラの呪いを()く作業について、オルフィックはそう表現するようになった。

 グラモラの肌の変色は魔法で描かれた、幾重にも重なる文字が原因で、オルフィックはこれまた魔法を使って介入し、がんじがらめになった文字たちを解いていくから、だそうだ。


 オルフィックの双眼にいくつも星が浮かんで、鈍い光が散る。彼の輪郭が銀色に淡くなぞられていく様子は、危うい妖しさすらある。オルフィックの放つ魔法の光はちっとも嫌じゃない。暗闇の中の目指すべき導きの希望に見えた。

 グラモラの腕を文字が波打ってこぼれて滴っていく。



⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘



 呪いを解きながら、オルフィックは脳裏に思い出の映像を見る。


 ーー何の前触れもなく、師匠はグラモラを家に連れてきた。オルフィックは言葉を失って、おかえりも言えなかった。子どもは見ただけでは性別も曖昧で、繋がれた師匠の手だけが頼りとしがみついている。


「ただいまオルフィックくん。家族が増えた(おみやげだ)よ! グラモラちゃんだ」


 師匠の笑顔が眩しい。魔法同盟組合の会議のために都に行くから、甘い土産を持って帰ってくると行きがけに言っていた。


「いや。……菓子の土産は」


「お菓子はねぇ、買ったんだけどねぇ」


 買った菓子はこの子に食べさせたとのこと。だからと言ってこの子がお土産そのものになる理由としては不十分ではないか。


「グラモラちゃん、私の息子のオルフィックくんだよ」


「はじめまして……旦那様?」


 確認するように見上げたのはイハリスのほうだった。

 イハリスがうちにおいで、と誘ったときも同じ質問をした。「奥様とお呼びしますか? 旦那様ですか?」と。イハリスは名前を教え、できたら師匠と呼んでほしいと頼んだ。


「オルフィックくん、でいいんだよ」


「……オルフィック若旦那様」


 イハリスは苦笑して首を振る。だいたいの背景が想像できた。やせ細り所在なさそうに背を丸める薄汚れた子ども。ただし師匠はそんな目的で子どもを連れ帰ったりしない。


「ただのオルフィックだ。そう呼べ。敬称もいらない」


 オルフィックが自ら名乗って正す。


「はい、オルフィック。グラモラです。いっしょうけんめいお世話をいたします」


「それを言うならお世話になります、だろ」


「あの、……」


「グラモラちゃん。この家では、家事はまぁできないなりにみんなでやることになってる。助け合っていこう」


 師匠は子どもを身綺麗にするためかかりっきりになり、その間オルフィックは三人分の夕食を用意していた。インスタントのオートミールのポリッジ。慎重にしていたので焦がしはしていない。グラモラの分にはシナモンを振り、はちみつを垂らしてぶつ切りりんごを添えた。子どもが受け入れやすいデザートらしくなったと思う。


 グラモラはやはりイハリスと手を繋いで現れた。オルフィックの子どもの頃のシャツとズボンを着ている。


「朝ごはんみたいだね」


「悪かったな」


 菓子は口にできたようだが、それまでグラモラがどのような食事をしていたかわからないので、胃に無理のなさそうな料理といえばポリッジくらいしか思い浮かばなかった。


「たまには楽しくていいよ、ありがとうオルフィックくん。ポリッジが作れるようになっていたなんて、私は感動しているよ」 


 遠かりし日の、砕けた卵の殻混じりのスクランブルエッグの被害者が目尻の涙を拭うふりをする。オルフィックはカルシウムが摂れるから良かれと作ったと証言していた。



 三人で住み始めたころ、グラモラは手を上げると泣く子だった。文字通り、手を頭の辺りまで持ち上げると、発作のように泣き出してしまう。隣にいたオルフィックが自分の頭を掻こうと無意識に手を自分のこめかみ辺りに持ってきたら、グラモラがさっと腕を盾にして泣くものだから、オルフィックは面食らった。当然だが殴るなんて念頭にもない。けれどグラモラの反応は繰り返し条件付けられた行動なのだと物語っていた。


 オルフィックは彼女に触ることすら余計な刺激になることを恐れ、ごめん、俺が悪い、大丈夫だ、と口頭で宥めた。パニック症状を起こしたグラモラを、師匠が音程を外した子守唄を歌いながら抱きかかえて別室に連れて行き落ち着いた。


 イハリスに何を吹き込まれたのだか、涙を拭いたグラモラがごめんなさいと抱きついたとき、オルフィックは体を硬直させた。他人とハグなんてもう師匠とだってしていない。イハリスは声を上げて笑っていた。企みは上手くいったようだ。



 夜になると、少女はイハリスに抱っこされて眠る。


 “Sweet dreams, my precious Glamora.”

「おやすみ、私の大事なグラモラちゃん」


 そう額に唇を落とす。夜中にうなされても、イハリスが背中を撫でてやればすぐに眠りに戻れた。

 朝になると今度は頬にキスをする。


  “Morning, my dearest Glamora.”

「おはよう、私の愛しいグラモラちゃん」


 彼女の私室を整えても、自信を持って一人で寝ることができるようになるまで儀式は続けられた。



⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘



 グラモラの腕の上を滑る色がぴたりと動きを止めた。

 オルフィックが目を閉じて深呼吸をする。次にこちらを見る紫水晶が、穏やかだった。それまで掴んでいた手を離し、グラモラの前髪を片手の指でかき分ける。

 

 魔法を使っている間に映る情景はオルフィックの中だけで繰り広げられたもので、グラモラは知る由もない。


「……おやすみ、俺のグラモラ」


「おっ……おやすみ? どうしたの?」


「ん? おやすみ、俺の『大事な』グラモラちゃん?」


 言い直して、まだ紫と緑が混じる額に口づけた。


「それ、師匠の……!」


 目を丸くしてオルフィックを見ると、くつくつと喉を鳴らしている。


「ああ。今日ほどいたぶん。懐かしいか?」


 こくこくと首を縦に振った。


「すっごく。師匠が朝と夜にやってくれてたんだよねぇ」


「明日、朝の挨拶もしてやろうか」


 グラモラの頬に熱が集まるが、あいにくの肌色でわかりづらかった。


「オルフィックはからかいたいだけでしょ?!」


 大きな声。抜け殻のようだった器に、グラモラの魂が戻りつつある。オルフィックの顔は自然と優しいものになっていく。


「いや? ……そうでもない」


「もう、子ども扱いして」


「違うけど。しないほうがいいんならやめとく。また明日な。ゆっくり休め」


 正解はくれなかった。

 朝の挨拶をしない、と言われて物悲しく感じたのは、イハリスを恋しい気持ちが戻ってしまったからだろう。からかわれてわずかながら悔しいのと。



 朝起きて、そういえば、と思いついた。


「おはよう! 私の愛しいオルフィック!」


 猫背でダイニングに現れた青年を捕まえ、意趣返しとばかりに『愛しい』の部分を強調し、頬に音を立ててキスをした。どうだ、と満足気に笑う。


 オルフィックはくすぐったそうに口元をこれでもかと緩ませた。


「……” Mornin’ my shug, Glamora. “

   はよ、俺のかわいいグラモラ」


 耳をくすぐったのは、かすれた声だった。ぽぽぽっとグラモラの耳が染まる。

 嫌がらせのつもりだったのに、返されるとは予想だにしてなくて。大人の余裕で躱されてしまった。


「なんで……」


「なんでもなにも、グラモラが先にやったんだろ」


「うぐぐぐ……」


「いつでもかかってこい。俺は朝メシ食う」


 シリアルを皿にあけながら、振り返りもしない。


「どうぞ! 私は畑を見てくるから」


「ああ、畑か。ありがとう。じゃあ、ほどくのは昼からな」


「……うん、よろしく。ありがとう」


 素直にお礼を言われれば、こちらも意地になるのは幼稚すぎる気がしてやめた。



オルフィックの台詞

「……” Mornin’ my shug, Glamora. “

 (はよ、俺のかわいいグラモラ)」


mornin’ = good morning の短縮系、

shug = sugar のスラングで、

発音は「モーニンマイシュグ」で、恋人扱いです。


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