魔法の時間は終わる
オルフィックが呪いをほどきはじめて、すぐに険しいものを浮かべた。
「呪いが広がってる」
ぱちりと乱暴に目の星が弾けた。魔法の時間は終わる。
知られてしまうのはわかりきっていて、兄弟子が憤慨することも覚悟の上だった。でもそれで恐怖が軽減されるかというと、違った。
「師匠の本を読んだのか」
頷くしかなかった。
「グラモラ、」
「ごめんなさい」
「違う。謝るな。危険はないとして、どうしてまたやった」
怒っているけれど、怒っていない。どちらかというと呆れだ。
時間をかけてここまで呪いをほどいたのに、わざわざ巻き戻すようなことを。無駄を重ねるようなことをした。
そういう失望だった。
「……さ、……」
「さ?」
「さ、びし、かった……」
寂しかった。
呪いが完全にほどかれれば、オルフィックと触れ合うことは極端に減るだろう。これからきっと満ち足りなくなる。オルフィックなしでは耐えられない、と呪いに頼った。
オルフィックがゆるくグラモラの腕をつかむ。ふにふにとマッサージするように揉んでいる。彼の怒りは完全に引いていた。
「この時間が終わるのが嫌なの。オルフィックにずっと触っててほしかった」
腕から手を引いて、今度はずいっと顔を近づけた。
「俺にそばにいてほしいのか?」
「そうだよ」
「またキスしてもいいのか?」
記憶が弾ける。あれは現実だった。
「……やっぱり、オルフィック、あのときキスしたよね?」
「した」
悪びれもなく認めて、好きだから、と呟いた。
「グラモラが好きだ」
うかがうようにグラモラの唇を見つめて、薄い唇をそこに寸止めする。
「私も、好き」
目を閉じて、二度目のキスを受け止めた。
覚悟を決めて受けた口づけにまどろむ。
じゅくじゅくどろどろしていた心の奥底が、ふわふわのスポンジケーキになったみたい。
体の芯が痺れるキスだった。今度は忘れたりしない。胸の中も頭の中もオルフィックでいっぱいになる。
目を開ければ煌めく紫がグラモラを愛しいと告げる。
「俺はお前にこれまでみたいにずっと一緒にいてほしい」
「うん。ここにいる。オルフィックのそばにいたい」
「お前がなにかできるからとか、してくれるからじゃなくて、好きだからだ」
「……っ、うん」
下がった目尻で、グラモラだけを見つめている。
「グラモラのことを女性としてかわいいと思う、好きだからな。大切で愛おしいと思う」
「……オルフィックも、ちゃんと師匠の息子なんだね」
かわいいよ、大事だよ、と師匠は言葉にして飽きることなく伝えてくれた。
「言うな。似てるのは論文の書き方だけでじゅうぶんだ」
いままでだってさんざん批評で指摘された。
「うん、あとは似てないよ。あんまり」
「あんまりって? 他に似てるところあるか」
「料理と掃除が苦手なとこ」
「ああ……」
「オルフィックはしっかり男の人だし、かっこいいし、師匠と違う意味で大好きだよ」
「ありがとう。俺もグラモラが大好きだ」
お互いを腕に閉じ込める。変だ。悲しくても胸が痛むのに、幸せすぎても胸は苦しくなるのだと知った。
「お前、指輪とかほしいか?」
「指輪? なんのために?」
オルフィックが左手の薬指をつついた。目を見開く。瞬時に答えていた。
「お、お揃いならほしい」
「よし。来年になったら都に行くか」
「……どうして来年?」
「指輪を買いに行くなら都が品揃えいいだろ。でも、都に行くのはグラモラが確実に成人してから」
「成人が大事な区切りなの?」
「まぁ。プロポーズのリクエスト、あるならきくぞ?」
「か、考えとく……」
グラモラの顔が髪色と同じ色に染まる。
オルフィックがどちらにもキスを落とした。
「慶弔って、一年以内にしていいんだっけ?」
「師匠なら気にしないだろ」
頭の中でイハリスが「結婚? まだしてなかったっけ。さっさとすれば?」とニヤついている。
「別に誰にも言うでも祝われたいでもないしねぇ」
「そういうことだ」
そうしてオルフィックは手加減なしに、グラモラの息を奪う。
「だから、結婚しよう。グラモラ」
うん、という答えはオルフィックが飲み込んだ。
****
その年の雪は深く、イハリスの館は半分埋もれた。午前中いっぱいを雪かきに使い、お昼を食べに街へ連れ立った。
レストランを出たところでセスと再び会ったのは偶然。
「仲良しきょうだいだこと……」
繋がれた手を見て、笑顔になりきれてないような笑顔をする。
「ううん、私いまはオルフィックの奥さんだよ」
「はぁん?! 今度はほんとに結婚しちゃってた?!
おめでとう?!?!」
きょうだい弟子と名乗りつつも実情は恋人だった二人がようやく認めた関係にのけ反りながらもお祝いを告げた。
「セスうるせぇ」
「だってねえ、もうねぇ、春なんだねぇ」
からかう笑みを浮かべるセスにグラモラが真面目に返す。
「まだ雪降ってるよ? 冬でしょ」
「いや、ここには春がきてるね」
セスには氷柱さえ溶かしそうなふわふわとした空気が見える。
「はぁ。お前これから時間あるか?」
しかめっ面のオルフィックに身構える。
「え、あ……あるけど、なに?」
グラモラが微笑んだ。
「ティーパーティのお誘い!」
打って変わって喜びを全身で表現したセス。
「まじで! 行く行くー! じゃあケーキ買っていこうよ! 俺が驕るから」
言質の通り、セスは種々のケーキをグラモラとオルフィックが望むだけ買ってくれた。これから甘味よりも糖分の多い二人の話を聞くことになるというのにお構いなしのお人好し。
The end.
Feb 24th, 2023
全話通して誤字脱字のご指摘ありがとうございます!
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
あなたがまたこの先も素敵な作品に出会えますように。
もろもろキャラについてとか言い訳とか。
この世界では太陽暦を採用しています。
初夏〜半年過ぎくらいの期間の出来事のつもりです。
奇跡を起こす魔法としてこの世界に広まってますが、イハリスによって本格的な医療としての役割をも果たすようになりました。ふたつが混合した世界で、医療機関の方からしたら噴飯ものかもしれませんがファンタジーなので許してください。
登場人物の名前は fantasy name generators 様を参考にしております。
https://www.fantasynamegenerators.com/
オルフィック* Orphic
二十二〜二十三歳。拾われたのは二歳ごろ。
名前の由来は超拡大解釈(もともとは感覚や知性で表現できない、超自然、神秘的、みたいな意味→定型なき、人の手には余る、異種の、変な)
イハリスの家の前に置き去りにされていた。
直毛の黒髪と紫目。喘息とハウスダストアレルギー持ち。
世捨て人よろしくな奇人師匠の弟子になったので行く先々で偏見差別にあい性格がひん曲がった。イハリスの愛によって(性格は)ねじ切れはしなかった。
家の外に出て通学したので少し世間の常識がついた、かも。
イハリスから独立しても問題なかったけどあえてグラモラのそばにいたかった。結果的に大正解。執着系……?
グラモラの成人まで都にいる後見者の脅威から守りたかっただけで、モラハラではないです。この後グラモラが外で働きたがったら送り出します。
魔法で空を飛べるのに、自転車に乗れないのはイハリスの教育が間違っているわけではない。
グラモラ* Glamora
十九〜二十歳。拾われたのは九〜十二歳?
赤の癖毛。顔立ちはかわいい系。お胸もかわいいサイズ。
都で行き倒れていた。血筋は貴いが早くに両親を亡くし後見人に蔑まれながら搾取されていた。
イハリスの弟子という体裁をとっているが才能は絶望的にない。魔法を使うための魔力を持たず、イハリスが密かに『魔力の後天的発現の可能性』調査対象にして論文書こうとデータとったりしてたくらいには魔法の才能/魔力がない(グラモラは何も知らないし、資料は後にオルフィックが発見次第灰にした)。
イハリスとオルフィックが全力で過保護と過保護と過保護を行使してたので、いじめにも遭わず素直に育った。
作者としてはグラモラに友達つくってあげたかったな。セスでいいかな。
後見人はグラモラの居場所を割り出していたが様子見、カッコウの托卵方式で育てば後々売り飛ばす(身売りする)ために連れ戻そうとしたけれどオルフィックが許すはずもなく社会的に制裁を加える。
師匠/イハリス* Iharis
性別は『師匠』です。
魔法狂人(貶し褒め言葉)。
弟子二人の関係・成長を見てにやにや楽しんでいた悪趣味。グラモラをあえて養子にしなかったもう一つの理由がこれ。義兄妹で結婚はややこしい。いつ結婚してくれるかなワクワクってしてたらうっかり天国だか地獄だかに着いちゃってた。酒も煙草も賭け事も仕事も好き勝手にさんざんやったので後悔はない。オルフィックと出会ってからは(仕事以外)きっぱりやめた。
赤子(正確には幼児)ってすぐアレルギー反応だすじゃん病気になるじゃん死にかけるじゃん……と家をチャイルドフレンドリーにするためにとてもすごくありえなく全方面に頑張った。街の取りまとめ役の議長(イハリスの数少ない友人。子育て相談されたときオルフィックを強制的に取り上げるつもりだった)には驚かれた。
作中は愛が強めに描かれてるけど。
イハリスとオルフィックの共同研究=お互いの体を使った人体干渉魔法の実験台(脳みそいじくる系実験なので一歩間違えば廃人コース)になること。他の誰も真似できない。したくない。思いついてもやらんだろ狂ってるぜあいつら……死体が対象ならまだしもってかんじ。
生体じゃなきゃ得られん反応がある、と……。
オルフィックのときには絵本代わりにイハリスは魔導書を読み上げていたが、グラモラを本屋に連れていき好きに選ばせれば絵本や童話を持って来た。そういうものもあるのだ、とイハリスは関心していた。
全員本当の誕生日がわからないので、祝いたいときに祝ってた。季節ごとに一度は祝ってた。
Q. (イハリスとオルフィックは)魔法で料理を作れたのでは?
A.魔法は自分の頭で理解したものしか行使できない
=イハリスとオルフィックは料理を理解できてない。
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