溺れる
帰り道、それぞれ片腕に買い物袋を抱えてオルフィックとグラモラは横に並ぶ。
「オルフィックは街で学校にも通ってたから、友達多かったんじゃないの?」
「友達作る暇なんてなかった。学校終わったらすぐ直帰してただろ」
高校でも大学でも参加必須の特別行事やグループ課題などがない限り極力人付き合いはしていなかった。人間関係の構築よりも、師匠との研究のほうが高等で楽しかったから。
「でもたまに街で女の人から話しかけられるじゃない……?」
よく行くお店の女性店員もオルフィックに愛想が良いし、ただすれ違う女性の視線を彼がかっさらうのはグラモラにもわかっていた。
「そんなの知らない人間ばかりだ。相手してられない」
「オルフィックは、好きな人ができたり、恋人が欲しくなったりしなかったの?」
街を見渡せば恋人同士でデートしている姿をよく見かける。オルフィックも年頃だし、友人ばかりでなく特別な存在を作ることもあるはずだ。
「しない。グラモラがいる」
きっぱりとした答えに疑問が募る。
「私は妹弟子でしょ?」
「家族だ」
「私たちは家族だけど、恋人は別なんじゃないの?」
質問責めにオルフィックは苛立っているようで、苦しいとばかりに美しい顔を歪めた。
「グラモラだけでいい、他は要らない」
繋がれた手が痛いほどに握られた。
オルフィックは夕食の場でもどこか機嫌が悪かった。ちゃんと残さず食べてごちそうさまを言ったけれども、日中にセスと会話していたときの生き生きした感じが嘘のようだった。
自室に戻ってオルフィックのことを考える。
「思春期過ぎた男が手を繋ぐのは恋人以外にない」とは、セスの言葉だった。世間一般の感覚、という意味でもある。
オルフィックは気にするなと言ってくれたものの、グラモラは恋人じゃないから、やはり兄弟子ともう手を繋がないほうがいいのかもしれない。
オルフィックにも愛おしく思う人ができたら、その人と手を繋ぐのだろう。
じわり、と涙が出てきたことに戸惑った。
どうして悲しいと思う。
どうして嫌なの?
オルフィックが好きだし、大切な家族だからこそ、応援しなければいけないのに。
想像だけで怖い。
『……” Mornin’ my shug, Glamora. “
はよ、俺のかわいいグラモラ』
あれよりも優しい声と甘い顔で、他の人に挨拶をするオルフィックは見たくない。
仕事を探そうか、と言い出したグラモラにオルフィックは家にいていいと返した。
『ただ隣にいてくれればいい』
そのオルフィックの隣を、誰かに譲る未来があるのか。
毎日まいにち呪いをほどいてくれる彼にごめんと謝れば否定された。
『グラモラと過ごす時間で疲れたことはない』
オルフィックに負担をかけくっついてばかりのグラモラをいつかわずらわしく思い、恋人を優先してしまうときが来るのか。
イハリスは親で家族だった。それは自信を持って言える。
でも、オルフィックは?
兄弟子で家族だ。けれど、イハリスに向けるものとは別な感情がグラモラの胸の内にある。成長を続けるこれは、何だろう。
グラモラはしおりを挟んで置いていた師匠の本に手をかけ、背表紙を撫でた。量産品だから大した装丁はしていない。
ーー師匠。
文章に溺れているうちは、心の隙間が埋められている気になれた。
ぺらり、とめくってしまったのは、胸の穴を埋めるものを求めたから。本の中のイハリスの文体が、言い回しが、グラモラを慰めた。慣れ親しんだ魔法の感覚に包まれる。
師匠はいつだって会いに来てくれる。ここにいる。いつかオルフィックがいなくなっても、師匠の魔法だけはグラモラを包んでくれる。




