セスくん友人だから(前)
シャツを捲り上げてみる。
緑と紫の線がくるくるとへそから一周していた。全身にあったものが、肋骨の下あたりから腰骨までの幅にまで縮まった。
「グラモラ、用意できたら行くぞ」
オルフィックが扉の向こうで待っていた。これから食材の買い出しに行く。シャツをスカートにたくし込んだ。マフラーを首に巻く。
「うん」
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隣に並んだオルフィックに手を掬われて、ゆるく握り返す。懐かしささえ覚える習慣。外に出るときはいつもイハリスかオルフィックに手を引かれていた。拾われたときから続く習慣は、変わらずグラモラの気持ちを落ち着かせる。
「オルフィックじゃん!」
チッ、と舌打ちをしたオルフィックを見上げる。彼が踏み出してグラモラを背に隠す。
「セス。俺に用か」
「ひっでーの。この前も無視するし。急いでたなら別に引き止めなかったってば。魔法で女の子の振りしてたのなんなの?」
「なんの話をしているんだ?」
グラモラはオルフィックの背中から話し相手を覗き見た。くるくるとした茶髪に既視感がある。オルフィックの腹に腕を回して抱きつく。オルフィックの手が安心させるようにグラモラの腕に添えられた。
「どうしたグラモラ。まさか、こいつに会ったことあるのか?」
「ひとりで買い出しに出たときに話しかけられた。オルフィックの名前は出してたけど、知らない人だから私逃げたの」
「よし、偉いぞ。それでこいつになにかされたのか?」
すい、と兄弟子の片手が青年に向けられる。紫水晶の瞳がチカチカしだした。
「えっオルフィック魔法向けるのやめて、俺そんな子知らな……いや待って、その背丈。まさかあのローブの時ってうわマジ俺の勘違いだった?! ごめんって、だって『ヒルクレストのお弟子さん』って呼ばれてたからオルフィックしか思い当たらないじゃん?! 俺は友達として挨拶しようとしてただけであって、なんか縮んでんなぁとは思ったけど、いつもみたいに変な魔法使っ」
青年の発声が突然止んだ。オルフィックの仕業だな、とグラモラはちらりとキラキラ光る目を確認する。
「うるせぇこのままブローカ野破壊すんぞ」
青年がちぎれそうなほど首を横に振る。
脳内に言語能力を司る領域がある。その一部であるブローカ野は発話に関係し、ここに機能不全があれば言語を理解することはできるが、端的に言って発声ができなくなる。失語症のひとつだ。
パクパクと口を開け閉めするだけの男は、ここまでされるだけの罪を犯しただろうか。
「オルフィック、……怒らないで?」
グラモラの憐れみが青年を救う。あんなに粗野な言葉遣いをするオルフィックを見るのは初めてで、グラモラも驚いた。
「……こいつになにもされてないんだな?」
「うん。なにかあったらちゃんとオルフィックに言ってるから」
兄弟子は恨めしそうに対象を睨みながらも、魔法を解いた。グラモラもオルフィックの隣に立ちなおす。
「オルフィックのお友達だったんだ。あの時はごめんなさい」
「ア、あー……コちラこソ?」
喉に手を当てて発声を試みた青年は、ぎこちなかった。
「帰るぞ、じゃあな」
オルフィックがグラモラの手を握り、踵を返そうとする。
「へいへーい! 自己紹介くらいさせて?!」
とことん嫌な顔を崩さずに、オルフィックは事務的に済ませた。
「グラモラ、これはセス。忘れていい。セス、グラモラ。
よし解散」
「絶対足りないよね?! グラモラちゃんわかんないよね?!俺はオルフィックと高校大学同じだったの! セスくん友人だから怪しまないでね?!」
「そうだったんだ?」
「グラモラちゃん、オルフィックみたいな冷血漢が彼氏で大丈夫? すごいらぶらぶそうだけども! 付き合いたてかな?!」
「私はオルフィックの妹弟子だよ」
グラモラが不思議そうにしている。
「えっ…………」
顎を外しそうなほど落とした。男女の繋がれた手を執拗に見ている。
「なにそれ、オルフィックに言わされてるの? 照れ隠し? 言い訳?」
「家族だから、手を繋ぐのは当たり前でしょう」
イハリスもオルフィックもそう言っていた。
「いや〜?!成人済みっていうか思春期過ぎた男が手を繋ぐ女は恋人以外ないでしょ。きょうだい弟子ってもさぁ、グラモラちゃんもう大きいじゃん。妹ならなおさら、あれ家族ってまさかけっこ」
セスがまた金魚のお口になっている。オルフィックの目に星が輝いていた。
「……そうなの? 手は繋がないほうがいい?」
離れかけた手を引き止めて力が込められた。
「気にするな。あいつと俺たちの常識が違うだけだ」
グラモラにオルフィックが少し微笑んでから、セスにかけた魔法を解く。
「セス、見当違いの憶測でものを言うな」
「紹介スラしてくれなイからこちとら推測するしかないんですけど?!」
魔法を解いた直後は発音に難が残るようだ。妙な強弱がついている。




