第9話《零と氷雪・前半》
―――凄かった、その一言に尽きる。
空を焦がすか黒陽も。黒陽を穿ち抜いた閃光も。その全てが凄まじいものだったと、そう僕は言い切れる。
―――だからこそ、今の僕は高ぶっている。咲夜のような、天宮さんのような。あの二人みたいな―――とは言わないけど、それに負けないような戦いがしたい。
『―――戦闘シミュレーション開始まで残り―――』
戦闘開始へのカウントダウン。それを僕は聞きながら、目の前の彼女に目を向ける。
見ているだけでも冷気が伝わってくる、そんな幻覚すらも感じるほどの強い力。それを発しているのは―――白月雪、彼女だった。
それを見て、僕は息を整える。そうして、腰を落として構えをとった。
―――今回の戦いで勝つのに必要なこと‥‥‥それは接近戦を仕掛けることだ。少しでも間合いが空いたら容易に負ける。だからこそ、初手で接近してそこから常にその間合いを保つ必要がある。
だけど、それでも強制的に間合いが空いたら―――その時はその時でどうにかするしかない、か。基本的な動きは事前に想定済みだけど、最終的にはかなりのアドリブになるだろう。
『―――シミュレーション、開始』
鳴り響くブザー音と共に、速攻で足に気を集中させる。
「《氷雪の女王》!」
「―――【瞬】、からの―――【撃】!」
開幕速攻。一秒も経たないうちに間合いを詰め、《氷雪の女王》を発動したばかりの彼女に一撃、重い拳を叩き込む。
「カハッ―――っ、舞い踊れ、氷の刃!」
その一撃によって軽く数メートル吹き飛ばされた彼女は、飛ばされた体勢のまま、能力を発動した。
―――生成されるのは氷の刃。咲夜が使っていた氷剣、アレに似た刃だった。
回転しながら襲い掛かるその刃により、間合いを詰めようと動き出した僕の行動を封じ、見事に間合いを開けられる。
「っ、まさか初手を一撃くらわしただけで終わるなんて‥‥‥。流石にキツイなぁ!」
回転しながら飛来する氷剣を回避し、そのうち一本を手に取って投げ返す。
「―――消えなさい」
僕の投げた氷剣をその一言だけで消し、そのまま腕を振って―――回避した刃が今度は直線的な動きで襲い掛かる。
「―――ここからが本番だ、《無の支配者》!」
能力を起動、腕に無の力を宿し、氷剣の側面に打撃。
打撃を受けた刃は一瞬で消滅し、腕の感覚を確かめる。
「よし、ビンゴ!」
あの氷剣は彼女自身の能力で生み出されたものだ。触れた瞬間、確かにヒヤリとする感覚が生まれたが、氷そのものを無に戻すことは問題なくできる。
―――だが、能力の使いすぎには気を付けないといけない。なんせ、僕の能力は十月に発現したばかり。異能の練度だけでなく―――持続性ですらまともに鍛えられていない。だから、長時間の使用は体力の消耗を早めてしまう。それによって敗北を招くことになるのは可能な限り避けたい。
そう考え、腕に溜めていた力を消す。
「―――フッ!」
飛んでくる剣を受け流し、取れそうな刃は掴み、他の氷剣にぶつけ、相殺を狙う。
砕け散った氷剣が十を超えた頃、ようやく氷剣は無くなった。
「‥‥‥流石にこれだけじゃ倒せないわね―――舞い踊れ、氷の刃!」
‥‥‥また同じ技。どんな意図があるのかは知らないけど―――対処は簡単だ。
回転する刃をしゃがんで躱し、そのまま低姿勢を維持して一気に踏み込む。
それと同時に、白月さんは伸ばしていた腕のその先、指をクイッと引き寄せて―――瞬間、背後から風切り音。
この姿勢から確実に回避できる一手―――最適解は空中。そう考え、背後から迫る氷剣を回避するために跳躍し、次の瞬間、それが失策だったと理解する。
「―――打ち砕け、氷槌!」
跳躍と同時に放たれた氷のハンマーが、空中で身動きが取れない僕の肉体を叩き潰した。
―――やられた。今の攻撃の対処法は《無の支配者》で防御すること。跳躍すれば用意していた氷槌で攻撃、横に回避するなら、背後が見えない以上確実に避けれるとは限らない運ゲーに持ち込まれるし、仮に回避したとしても操作して追撃を仕掛けられる。所謂、二重の罠、というものだった。
地面に叩きつけられ、段々と減少していく体力ゲージを見ながら、そう反省する。
氷槌に潰され続け、圧力が深まる。仰向けになって伏せている僕はそのハンマーをどかす手段を《無の支配者》を除いて一切持たず、一切の動作を封じられていた。
「っ、グッ‥‥‥《無の支配者》!」
能力を起動し、痛みに耐えながらも腕に力を注ぎ、無の力を氷槌に流してその内部から崩壊させる。
のしかかっている重さが減少していき、そこから数秒後、遂に氷のハンマーは消滅した。
「ふぅ‥‥‥思ったよりも消耗してるな‥‥‥」
腕に力を込めて跳ね起き、呼吸を整えながら様子を伺う。
「っ、これでもダメなのね‥‥‥それなら―――凍り付け、世界!」
―――空間が凍結する。そんな気配を感じた。僕の服が凍り、行動を阻害する。地面から大量の氷柱が隆起し、刺し貫こうと迫ってきた。
この全てが一瞬にして起こり、選択を押し付けてくる。
―――氷柱は回避しないとまた動けなくなりそうだね‥‥‥。だけど、服が凍っている以上、回避するのも容易ではない。なら―――。
「オォッ―――!」
全身に零の力と気を流し、服の解凍と身体強化を同時に行う。そして、一歩踏み込んでジャンプし、氷柱の上を通り抜ける。
「―――氷槌!」
二度目の氷槌。きっと、僕のジャンプに反応したんだろう。だけど―――今度は悪手だ!
僕は足から気を流し、空中に気で生み出された足場を全力で踏みつける。
「―――【空】」
二段ジャンプにより、横薙ぎに振るわれた氷槌を回避し、更に一歩、今度は空を背に、地面に向かって踏み込んで加速する。
「ハァッ!」
腕で着地し、そのままスピンして回し蹴り。足に重みを感じるが、気にせず腕を更に回して蹴り飛ばす。
「ふぅ‥‥‥って、やらかしたな。多少は仕方がないとはいえ、また距離が開いてしまった」
数メートル、その気になれば一瞬で埋められる程度の距離ではあるがその一瞬があれば一手を打てるだけの時間がある。だから、今の僕は攻め手を欠いている。
「くっ、穿ち抜け―――氷槍!」
伸ばされた腕から氷の槍が飛び出し、僕はそれを受け流す。
「穿ち抜け、氷槍!」
受け流した瞬間、今度は幾つもの氷槍が射出され、対処を余儀なくされる。
「―――【瞬】!」
迫る氷槍を【瞬】によるサイドステップで回避。
まだ対処は出来ているけど‥‥‥これが続くと消耗が激しくなって限界が来る。こっちの一手と相手の一手が釣り合っていないんだ。
だからこそ、一気に削る手段を生み出す必要がある。
「―――今度はこっちが攻める番だ。【瞬】!」
数メートル、かろうじて空いた隙を活かし、ほんの少しの間合いをゼロにして勢いをそのままに膝蹴り。
「グッ―――!?」
僕の一撃を受けた白月さんは悲鳴を上げて吹き飛んで―――僕は加速の残留を利用して前転し、上段からのかかと落としを叩き込む―――!
「―――そびえ立て、氷柱ッ!」
彼女がそう言った直後、地面から尖った氷柱が隆起して、僕の蹴りとぶつかり合う。
「ガァッ―――」
―――だが、あくまでただの蹴りである僕の脚は氷柱を砕くことはなく、逆に僕の脚が貫かれた。
ただ、貫かれた、と言っても骨のあたりまでであり、完全に穴が開いた訳ではない。
‥‥‥まあ、それでも痛いんだけどね。
「グッ―――痛っ」
蹴りの途中で止まったせいか受け身が取れず、無様に地に伏せることとなってしまった。
「―――凍り付け、世界」
―――ヤバい。そう言いきれるくらいには大変な状況になってしまった。今の僕は地面に伏せている。そして、『凍り付け、世界』―――このワードはさっき聞いた。この技は地面に氷柱を生やすだが―――きっと、それだけではない。まあ、それは今の状況とはそこまで関係はないんだけど‥‥‥重要なのは氷柱を生やす、という行為そのものだ。この状態でソレが来たら、為す術もなく飲み込まれてゲームセットだ。
氷柱が迫る僅かな時間の間にはじき出した思考から、僕は詰みを回避するために足掻く。
背中から倒れている姿勢から足を持ち上げ、肩倒立の姿勢に移行。そして、そのまま腕に力を込めて倒立をして、そこから全力で空中に跳ね上がる。
空中に浮いた瞬間、僕の眼前で氷柱が通り過ぎた。それを見て気合で半回転、そこから気を脚に流す。
「【空】ッ!」
一秒一瞬すらも惜しい。そう感じるほどの速度で【空】を発動して、辛うじて飲み込まれるのだけは回避した。
「ハァッ‥‥‥ハァッ‥‥‥ふぅ、危なかった‥‥‥」
着地の衝撃で傷付いた脚に強い刺激がかかり、バランスを崩してしまう。
―――紙一重。体力ゲージとは違う要素で大きく差が開いている現状、氷槍一発で敗北に直結する。そんな状態だ。
体力ゲージで少し思い出した。ふと、白月さんの体力ゲージを見ると、残りは三割。対して、僕の体力は―――残り四割。
辛うじて有利だと、そう言えるだろうか。ただ、僕の右足の肉か大きな穴が空き、ずっと血が流れる―――そんな感覚がするし、その痛みは壮絶なものだ。そこまで含めて考えるのなら、僕はかなり不利だとそう言える。
得意の近接戦闘を十全にこなせなくなり、回避にも大きな影響が出る。
「ははっ‥‥‥これ、正直無理ゲーって言うんじゃないかな‥‥‥」
地味に難産でした。悠斗の戦闘って割と地味で思っていたより書きづらいんですよね‥‥‥。
それはさておき、解説タイム。
戦技解説:天式体術
天式体術とは、天音咲夜が生み出した体術の一つであり、功ノ型、護ノ型、機ノ型の三種類の体系とそれぞれの型が持つ三種類の技から構成される全九種の技法である。
功ノ型:【撃】(ダメージ増加)【震】(防御貫通)【飛】(射程増加)
護ノ型:【硬】(肉体の硬化)【流】(受け流し)【反】(ダメージ反射)
機ノ型:【瞬】(高速移動)【空】(空中移動)【滑】(摩擦無効、無音行動)
天式の技は上記の能力であり、二種類以上の技を組み合わせることもできる。




