聖女の無慈悲な裁判あるいは休暇届
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聖女は祈りの場にいた。祈りの儀式を行うためだ。まさに儀式を始めんとするとき、大股で近づいてくる影があった。
「ご同行願う」
影は王子付きの護衛であった。長身に切れ長の目、なんの前置きもなく端的に用件を伝える態度は威圧的だ。
「緊急でしょうか。今から祈りの時間ですが」
「緊急だ。王子がお呼びである。祈りは後にしろ」
「王子がですか。どのようなご用件で?」
「知らん。王子に会えば分かる。いいからついて来い」
そう言うや否や護衛は再び大股でぐんぐん進んでいった。王子のお呼びとあらば従わないわけにはいかない。聖女は仕方なくついて行くことにした。
◆
聖女は何とか足早な護衛についていき、王子の元へと辿り着いた。王子は開口一番
「グランドガーデン公爵令嬢を処刑することにした」
と言った。
「左様でございますか」
邪悪な笑みを浮かべる王子。対照的に聖女からは凡そ感情を読み取れない。
「ただ問題があってな。処刑するには裁判で死罪にする必要があるのだ。死罪になる証拠は既に揃っているのだが、裁判というものはいかにも退屈でな。そこで思い付いたのが聖女の力だ。いや、聖女というより聖珠とやらの力か。聞くところによれば、どれだけ巧妙に言い逃れようと、必ず罰を与えるそうだな。その力、是非見たい」
「恐れながら殿下、あれは非常に強力な聖魔道具です。そうおいそれと使うものではございません」
「何を申すか!処刑という一大イベントに使わずにいつ使うのだ!貴様は以前もそうやって余の命令に背こうとしたな。今回もそのようにするつもりか?貴様を処刑しても良いのだぞ」
「……滅相もございません。聖珠を使うこと、承知致しました」
「はじめからそう申せば良いのだ。処刑は三日後だ。準備を進めておけ」
◆
三日が経った。
多くの貴族が城の広間に集まっていた。「見世物」を見るためだ。
広間の中心には巨大な水晶が設置してあり、処刑場が投影されていた。
処刑場ーーー。裁判は裁判ではなかった。結果は決まっていて、あくまで余興だということが容易に読み取れた。
処刑台の上には聖女が一人。聖衣をまとい右手には古めかしい杖を携えている。杖の先端には橙色の球が取り付けられており、怪しく光っている。
処刑場の周りには、事前に知らされていたのだろう、平民が集まっている。これを見越したか、商魂逞しく屋台を構えている者もいる。
しばらくして屈強な二名の兵士が公爵令嬢を連れて来た。怒号が飛ばされ、石や泥が投げつけられた。
令嬢の手足には枷が嵌められており、避けることは困難を極めた。あるいは生気がなく憔悴しきった彼女には、枷などなくとも避けられなかったかもしれない。そんな一連の流れを水晶を通して悦に浸る三人の貴族がいた。
「いやはや、水晶越しなのが残念ですな。生で見るのとでは迫力が違いますから」
「おや、卿はあの野蛮人の中に入るおつもりですかな」
「そこなのです。それがなければこの目で見たいのです……あぁ、しかし何故令嬢が処刑されるかも知らない無知蒙昧共を眺めるのも捨てがたい……ジレンマですなぁ」
「お二人とも、始まるようですよ」
公爵令嬢が処刑台に上げられた。聖女と対面するも、うなだれていて面差しは分からない。
「静粛に!これより裁判を始める!ローズ=グランドガーデンの罪状はーーー」
裁判長が罪状を読み上げていく。その内容は公的資金を私利私欲のために使おうとした、ここ最近王子と愛を囁き合っていると噂の男爵令嬢を虐めたなどというものだった。
「ーーーである!続いてこれら罪の証明並びに相応の罰を与える!」
裁判長は目で聖女に合図した。それを認めた聖女は杖をかざした。そして高らかに声を上げる。
「聖珠よ、すべての罪を検め、また罰を与えよ」
その途端、杖の先端から眩い光が迸った。その光は処刑場だけでなく地平線の彼方までも行き届いた。
◆
どれほど経ったか、光は収まっていた。これ以上ないほどの静寂が辺りを包んでいた。処刑台の上には女性が二人。
聖女は少し驚いた顔をしていたが、すぐさま目を瞑り魔法に取り掛かった。
「生体反応は二…………城の方は……ゼロか」
聖女は公爵令嬢に向き直る。
「運が良かったね。いや、悪かったのかな」
「この国も終わりだね。今ので有力貴族もほとんど死に絶えた。王族も下手したら途絶えたかもね。全く、三代前までは良い国王だったんだけどね。ちょっとじっとしてな」
聖女は裁判時の光とは別の光線を令嬢の枷に向けて放った。枷はいとも簡単に破壊された。
「回復魔法もかけとくよ。ちょっと時間かかるよ。その間、私の話を聞いてな……うん、そう、えらい……まず、聖珠の力ってのは強すぎてね。おまけにどんな些細な悪事も見逃さないのさ。悪事を働いたことがない人間なんていない。この力の前では、みんな悪人扱いで消しとばされちまう。とんだ欠陥品だよ」
「あんたが生き残った理由、知りたい?聖魔法に耐性のある人間が稀にいる。それが聖女。あんたには聖女の素質があるんだよ」
「あんたが本当に処刑されるほどの罪を犯したのかは知らない。でもあんたは助かった。ただそれだけさね……こっち向いて」
聖女は令嬢と目が合った。令嬢の瞳は澄んだ青色をしていた。
「運が良かったかはローズ、あんたが決めな」
ローズは確かに頷いた。間違いなく本人の意思によるものだった。
「あぁ〜、しばらく働きたくねぇ〜〜〜。決めた、南国に行く!あんたはどうする?」
「……私も……私も行きます」
「うん、それが良いよ」
二人は歩を進めた。自身のために。
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