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あまのじゃく

作者: 爆微風




 むかしと言うほどむかしでもない、あるところに。

 二人の子供がおりました。


 一人は男の子。

 おとなの言うことに従えず、いつも怒っておりました。


 一人は女の子。

 おとなしく、静かな子供でした。


 二人は幼馴染みでしたが、あまり仲がいいとは言えません。

 彼は騒がないと知っていたので、イタズラをするようになっていたからです。


 イタズラといっても子供のやること。

 へびのオモチャを、カバンの中に入れておいたり。

 虫のオモチャを机の中に隠していたり。


 とるに足らない、ささやかなこと。


 でも子供の心にはそうはなりません。

 幾度となくかまわれて、ついにピークを超えてしまいました。



「お前なあ、毎度毎度、ジョークグッズを仕込むのやめろよな!」



 イタズラをされていたのは、男の子です。

 季節は春に向かう最中、彼女の家に呼ばれた彼は顔を赤らめて怒っていました。

 女の子は、彼にだけ見せる生意気な笑顔でその言葉を迎えます。



「ふふふ、まだヘビ嫌いなの?」


「噛まれたことあるからな! 毒はなかったから、指の消毒とかだけだったけど、イヤなもんはイヤだ」


「知ってる」



 笑う彼女は、彼の腕を取る。

 噛まれたという指に、かすかに残る傷跡。



「襲われたのって、わたしだったよね。子猫を追いかけていたら、ヘビが怒って。巣があったのかな、わたし、どうにも足が動かなくて…… この傷跡は、わたしの足につくはずだったモノ」



 汗ばんだ手のひらに彼はドキリとして、手を引いてしまった。

 しかし彼女は腕を掴んだまま。


 音もなく、彼女は彼の腕の中に収まってしまった。



「い、あっ、その、これはっ」



 彼女は驚いたが、ただそれだけ。

 驚かせようと、ありふれたオモチャを使っていた理由は、仕返しして欲しかったから。

 だから、こうやって驚かされたのは望み通り。


 でも、まだ物足りない。


 彼が彼女を守っていたのはそこだけじゃなかったからだ。



「このあと、どうするの?」


「ど、ど、どうって」


「暴力的なのは、あの時だけでもういいわ。考えてることを教えて」



 ヘビから庇われた後のこと。

 女の子は給食で食べられないものが出てしまって。

 食べ終わるまで昼休みにしない、授業もしないと先生が意地悪を言った。


 勿論(もちろん)、普段はそんなことを言う先生じゃなかったが、虫の居所が悪い時は子供にすらぶつける悪癖があったのだ。


 彼女はブロッコリーが苦手だった。

 それを使っていたシチューは、器に満たされたまま。


 何人ものクラスメイトが彼女を口々に責める。

 子供に配慮はない。

 簡単でしょ、はやくして、と騒いだ。


 彼女にしてみれば、板挟みのストレスはいかほどか。



『昼休みなくなっちゃうよ!』


『おそといきたいのに』



 だから、彼は困っている彼女を放っておけなかった。

 器を手に取ると、それを食べてしまった。

 そのまま彼は外出しようと扉を開いて駆け出していく。



『次はこっちに渡せばいいから』



 彼女にだけ聞こえたのは、いつもの照れたときの小さな声。

 その後ろを怒った先生が追いかけて。


 彼が怒るとき、理不尽にさらされていたのはいつも彼女だった。



「あのとき?」


「給食でブロッコリー出たとき、食べ終わるまでそのままにされたアレ」


「ぁあ、うっ……」


「思い出した? 食べたい気分だったからって先生に言ってたよね。出来ればチーズも足したかったなんて、怒らせて」



 腕の中の彼女は小さな身体をより寄せて、彼の優しさに甘えた。

 それだけではなく指で彼の胸に『の』の字を書いて。


 顔を真っ赤に頭を沸騰させ、彼は完全にフリーズした。



「うわぁっ、えひい……」


「ふふふ、からかいすぎた? キミに伝えたいことは、まだまだあるのに」



 彼の顔に声が近づき、彼女の顔が近づき…… しかし笑うと遠ざかった。


 あの思い出も、彼女には大きな出来事。

 いくつもの思い出が彼との絆だと思っているが、彼からのアピールがなくて、彼女は常に静かにイライラしていた。


 だからイタズラを続けてる。



「もうすぐ卒業だね」


「ああ、うん」


「学校、楽しかった?」


「ああ、うん」


「今夜はお父さんとお母さん、遅くなるんだ」


「ああ、うん」


「わたしたちも、卒業、しようか」


「ああ、うん…… うん?」



 

 部屋着のワンピース姿の彼女が、改めて近づいた。

 襟元から、ちらりとレースが覗く。

 ワイシャツから白い肌が透けて見えるだけでも視線をそらしていた彼には、刺激が強すぎた。



「うわぁっ、なにしてるっ!?」



 彼女の細い肩を掴んで、押し退けた。

 彼はさっきよりも顔を赤らめている。



「この服、似合ってる?」


「いやいやいやいや、いったい何がしたいんだ!?」



 動揺しまくりの彼に、彼女は少し気が晴れたらしく笑って座り直した。

 艶やかな黒髪が華奢な肩から滑り落ちる。

 背中に流れ、まとまるそれを、彼はぼうっと見ていた。



「どうしたら踏み込んでくれるのかな。ちらちら見てるくせに」


「っ!? み、見てないっ!」



 ガラス細工のような今の日常。

 彼女は決してこの時がキライではなかった。

 珍しいくらいに優しく不器用な彼との時間はとても大切。

 誰にも渡したくなかった。


 チクチクと刺激され続ける、静電気を怖がるような日常。

 彼は最近、彼女のことが解らなくなっていた。

 外面と自分への対応が違いすぎだが、それも性格だと思っていた。


 女性が大人になるのは瞬間で、男性が大人になるのは経験から。

 彼女は、急がずとも焦れていた。



「卒業しようって言われて、何を考えたの?」


「考えてないっ」


「ウソ。わたしのほうを見てたの、知ってるよ。ホラ、考えてることを教えて……」



 いつもの彼女のイタズラ好きな顔。

 腕を上げ左手で頬杖をついて、彼女は悠然と笑う。


 彼は自分の考えてることも、解らなくなっていた。



 手土産に見せかけ、彼女のお気に入りのパン屋の商品を買ってきた。

 温かな紙袋は、膝の上で出番を待っている。

 その袋の中には、仕返しのクモのオモチャが入っているから。


 だけど、それを手渡すのが怖い。


 (イタズラなんてしたら、彼女に嫌われないか?)


 そう考えたら、行動できなかったのだ。

 だけど、いつもイタズラをしていた彼女は?


 (こいつはいつも、俺に嫌われないかと不安に思わなかったのか?)


 締め切られた一室に、沈黙が続く。

 だけど、それに耐えられないのも彼だった。



「ふ、服……」


「服?」


「よく、似合ってると思う」


「あ、ありがと」


「あとっ、髪っ! いつもキレイだよな」


「えっ!? あ、ありがとう」



 そこからは止まらない。

 昔から、思い立つと勢いのままに行動するのが彼だ。


 黒く澄んだ瞳を、赤く小さな唇を、知性のある仕草を、クラス委員長としてハッキリとした判断を、年輩の人への気品のある対応を誉めて、褒めて、褒めまくった。


 一気に捲し立てて、彼女を黙らせたのだ。



 結果。



「もおいいから。わかったからね? やめて?」



 彼女も真っ赤になって、相討ちだった。

 二人はお互いに呼吸も荒く、いたたまれない視線をさ迷わせて。


 どちらともなく、吹き出した。





 翌日。

 今日も彼女は彼にイタズラをする。

 目を覚ました彼に、挨拶をした。



「おはよう」


「おは…… っ!? なんでここに居るんだよ!?」



 一気に汗ばんだ彼の顔に、指を突き付けて彼女は言う。



「なんとなく」



 幼馴染みであるから、両親公認のようなもの。

 そして、姉弟のようなもの。

 だけど意識はだんだんと成長をして、二人は大人になっていく。


 開けた窓から部屋に春風が吹いて、全てを洗っていった。



「なんとなくじゃねえよ…… 目は覚めたけど」


「じゃあいいじゃない」


「ああ、おはよう。今日はいい天気になりそうだ」



 窓の外の風景を彼女越しに見て、彼は笑う。


 これからも振り回されるのかな、と。

 それがイヤじゃないと、高鳴る鼓動が教えてくれた。



「あっ、パン屋さんの袋にオモチャ仕込んだでしょ! お母さんがビックリしたんだから」


「あれは、仕返しだ。でも、悪かったよ」



 彼らの日常はこれから。

 霜柱や薄氷を割りながら歩く道のりのように、刺激に溢れているだろう。

 それはお互いに関わることであり、それが好ましい。



 日差しを背に、彼女が言う言葉が全てなのかも知れない。



「これからも毎日、起こしてあげるね」


「ああ、そりゃあ助かる。ずっと頼むよ」


「え。ふふっ! まるで、プロポーズみたい」


「あっ、や、やっぱり、いい」



 お互いの反応に不意を突かれて、どちらからともなく笑うのだった。






ご覧いただきましてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「幼馴染ざまぁ」が流行る中・・・ ステキな作品を読ませていただきました。 毎朝こられて布団をめくられると、テントを発見されそうで怖いです。
2022/04/09 22:57 退会済み
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