第92話「勝負というもの」
脇腹に痛烈なダメージを受けたキオラは、ガントレットのせいで脇腹を抑えることもできずに、不格好なまま膝から崩れ落ち、ついには顔も地面に突っ伏してしまった。
「ふっ、ひっ」
さっきまであんなに威勢が良かったのにもかかわらず急に止まったキオラに、ユナは微妙に警戒していた。
「ひっ…。うぁあああん!!」
「え、え!?」
そのまま泣き始めたキオラに、ユナは戸惑うしかなかった。何か仕掛けてこようとしていたのではなく、本当にただただ痛かったから蹲って泣いていたのだ。
あれだけ好戦的で、見るからに強そうな武器を装備していたから勘違いしていたが、ひょっとすると戦った経験が全くと言っていいほどないんじゃないだろうか。そんなことをユナは思った。改めて思い返してみれば、キオラの戦い方は確かに慣れていないところがあった。
だが、そんなことよりも泣きだしてしまったキオラだ。ユナはこんなときでも尻尾のことを忘れてはいなかったが、こんな状況で盗るのも気が引けた。だが、それでもきちんと戦った結果だ。
「尻尾を盗ったら私の勝ちっていう、約束だもんね」
そう口に出して、自分に言い聞かせながら。
「ごめんね、キオラさん」
まだ痺れる右手で何とか木剣を鞘に戻し、キオラに近づいて、その腰から尻尾を盗った。
「うぇん、うぅ…」
なんともいたたまれなくなって、ユナはその場にしゃがんで、キオラの頭を撫でようとした。
「よげいなっ、おせばでずば!」
ブンッとガントレットが目の前を横切る。咄嗟に手を引っ込めてのけぞり、なんとかユナは回避した。
「うっ」
その一振りで脇腹の痛みが悪化したのか、キオラはまた蹲ってしまった。そっとユナはまた近づいてみるが、
「尻尾はとっだのでじょう!どっか行っでぐだざいまじ!」
ずびずび鼻水も涙も零しているキオラに、ユナの中でキオラの印象は一気に幼くなった。あんなに突っかかってきて、最初は嫌な人だなと思っていたけれど、今はどうしてか、なんとかしてあげたいという気持ちがある。
「でも、その、痛くしちゃったし…」
「いだいでずわ!!」
「うぅ…ごめん……」
「でぼ、それが勝負というものですわ!」
「……ごめん、確かにそうだね」
「あやばらないでくだざいまし!!うっ…」
大声を出したせいでまた痛んだのか、またキオラは小さく丸まってしまった。
ユナはこういうときどうすればいいのか全く分からなくって、なんとなく側にいた。
(尻尾、どうしよう)
一回は自分に言い聞かせて盗ったにもかかわらず、なんだか戻した方がいいような気がしてきた。だが、これが勝負であったなら、尻尾を戻すことでよりキオラを怒らせてしまうような気もした。
「…どうしよう」
「うぅ…ひっく…」
どうにも動けず、立ち尽くしたユナと蹲ったキオラはしばらくそのままでいた。どこかで、そろそろ試験終了の時間な気もしていたのだろう。
(このまま終わらないかな…。そういえば)
だが、そんなユナの思いも虚しく、事態は急転する。
最初は、【探知】に意識が戻ったところでだった。
(他のみんなはどうなったか…な??)
なにやら【探知】が騒がしい。周囲の偵察に行っていたはずのテッタたち三人組が走っている。後ろにはパティモがいたので、ひょっとすると戦いになって逃げてるのかとも思ったが、3対1だし、パティモの方が断然遅いのでそういう訳ではないのだろう。
そんなことをユナが考えているうちに、三人組が見えるところまで来ていた。
「…ろー」
向こうからもこちらが見えたようで、何やら叫んでいる。向こうからはキオラが蹲っているところまでは見えない気がするが、何かしらでキオラが倒されたのを知って敵討ちに駆けつけたのだろうか。
(逃げたほうがいいかな)
キオラを見る。なんとなくすっぽかして逃げるわけにもいかない気がしたが、逆にテッタたちが来てくれればキオラの面倒を見てくれるような気もした。
「…げろー!!」
「え?」
「逃げろーー!!」
だが、そうではなかったようだ。何かが探知に引っかかっているわけじゃないということは、何かに追われている訳ではないと、ユナは思い込んでしまっていたが、どうやら逃げているようだ。
「逃げる?何から?」
ドオンッ!!と地響きがした。三人組の奥の方で、木が倒れたのだ。しかも連鎖している。
「え?えっ!?」
急にユナの中で緊張感が高まった。そして、次に思ったのは、蹲っているキオラとどうやって一緒に逃げるかだった。




