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第79話「不信感」

 走り始めてしばらく、ユナは炎の壁を見ていた。クラッソのあのずるい眼差しが、ユナの頭の中に残っている。


「…さっき」


 前を走るアラタの声だ。後ろを振り向かずに、ユナが指示した方向へとまっすぐ走っている。


「あのパーティ、やっぱり無かったはずの穴から出てきたよな?」


 クラッソが【フレア】で木の根元を燃やしたとき、【探知】できていたのにもかかわらず、敵のパーティは見えなかった。それが、燃えたところから出てきたのを、ユナも見ていた。


「ごめん、ぼく、追い付けなくて」


 答えたのはパティモだ。遅れていて、その現場を見逃していた。


「いや、あれはクラッソが先走ったのが悪い。ユナは見たよな?」


「うん」


「【探知】はできてたんだよな?」


「……うん」


「…だよな。実際にいたんだしな。信じるよ」


 『信じるよ』

 その言葉が、ユナには重く響いた。自分でも、【探知】のことがよくわかっていないし、この試験場に来てからますます調子が悪い。もっと言ってしまえば、【モンスターテイマー】のことなんて、これっぽっちもわかっていないのに、そこから派生した【探知】がどんなものかなんて、わかるわけがない。ユナは自分自身で【探知】の力が信じ切れていなかった。

 そこにアラタの言葉だ。『信じるよ』という言葉を、わざわざ口にするのは、疑っていて、迷っているからだ。それを振り切るために、あえて口にする。ユナは、そこまで順序だてて考えたわけではなかったが、その言葉を口にするアラタの声音が、横顔が、口調が、態度が、”疑っているぞ”という雰囲気を発しているのをひしひしと感じていた。


(自分だって、わからないもん)


 そう思いながら、それでも自分の力が作戦の中心になってしまっているから、【探知】に頼るしかない。


 また、炎の壁が目に入る。思えば、最初の作戦会議のときからそうだった。クラッソは、ずっと自分の【火炎操作】のスキルに自信を持っていた。見せびらかすくらいに。同い年ということは、まだ7歳の託宣でスキルが使えるようになったばかりなのに、驚くほどに自信がある。


(私は……)


 訳も分からないまま、【モンスターテイマー】というだけで追われて、逃げて、隠して、今ここにいる。自分のスキルなんて大っ嫌いだ。いや、でもふうちゃんとるーちゃんと仲良くなれたのは嬉しいけど、それでもこんなスキルは嫌いだ。


「はぁ…ハァ…はぁ」


 自信なんて全く持てない。


「はぁ、ハァッッ、はぁ」


 なにもわからない、こんなスキル。


 こんなスキルじゃなければ。


「…ナ」


 お父さんとお母さんだって。


「ユナ!!」


「…っえ?」


「お前、大丈夫か?」


 先頭を走っていたアラタが足を止めて、それに続けてユナとパティモも足を止める。アラタが声をかけてくれていたのに、考え事で頭がいっぱいになっていたユナは気が付かなかったようだ。


「顔色悪いぞ?」


「あ、あー……、ちょっと熱いのかも」


 咄嗟(とっさ)に誤魔化す。この自分と対照的な、炎の壁を使って。


「もうちょっと壁から離れるか。敵は?」


「うーん…、うん、敵も壁からは離れてるみたい。今は動いてないよ。戸惑ってるのかな?」


「そっか。ちゃっちゃと合流するかと思ったけど、そうじゃないんだな」


「見た目を誤魔化すスキルで、もう一度待ち構えてるとか?」


 パティモも考察に加わる。6人のうち、スキルが判明しているのはまだそのひとりだけだ。


「そのスキルを使ったやつがどいつかって、わかるか?」


 アラタが、ユナの方を見て問う。


「ごめん、流石にそこまでは…」


 ユナの【探知】では、存在しかわからない。それが誰なのかまでは分からない。契約の繋がりがあれば、ふうちゃんとるーちゃんだけはわかるけれど。


「そっか…」


 そのそっけない返事は、ユナをまた少し追い詰める。

 だが一方で、【探知】への不信感も(くす)ぶらせているアラタも、言葉を選ぶ余裕がなかった。


「向こうも誰がどのスキルかわからないのは、一緒だしな。とりあえずもうちょっと詰めるか」


「そうだね」


「……うん」


 パティモの返事からだいぶ遅れて、ユナも返事をする。


「…クラッソに負けてらんないしな!」


 アラタが気合を入れる。


「だね!」


「……うん」


 ユナは、どうにも不信感が(ぬぐ)えず、落ち込んだ返事のままだった。

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