第62話「校則」
「手間取った方もいたようですが、どうにか皆さん、無事にできましたね」
手間取ったというか、手を取られたというか。ユナは呆気にとられたまま、まだ湿っている左手の人差し指を見た。
血はもう止まっていた。
「その生徒手帳は、皆さんがこの学園の生徒であることを証明する、重要なものです。できるだけ肌身離さず持ち歩いて、絶対に無くさないようにしてくださいね」
その言葉は、重く響いた。自分で自分の大切なものを持ち歩く経験の少ないユナにとっては、ドキリと緊張で胸に来るほどだ。大事なものは、全部家に置いてあったから。
「その生徒手帳の中は、校則、この学園で過ごすうえでのルールが載っています。先ほど説明した実力順位制度なんかも載っていますね。本当はこの場ですべて読み上げ…」
その話を聞きながらパラっと生徒手帳の中を開いたユナは、その文字の小ささに驚いた。まさかこれを読み上げるのかと、うんざりしてしまう。
「…ところですが、それにはちょっと長すぎるので、重要なところだけ、一緒に見ていきましょう。他のところは、各自できちんと読んでおいてくださいね」
ほっと胸をなでおろす。入学式に、初対面のクラスメイトたちとの出会いに、自己紹介に、生徒手帳で血を出してと、ここまでであまりにも疲れていたユナは、全部聞き届けられる自信がなかった。
「まず、校内において、許可されたとき以外の攻撃行為は禁止です。これは、武器・魔法どちらにも適用されます。違反したものは停学、著しい場合は、…あまりにもひどい場合は退学の場合もあります」
クラ先生は、”著しい”という言葉に、7歳の子どもたちがキョトンとしている様子を見て言い直したようだった。
「というわけで、メイゲツさん。剣を鞘から抜くのはやめてくださいね」
「うむ。先ほどは失礼した。以降気を付けよう」
「はい、お願いします。次は…」
それから、次々とルールが説明されていった。ユナは、全部じゃなければいけると思ったが、十や二十でもダメだったようだ。三つを越えたところでパンクして、単語が右耳から左耳へと抜けていった。
ユナと同じような年頃の子どもたちが、集中力が切れて何度か注意されたりしていたが、三十分の時間をかけ、無事に終わった。
ーーー
「明日の実力テストについて、内容を記した紙を配ります」
先ほど生徒手帳を配った時のように、一番前の人に渡して、回していく。
「先ほども話した通り、入学時点で上位であるこの十三組の方々には、個室が割り振られています。そして明日の実力テスト次第では、早速ですが個室から相部屋に引っ越してもらう可能性もあります」
それは校則の一つ、”学園寮”の項目に記載されている、”個室の割り当てについて”の話だ。
実力順位制度がルールのこの学園において、優遇は全て順位で決まる。そのうちの一つが個室だ。基本的には二人から、多ければ四人の相部屋となる。しかし、上位三十名、三十部屋までは個室として一人で利用することができるのだ。
「皆さんもご存知かと思いますが、先日の魔物群衆は、原因不明とはいえ、消滅し、無事に収束しました。しかし、カストルファが活発化しているのは、周知の事実となりました。それもあって、学園の入学枠が増えましたが、それ以上に応募者数は増えました。つまりは、それだけ高い実力を持った人たちだけが入学できたということです。十三組になったからと言って、油断しないよう、気を付けてくださいね」
ユナが命懸けで戦ったヴィオ・バウハウンドの魔物群衆。あの話は、口止めされていたが、混乱を避けるために今言ったような説明に落ち着いたと、ユナはサリナに聞かされていた。
だが、少なからず死者がでたり、カストルファが活性化しているというのは、冒険者たちの間でも広まり、このユリクスセレファスの街は、俄かに臨戦態勢に入ったかのような緊張感があったのだ。それは、この学園に入って、強くなりたい、冒険者になっていざというときに戦えるようになりたいという、募集殺到の一因ともなった。
かく言うユナも、サリナとの約束はもちろんだが、強くなりたいと思う応募者の一人だった。
「では、実力テストの内容も確認していきましょう」
校則の説明でフラフラの生徒たちから、「えーっ」という声が漏れた。思わず、ユナもその一人になっていた。