第52話「シーク・クルスフット」
「行ってきます!」
そう言って、ユナは門をくぐった。
看板に従って、入学式が行われるという体育館という会場へ向かう。
ユナが校門の方へ振り替えると、こちらが振り返ったのに気が付いたのか、レイナが手を振ってくれる。ユナもそれに手を振り返した。レンに小突かれたのか、サリナも小さく手を振ってくれて、それがうれしくて、ユナはいっそうぶんぶんと振った。小さく、小さく、遠く、見えなくなるまで。
ーーー
入学式はユナにとって衝撃だった。
こんなに大勢の子どもがいるのを見たことがなかった。もちろん、この学校にこれだけの入学する生徒がいるということも驚くべきことだったが、ユナにとっては、この世界に生きている同い年の子どもが、本当にこんなにいるんだというのが衝撃だった。
「今は行ってきた人たちはこちらに並んでくださーい!」
誘導している教師に従って、比較的少ないほうの列へと向かう。
「はぇ…」
こんなに大きな部屋を見たことがなかった。
天井裏を見上げて、空の次に高いものを見た気分だった。背の高い木々が、あの高さだっただろうか。でも、森のように圧迫感もない開かれた空間は、また異質で、ユナにとって新しい感覚だった。家の大きいやつなのか、生い茂った森に近いのか、わからなかった。
こんなに整然としているのに、雑然としている人間たちを見たのも、初めて見た。
列に着いたユナは辺りを見渡す。列はまっすぐで、綺麗に並ばなくちゃと思わされた。その整然さの一方で、会場内はどこか騒がしく、話し声が飛び交い、列はまっすぐでも、ふと腕や足が見え隠れしたり、影が揺れていたりと、雑然としていた。
荷物はとりあえず下ろしている人が多かったので、ユナは持ってきた荷物を下ろした。まったく荷物がない人は、先に寮においてきたのだろうか。それとも、レンに聞いた内部進学の生徒だろうか。
よく見てみると、制服を着慣れている人と、明らかに制服に着られている人がいた。かくいうユナも後者だ。託宣の時にちょっといい服を着たくらいで、こんなにしっかりとした服を着たのは初めてだった。
「慣れないな…」
履きなれないスカートに、肩肘が張られる気がするブレザーという上着。ネクタイというよくわからない首に巻くものも、息苦しかった。全体的にベージュという色合いなのも、普段は落ち着いた色ばかりを選んでいるユナにはちょっと明るくて恥ずかしかった。
でも、この制服のおかげで、自分もこの学園の生徒なんだという気持ちになって、ここに居てもおかしくないんだという安心感があった。
しばらくそんなソワソワとした気持ちでいると、キンッと大きな音が響いた。
『あー、入ってますか?…ふふっ、大丈夫そうですね』
ユナを含め、大半の生徒が何事かと辺りを見回している。それを気にも留めず、落ち着いている人たちは、制服を着慣れている人たちだった。
『皆さん前を向いてください』
前方の壇上。そこには、何かを片手に持った白髪のおじいさんが立っていた。髪と同じ真っ白な髭を携えて、背筋をピンと張ってハキハキとした喋りだ。
『これは、”拡声器”という魔道具です。ただ声を大きくする魔道具ですね。ですので、慌てなくて大丈夫ですよ』
それで慌てていた生徒たちは、その大きな声の正体がわかり、落ち着きを取り戻した。同時に、会場内は静かになり、そのおじいさんの声だけが響く。
『これで驚かすのが、毎年の恒例でしてね。密かな楽しみなのですよ…。おっと、失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は、このユリクス魔法学園の学園長を務めます、シーク・クルスフットと申します』
ユナは、いたずら好きな学園長ってどうなのと思った。
『…では入学式を始めます』




